- yukari3434
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@uVWkzLkVDsLxLEQ 連句の立場からいうと、文字列から自ずと意味が立ち上がる、くらいですね。作者が詠み込んだ意味を解読するわけではなく…。
2017-02-16 08:27:04@yukari3434 解釈に連句の付句のような作業が成り立つ場合と、そうでない場合があるような気がしているのです。
2017-02-16 08:36:40@uVWkzLkVDsLxLEQ いや、ちょっと違いますね。宮本佳世乃さんや田島健一さんの句は襟を正しても、作者が詠み込んだ意味にはたどり着きません。
2017-02-16 08:50:39@yukari3434 それらの作者は、果たして意味を詠み込んでいるのでしょうか。例えば「冷遇ガール蛇に多彩な名前あり」とか。
2017-02-16 10:02:35@uVWkzLkVDsLxLEQ 「襟を正しても、作者が詠み込んだ意味にはたどり着きません」というのは、作者の詠み込んだ意味がないからです。作者の詠み込んだ意味があるのにたどり着かなかったら、ただの下手くそです。
2017-02-16 20:33:21@uVWkzLkVDsLxLEQ 「冷遇ガール多彩な蛇に名前あり 田島健一」みたいな句では、翻訳可能な意味がある訳ではなく、語の運びの諒解感みたいなもので作者がこれを俳句として発表に足ると認めているのだと思われます。
2017-02-16 20:36:47@uVWkzLkVDsLxLEQ 「冷遇ガール」は作者の造語だと思いますが、これを得たときに作者のたましひは打ち震えたのだと思います。あと「多彩な蛇」の質感。「…に名前あり」でほのめかされる個体差。そんな意味の断片の連なり具合を、要するにこうだと言ったら、もう俳句ではないのです。
2017-02-16 20:49:59@yukari3434 確かに「冷遇ガール」のイントロは魅力的だと思います。冷遇の響きに対して、ガール。よく並んだなあと思います。この句は統率の方向ではなく、逸脱の方向へ持って行ってるところが、意味から離れた意味が宙吊りになっている楽しさ、一時の享楽があると思います。
2017-02-16 21:19:28@yukari3434 冷遇という語の中にすでに蛇の質感を捉えていて、そこへ向けて逸脱させて行った感情の働きの跡が、偶然俳句になってしまったような。
2017-02-16 21:36:51@uVWkzLkVDsLxLEQ 俳句における二物衝撃のセオリーをきちんと踏んでいて、「冷遇ガール」=「多彩な蛇に名前あり」と釣り合うかたちで積極的に俳句に仕立てているようにも思われます。
2017-02-16 21:43:13@yukari3434 そういう意味では、逸脱をさせながらも、田島健一なりの俳句としての統率の方法があるのでしょう。
2017-02-16 21:54:19