メランコリーキッチン

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トト@TYA中邪 @glnewto

(余白) 『魔法の真似事』 赤い林檎が一つある。 果物ナイフと平鍋も新調してきた。 お湯を沸かす。 適温になったら火を止めて、硝子のポットを温める。 カップ二杯分程の茶葉を入れ、再びポットにお湯を注ぐ。 蒸らすこと三分。 その間に林檎の皮を剥き、薄切りに。

2017-02-21 04:02:27
トト@TYA中邪 @glnewto

別のポットに二切れ収めて、それ以外は平鍋に。 水と砂糖を加えて、弱火で煮る。 開いた茶葉をポットから取り出し、入った紅茶は林檎入りのポットの中へ。 ティーコジーを被せて、こちらも数分置く。 平鍋の中が焦げ付かないように様子を見ながら、紅茶に林檎の風味が通るのも待つ。 .

2017-02-21 04:03:39
トト@TYA中邪 @glnewto

コンポートが仕上がる頃には、紅茶もすっかり冷めてしまった。 残念ではあるけれど仕方ない。 今回は、紅茶が目的ではない。 出来たコンポートは幾つかの瓶に分けておく。 明日にでも近所の方に譲ってしまうつもりだ。 冷めた紅茶を啜りながら、何を考えるでもない。 何も考えてはいなかった。

2017-02-21 04:04:47
トト@TYA中邪 @glnewto

空っぽになったポットから林檎を取り出して、ソーサーの上へ。 一切れ目を摘む。 目を閉じて、口に含む。 舌の上に乗った果実から、仄かに紅茶の風味がする。 それを、下の奥歯へ乗せて、一つ、噛む。 二つ、三つ。歯が重なり合う度に目をきつく閉ざす。

2017-02-21 04:05:50
トト@TYA中邪 @glnewto

唾液と混ざり泥状になるにつれ、紅茶も林檎も消え去って、本当に泥を口に含んでいるような気分になる。 中に溜まったものを飲み込ませようとする働きと、いざ喉まで流れた時に、意識が拒絶する。 口元を手で押さえ足の裏をピタリと床に貼り付ける。 飲み込め。それだけでいい。それだけでいいんだ。

2017-02-21 04:07:11
トト@TYA中邪 @glnewto

これは毒でもなんでもない。当たり前の食べ物。 ……そう、言い聞かせても。 だめだった。 シンクに吐き出された成れの果てを見下ろす。 ……まだ。もう一度。 二切れ目の林檎を試したところで、結果は同じだった。 口を漱ぐ気力もなく、シンクの縁を掴んだままへたり込む。 .

2017-02-21 04:08:10
トト@TYA中邪 @glnewto

なりたい。なりたかった。なれるかもしれないと思った。 物を食べられる私に。 断って悲しませる私でもそれに気を遣わせる私でもないひとに。 なりたいと思った。思って、いる。 彼女の働く店に行けたら。 二人と同じ食卓につけたなら。 彼の懐から差し出される物を喜んで受け取れたなら。 .

2017-02-21 04:10:57
トト@TYA中邪 @glnewto

出来ないことが悔しくて、情けなくて、堪らなく寂しくて。 殊更惨めさが募るだけなのに、涙はぼろぼろと溢れた。 これが初めてのことではない。 今までに何度も、何度も試してきた。 物語の魔法のように突然、種も仕掛けもなく仕組みが変わることはなかった。 シンクの縁を掴んで立ち上がる。

2017-02-21 04:12:31
トト@TYA中邪 @glnewto

口を漱ぎ、顔を洗う。 瓶詰めされたコンポートを見やる。 ……あれも、誰かの口に入る事はないだろう。 ご近所様は受け取ってくれる。 受け取って、いつものように捨てるだろう。 口に合わない、気味が悪い。 断る事はできないからと引き取って、人目を避けて破棄される。 ……何も言えない。

2017-02-21 04:13:25
トト@TYA中邪 @glnewto

自分が食べられないものを人様に押し付けているのだ。 何を言える筈もない。 ただ諦め悪く、またいつか、私は繰り返すのかもしれない。 夢を捨てきれずに。

2017-02-21 04:13:56