或る大学生と美しいニートの話

はぴ @sumiley7

越してきた下宿先のお隣に、えらく綺麗な人が住んでいた。 「…………なにもの？」「と、隣に引っ越してきました、フジマルと言います」「ん゛ん゛っ……フジっ、フジマル君。……ごめん、声帯を震わすのが久々だ」「はぁ」「私はマーリン」「マーリンさん」「……立ってるの疲れたから中入らない？」

はぴ @sumiley7

「(３０秒も経ってないのに……)あ、いえ、片付けもあるので今日はこの辺で……」「ああそう……」「そうだ、これ、引越し蕎麦です、カップ麺だけど」「最近のカップ麺は美味しいよね」「そうですね」「引越し蕎麦、細く長いお付き合いという意味っていうのは後付けらしいよ。これからよろしくね」

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「よ、よろしくお願いしま……」 す。と言い終わるより先に扉が閉められた。機嫌を損ねてしまったのか、あるいは本当に立ち話に疲れたのか。 部屋に戻ってから、ふと気になって蕎麦を配る理由を調べてみた。『安いから』らしい。 「あれ、イヤミだったのかな……」 第一印象、怖い人。綺麗なのに。

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次に彼に出会ったのは駅前商店街のスーパーだった。店の前のベンチでうずくまるようにして座っている人。 「あの……」「キミは……」「大丈夫ですか？」「大丈夫大丈夫……じゃないかも。ちょっと一個頼まれてくれる……？」「な、なんですか？」「お水買ってきて……冷たいの……」「は、はいっ」

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「…………ぷはー、生き返った。萎びて枯れるかと思った」「なにがあったんですか？」「ん……久しぶりに外に出たらね、熱中症」「はぁ(曇りなのに？)」「ホワイトアスパラってさ」「はい？」「暗闇で育てるから白くなるんだよ」「そ、そうなんですね……？」「まあそれは関係ない話だけど」

はぴ @sumiley7

「（なんなんだこの人）」「先天性色素欠乏症」「せん……え？」「いわゆるアルビノってやつ」「ああ……聞いたことあります」「それで人よりちと太陽光に弱め」「そうだったんですね」「だから普段は全部通販なんだけど、ミスって飲み物きらしちゃったんだよ。それで買いにきたんだけど、このザマ」

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「あの、手伝いますよ」「……いいのかい？」「だってまだ体調悪そうだし、無理したらまた倒れちゃいますよ」「……確かに私自身無事に買い物を終えて帰れるか半信半疑だったし、お願いしようかな」 そう言うその人は本当に弱々しくて、あの時も多分しんどかったのだろう。 これが第二印象。儚い人。

はぴ @sumiley7

「ありがとね、本当に助かったよ。キミがいなかったら私は孤独死していたかもしれない」「縁起でもないこと言わないでください……。こっちこそ、俺の買い物分まで払ってもらっちゃって」「はは、苦しゅうない苦しゅうない。お金なら余ってるから、それで健康が買えればいいんだけど」

はぴ @sumiley7

「お仕事は何をされてるんですか？」「警備員」「えっ？」「自宅の」「ニートだ……」「でも親からの相続があるから一生暮らすに困らないんだなぁ」「親の遺産を食い潰すニートだ……」「あ、でも世界中の仲間と一緒に毎日冒険に明け暮れてるよ」「ネトゲが趣味の親の遺産を食い潰すニートだ……！」

はぴ @sumiley7

「失望した？」「いや、失望っていうか……え、いや……すみません……？」「良い、良い。私は今の生活に十分に満足してるからねぇ。ふふ、働かないで食べるご飯は美味しいのだ！」「だ、駄目な大人……！」 そうしてこれが今に至るまで覆されることのない第三の印象。どうしようもないクズ人間！

はぴ @sumiley7

ああ、そうして多分俺がこの人に心の底から惹かれるようになったのは、やっぱりこの瞬間からなのだと思う。 【或る大学生と美しいニートの話】

他之 @tanotano_49

夢々さん（@sumiley7 ）のぐだ男の隣に住んでるアルビノなマーリンの話がとっても好きだったので描かせていただきました…！曇りだったのにめちゃくちゃ晴れの日にしてしまった… twitter.com/sumiley7/statu… pic.twitter.com/3aGWbcQxun

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はぴ @sumiley7

ニートマーリンは██年一人で生きてきて大体何でもできるし、困ったときも一人で何とかできる生き方をしてきたんだけど、フジマル君に頼る生き方を覚えてしまって以来、「ねぇーお湯が出なくなっちゃったー」とかそんなことでドア叩く(しかも早朝とかに)

はぴ @sumiley7

フジマル君が長期休暇で帰省してるときとかには「ｽﾝｯ」って無表情で生きてるし、トイレが水漏れした時にも一切狼狽せずに水道屋に電話してた

はぴ @sumiley7

蛍光灯が切れたニートマー、「蛍光灯切れちゃった～変えて～」ってお隣に言いに行くんだけど留守だったから無表情で部屋に戻って無表情で交換してそのままふて寝した

はぴ @sumiley7

「マーリンは一人暮らしして長いんでしょ」「うん」「得意料理とか何かあるの？」「お湯！！！！！！！！！！！」「駄目だこりゃ」

はぴ @sumiley7

マーリンは驚くほど料理が出来ない。出来るのかもしれないけど、少なくとも俺の前ではしようという素振りを見せない。包丁を握らず、コンロに火をくべることもない。「普段何食べてるの？外食……も無理か」「ウィダーとカロリーメイトとか」「それはご飯じゃない！」「野菜ジュースも飲んでるもん！」

はぴ @sumiley7

「野菜ジュースで野菜はとれません！こう……お金はあるんだから宅配のお弁当とか頼んだらいいのに」「んー……ウィダーとかって一瞬で食べ終われるから楽なんだよう」「食事に楽さを求めない。そんなだからガリガリなんだって、もっとちゃんとしたもの食べよ？」「めんどくさい……」

はぴ @sumiley7

「だったら一緒に食べようか。そしたら一人で食べるよりは楽しいだろ」「……」「なに？」「……キミ、お人好しって言われない？ 」「えー、どうだろ」「変な大人に引っかかっちゃダメだよ」「マーリン以上に変な大人なんていないから平気だって」「……だから引っかかっちゃダメだって言ってるのに」

はぴ @sumiley7

それ以来二人は都合が合えばフジマル君の部屋で一緒にご飯食べてる。フジマル君自身料理スキルは男子大学生のそれなので、栄養満点なものを食べさせられるわけじゃないけど。フジマル君といるときは、少食ながらマーリンはちゃんとご飯を食べる。食べるのはめちゃくちゃ遅い。

はぴ @sumiley7

「今日のご飯はー」「どぅるるるるる(舌が回らないのでゆっくりすぎてドラムロールに聞こえない)」「鍋です！」「わーい」「…………」「…………ん？」「なんか、ごめん……偉そうな事言った割に大したご飯も作れなくて……」「何言ってるんだい、鍋も立派な料理だよ。あったかいし美味しいし」

はぴ @sumiley7

ちっちゃい人参の欠片を時間をかけて咀嚼して頑張って飲み込むマーリン。「うさぎさんだ」「うさぎさんじゃない」「白くてもふもふして真っ赤なおめめで人参をもむもむ食べる生き物はうさぎさんくらいしかいない」「私は……うさぎさんだったのか……？」