【エミリー・スチュアート】 年齢 13歳 身長 156cm 体重 41kg B-W-H 74.0cm / 54.0cm / 76.0cm 誕生日 1月8日(山羊座) 血液型 A型 利き手 右利き 趣味 かるた遊び 特技 日本舞踊 好きなもの 抹茶 pic.twitter.com/JuhVX3qXAH
2017-02-09 22:04:17「『心づけ』?」俺は盆を揺らしながら、隣を歩く先輩に訊き返した。先輩は「ああ」と頷いた。「『チップ』みたいなもんだ。ここじゃ『心づけ』って言われてる。お前がもらっとけ」先輩はそう言って俺に万札を押し付けた。「いいんすか」「ああ。他の奴には言うなよ、取り上げられるからな」 001
2017-02-09 22:11:22「ありがとうございます」俺は頭を下げる。先輩は、この温泉旅館の従業員の中じゃかなり頭が柔らかい。「じゃ、お前、黎明館梅の間片してこい」「ええっ!?」「こっちは俺が持ってってやる」先輩は盆を取り上げ、清掃用具を俺に押し付ける。「『心づけ』と比べりゃ安いもんだろ」 002
2017-02-09 22:19:11箒を揺らしながら黎明館に向かった。黎明館と燦葉館を繋ぐ石畳の道は外気に晒されていて、とても寒い。「ヘックショッチ!」体をこする。山頂から白い煙が西空に伸びていた。太陽は稜線に沈みかけていて、紅葉した木々が波打つのが見える。「ヘックショッチ!」鼻水をすする。 003
2017-02-09 22:26:38「ああクソッ」吹き込む風を追い払いながら、黎明館に駆け込む。『心づけ』がなけりゃ、掃除なんて引き受けなかったのに。「損した気分だ」『心づけ』で高い酒の二、三本買わなきゃ割に合わない。軋む木の階段を上りながら、俺は悪態をついた。が、すぐに襟を整える。仮にも勤務中だ。 004
2017-02-09 22:33:47梅の間の入口の扉は開かれていた。俺は礼式的にお辞儀をしてから清掃を開始する。畳の隅、座布団の裏、襖など、汚れや傷がないかどうか、調べる。「大丈夫そうだな」俺はひとりごちた。客室は比較的綺麗に使われている。俺は腕をまくり、露天風呂に続く簡易脱衣場を点検する。 005
2017-02-09 22:40:34脱衣場の隅に、和服が綺麗に折り畳まれて置かれていた。旅館のものじゃない。「忘れ物か……?」俺はそれを手に取った。黄色地に薄紅の花の模様。あまり高級なものではなさそうだ。お客さんは既に退室したが、まだ近くを散策しているはずだ。急いで追いかければ間に合う。でも…… 006
2017-02-09 22:49:38この和服を、この部屋のお客さんが着ていたところなんて、見覚えがない。だとすれば……。「第三者……」露天風呂の方から水音が聞こえた。「……」箒を構える。水が流れる音。間違いなく、そこに誰かがいる。露天風呂に続く竹製の扉に手をかける。俺はゆっくりと、扉を開いた。 007
2017-02-09 22:57:55彼女は、座っていた。露天風呂を囲む、苔むした石の上に、座っていた。風呂から昇る霧に包まれ、彼女の姿は、おぼろげだった。「……誰だ……?」俺は問うた。彼女は俺に気づき、びくっと肩を震わせた。彼女の金髪は腰にかかるほど長く……その時点で俺は、彼女の美しさに見とれていた。 008
2017-02-09 23:05:48「…………」「答えろ……誰だ」白磁のように透き通った白い肌。引き締まった腰。すらりと伸びる脚。全てが芸術品のようだった。「私は……」よくよく見れば、彼女はまだ幼いように見える。髪の色からして、日本人ではない。日本人がやる金髪のような薄汚さはない。金屏風のような美しさだ。 009
2017-02-09 23:14:58「私は……」その少女は、何かを言い淀んでいるようだった。俺の質問に答えようとしているのか。それにしては、妙な雰囲気だった。「私は……」朧月が彼女の横顔を照らしている。雫が頬を滴り落ちた。「私は……誰ですか……?」霧の中で、彼女は震えていた。 010
2017-02-09 23:23:11「……だからな、エミリー。燦葉館がここで、黎明館があっち。黄昏館が向こうで、遊楽館がそっち。で、夜伽館が離れだ」「はい!わかりました、仕掛け人さま!」金髪和服の美少女エミリーは、熱心に頷き、とてとてと盆を持って黄昏館へ走っていった。「おーい!廊下は走るな!」「承知です!」 011
2017-02-09 23:29:33「教育係も大変だな」「先輩……なら代わってくださいよ」「そりゃ御免だ。お前が一番気に入られてる」「刷り込みってやつですよ」先輩は呵呵大笑した。「違いねぇ」「冗談じゃないですよ……」俺は苦笑した。あの日以来、エミリーはこの旅館で働くことになった。記憶が戻るまでの期限付きで。 012
2017-02-09 23:37:16エミリーの身元は全く分からない。その名前すらも不確かだ。エミリーが書ける日本語が『エミリー』だけだった、それだけの理由で、エミリーは『エミリー』になった。「そういやさ」先輩は宙を仰いだ。「お前、あの子から『仕掛け人さま』って呼ばれてるけど、あれはなんなんだ」 013
2017-02-09 23:46:39「……俺はドッキリの仕掛け人なんです」「なんだそりゃ」「そういう設定にしたんですよ。咄嗟に。そうでもしなきゃ、彼女、パニックになりそうだったので」記憶喪失。きっと、彼女は不安なはずだ。「記憶喪失ドッキリってわけか。そのドッキリはいつ終わる?」「……分かりません」 014
2017-02-09 23:52:03今思い返せば、あのときの自分は相当慌てていた。目の前に、全裸の金髪美少女がいる、それだけでも妙なシチュエーションなのに、その美少女が泣きながら記憶喪失を告白してきた。この状況で正常な思考ができる人がいるのか?いてたまるか。「ヘックショッチ!」俺は鼻水をすすった。 015
2017-02-10 00:04:38静寂園の掃除をしているとくしゃみが出てしまう。特にこの季節は、一層冷え込んできて……「ヘーックショッチ!」「仕掛け人さまー」くしゃみの反動そのまま顔を上げる。エミリーが走り寄ってきていた。「どうした」「仕掛け人さまこそ」エミリーは懐からティッシュを取り出した。 016
2017-02-10 00:10:00「鼻紙です。ずっとここにいるとお身体に障ります」「ああ……ありがとう……」ティッシュを受け取り、鼻をかむ。「まだ掃除が終わってなくてな」「私が代わります」エミリーは背伸びして俺の目をのぞき込む。「いやいや……さすがにそれは」「仕掛け人さまのお力になりたいんです」 017
2017-02-10 00:17:09エミリーはずずいと体を乗り出した。「近い近い」「私にやらせてください」俺は頭を掻く。エミリーは意外と押しが強い。「……分かったよ。でも交代じゃなくて、一緒にやろう」「一緒、ですか?」「ああ。二人なら二倍早く終わるだろ」「Wow!」エミリーは跳んで喜んだ。可愛いものだ。 018
2017-02-10 00:25:00エミリーは、横文字を日本語風に変換して言う。『ティッシュ』なら『鼻紙』、『サンタ』なら『三太夫さん』などだ。そのくせ、驚いたときや喜んだときには「Wow!」だとか「Oh my GOD!」なんかの英語が飛び出す。日本に憧れる外国人だ、というのはほぼ間違いない。 019
2017-02-10 00:32:21「……エミリー。記憶は戻りそうか?」掃除をしながらエミリーに訊ねる。エミリーは「うーん……」と呻いた。「わからないです。思いだそうとしても、頭の中に霧がかかってるみたいで……」「霧……」「手応えがない、というんでしょうか……むむむむ……」エミリーは眉を寄せた。 020
2017-02-10 00:40:33「まあ、ゆっくり思い出せばいいさ」俺はエミリーの頭を撫でる。エミリーはやわやわと目をつぶった。「何も急ぐことない……この温泉旅館は時の流れがゆっくりだからな」「そうなのですか?」「この旅館は……寂れない。俺が……いや……とにかく、ゆっくり思い出せばいい」 021
2017-02-10 00:48:10エミリーは不思議そうに俺を見上げた。「ヘックショッチ!」「大丈夫ですか?」「ああ……そろそろ戻るか」「はい!」俺たちは燦葉館へ戻る。今日もまた陽が沈む。俺は燦葉館隅にある自室から月を眺めていた。「……月日は百代の過客にして……」酒を呷る。「……行かふ年も又旅人也」 022
2017-02-10 00:55:58