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大竹・岩国の海軍史跡散策/附記:第六潜水艇(平成29年3月)

自ツイートまとめ 広島県大竹市と山口県岩国市の海軍史跡など。付記で広島県呉市の第六潜水艇受難者顕彰碑などを。
歴史 岩国 大竹 佐久間艇長 海軍 第六潜水艇
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伊達JKN@神社&史跡戦跡探訪 @Jinja_Kikou_Net
【大竹・岩国の海軍史跡散策】 3月2日。 仕事で岩国方面に来ていた私。 天気は芳しくない中でも、隙間時間の過ごし方を悩む。 岩国観光をするか否か…。 悩んで結局は誰でも出来るベタな岩国観光を止めて、敢えて大竹方面に北上してみました。 それではいざ参ります。 ( ̄^ ̄)ゞ pic.twitter.com/N6udPpRdDP
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【大竹・岩国の海軍史跡散策】 大竹。 昭和16年11月20日広島県佐伯郡大竹町に「呉第二海兵団」が設置。 昭和19年1月4日「大竹海兵団」改称。戦後は大竹港港湾施設に転用。 大竹港には復員で昭和22年1月末までに、実に41万783人の在外の軍人や民間人が、大竹港に上陸した、と。
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【大竹・岩国の海軍史跡散策】 大竹駅到着は0930頃。 天気は不安定でしたが、ひとまず歩みを進めてみる。 pic.twitter.com/1Tj2QSqKJs
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【大竹・岩国の海軍史跡散策】 大竹駅前。 長州方と幕府方の古戦場。 西国に来たなあという感じです。 pic.twitter.com/rMHxKKG2W5
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【大竹・岩国の海軍史跡散策】 駅から歩くこと15分ほど。工場エリアが目的地。三井 デュポン・ポリケミカル敷地内になります。関係者以外立ち入り禁止…ですが臆せずに。 守衛所で「海兵団の碑を見に来ました」で立入許可を得られます。 場所 goo.gl/maps/wB6h3JE6t… pic.twitter.com/WsviFB4fSY
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大竹海兵団跡之碑

大竹

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【大竹・岩国の海軍史跡散策】 大竹海兵団跡之碑 三井 デュポン・ポリケミカル敷地内に鎮座。碑の創建は新しく平成3年(1991年)。 工場の駐車場に碑は鎮座。 大竹海兵団の跡地は工場エリアとなっておる。 pic.twitter.com/5Tnbs4Q436
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【大竹・岩国の海軍史跡散策】 大竹海兵団跡之碑 碑文は出雲大社の千家達彦書 pic.twitter.com/19vCc45ZAY
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【大竹・岩国の海軍史跡散策】 大竹海兵団跡之碑 裏碑文 大竹海兵団は大東亜戦争を前にした昭和十五年十二月呉鎮守府管下の呉海兵団大竹分団として開団され、翌昭和十六年十一月二十日大竹海兵団として独立した海兵団は明治健軍以来海軍精神即ち、海軍魂を鍛えた伝統ある場所であった。 … pic.twitter.com/NAhRHOJMJR
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曾ってこの地において大日本帝国海軍の基礎教育と訓練をうけるため各地より青少年が志願及び徴兵等によって入団し、尽忠報国の念に燃え愛する祖国のために血と汗と涙を流した人数は実に十五万数千人に達したと言われている。
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又基礎教育訓練終了後前線に配属され青春の尊い命を散華した英霊は数えつきない。茲に大竹海兵団創設五十周年にあたり同団関係者各位等のご協力により記念の跡之碑を建立して平和の尊さを永く後世に伝えるものである。 平成三年十一月二十日建立 大竹海兵団跡地記念碑建設委員会 ー 碑文以上
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【大竹・岩国の海軍史跡散策】 大竹海兵団跡之碑 建立協力戦友会等名 軍艦伊勢、駆逐艦浜風、駆逐艦桜 どうしても艦に目がいってしまいます。 pic.twitter.com/lpxCfcxLN6
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【大竹・岩国の海軍史跡散策】 大竹海兵団跡之碑 台座の敷石は、大竹海兵団の烹炊所の敷石が使われている、と。 僅かに残る往時の名残。 pic.twitter.com/lDvNmVvEaC
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【大竹・岩国の海軍史跡散策】 大竹海兵団跡之碑 この場所で、ふと周作さんの事を思い出す。 #この世界の片隅に 昭和20年10月6日。 周作「わしらは大竹に移る。海軍を解体しきるまでは何があっても秩序を守り通すのが法務の仕事じゃ」 描かれていない大竹での職務を夢想する。 pic.twitter.com/jZln6nN3CC
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※昭和20年12月1日。 海軍省は廃止され、かわって復員業務を主体とした「第二復員省」(第一は旧陸軍省)が設立。 周作「海軍も11月いっぱいでのうなった。お役御免じゃ」 昭和21年1月に広島草津の森田家にすみちゃんの見舞いに帰っていたすずさんと広島での周作との再会に繋がる。
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【大竹・岩国の海軍史跡散策】 大竹海兵団跡之碑 改めて。 海軍の足跡を辿り、往時を偲ぶよすがを。 pic.twitter.com/ykf3fNVwcD
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【大竹・岩国の海軍史跡散策】 さて、次の目的地へ。 潜水学校の名残を残す史跡が臨海部の公園に残っていると。 次の場所までは海兵団の碑からは20分ほど歩くことになりました。 pic.twitter.com/FQXbVy1eY1
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【大竹・岩国の海軍史跡散策】 道すがら。 このあたりが往時の姿を残しているかはしらないけども。 なんとなく良い雰囲気を醸し出していた。 pic.twitter.com/TYC0vsQQp0
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【大竹・岩国の海軍史跡散策】 道すがら。 ただの道路の下に瓦礫があると、それだけで嬉しくなる。 もちろん、往時の姿を残しているかはしらないけども。 ちなみに、正面の山は「宮島の裏側」。 pic.twitter.com/IWb3MkFJkk
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【大竹・岩国の海軍史跡散策】 大竹港に着きました。 あこがれみなと 引き揚げ港として、望郷の想いから来ているかどうかは知りません。 港についたら、ちょうど雨風が酷いことになりました…宮島も霞んでます。 色々ヤバいw pic.twitter.com/9WDuuplsrA
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【大竹・岩国の海軍史跡散策】 突き当たった大竹港を北に歩いていくと、「東栄地区港湾緑地」にたどり着きます。 ここが次の目的地。 因みに、港湾地区特有の立ち入り禁止エリアもありますので、うかつに脇に逸れずに安全に進みましょう。 pic.twitter.com/tTrgAHpEpI
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海軍潜水学校探知講堂跡

大竹

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【大竹・岩国の海軍史跡散策】 「東栄地区港湾緑地」に保存されている不思議なモニュメント。 海軍潜水学校探知講堂の一部。 昭和17年。海軍潜水学校が呉から大竹に移設。 潜水学校探知講堂は、柱によって海上に建てられた施設。ここで潜水艦のスクリュー音を聞き分ける訓練が行われた。 pic.twitter.com/D6jWovWNEL
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【大竹・岩国の海軍史跡散策】 海軍潜水学校探知講堂の一部。近年まで海上に残されていたが大竹港・大竹工業団地の埋め立て事業により、平成20年(2008年)に現在の形に切り取られて保存された、と。 何もないよりかはマシだけど、陸上でも建物として完全体で保存して欲しかったなあ…と。 pic.twitter.com/Od9NXKpl9r
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【大竹・岩国の海軍史跡散策】 この時が雨のピークで、臨海部で酷い目に遭いました。 しばらく雨宿りしていたら、雨も落ち着いてきてお天気雨に。 宮島も姿を見せてくれました。 pic.twitter.com/jVdz3Ctqfw
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