「義経神社」と和服を着たアイヌ

批判するときには原典にあたりましょう
kotnei 5847view 11コメント
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  • 小野寺まさる @onoderamasaru 2017-03-12 18:28:33
    漫画「ゴールデンカムイ」だが、平取のアイヌが義経神社を信仰の対象にし、参拝時には和服を着ていた史実、家族の誰かが死ぬ度に家を焼くという謎の風習で自らの首を締めるように貧困を味わっていた史実、双子が産まれた際は片方を殺していた史実、これらの史実は全て伏せているに違いない。
  • Kazuo Uozumi @forthman 2017-03-12 21:04:46
    「平取のアイヌが義経神社を信仰の対象にし、参拝時には和服を着ていた史実」  ↑ なんという文献に基づいて、この「義経神社」の件を史実と断定しているのだろう? twitter.com/onoderamasaru/…
  • 忽然朔風 @kotnei 2017-03-12 21:10:07
    今度は義経神社か。近藤重蔵が寛政11年に建てたというのだから、比較的新しいものだね。この年が幕府の東蝦夷地直轄の年と同じなのは偶然ではない。アイヌの神話を簒奪して、和人の歴史に組み込むための装置である。
  • 忽然朔風 @kotnei 2017-03-12 21:11:38
    @kotnei マーク・ウィンチェスター氏が、この神社がアイヌにどのように扱われていたかを示す文献を以前提示していたはず。イザベラバードの旅行記にも登場する。
  • 忽然朔風 @kotnei 2017-03-12 21:17:54
    @kotnei バードが義経神社を見学した様子は、高梨訳『日本奥地紀行』ではp.287に載っている。「副酋長は、山に上るために袖なしの日本の陣羽織を着た。彼とシノンデとピピチャリ、その他二人が私のお伴をした。神社が立っているのは村の向こうの山の頂上で…」とある。
  • 忽然朔風 @kotnei 2017-03-12 21:20:44
    @kotnei ちなみに「陣羽織」は、アイヌ文化では儀式のときの礼服扱いになる。そして、その下にはアイヌ民族衣装を着る。この様子を見て「参拝時には和服を着ていた」と書いてしまうのは、元道議がアイヌ文化を全く知らない証拠である。
  • 忽然朔風 @kotnei 2017-03-12 21:23:40
    @kotnei 『アイヌ語沙流方言辞典』(田村すず子)の解説 cinpaori チンパオリ【名】[<日本語]陣羽織(男子が祭りの時に上に着る。袖がなく肩は裃のようで丈は膝くらいまで、前は羽織のようになっていて打ち合わせがない。金色や美しい色で刺しゅうしてある)。
  • 忽然朔風 @kotnei 2017-03-12 21:28:58
    @kotnei 知里真志保は「例えば日高の平取びらとりの、現在義経神社のあるハヨピラの丘は、もと天上から下界に派遣されて人間界の主宰者になったオキクルミの居城であったという 」と書いている。義経神社がアイヌ神話を簒奪したという意味。 aozora.gr.jp/cards/001540/f…
  • 忽然朔風 @kotnei 2017-03-12 21:33:32
    @kotnei また、金田一京介も『義経入夷伝説考』という論文を大正3年に発表している。
  • 忽然朔風 @kotnei 2017-03-12 21:40:47
    結局、連中の元ネタが小林よしのりの漫画でしかないことを示しているに過ぎない。ちょっと文献を調べるという労をとらない人しか騙せない。
  • ツイートまとめ 東北 7372 view 51 143 41 users 「アイヌ民族否定論」は東北の時空を無視するもの 北海道の義経神社に関する小林よしのり氏の記述に注目してみました。
  • poronup @poronup 2017-03-12 22:43:39
    そういえば、明治時代、弁開凧次郎は皇居に行ってアイヌの正装で皇太子(のちの大正天皇)に会ったそうだがね。
  • 幻想を演じぬアイヌ @aynuitak_jiji 2017-03-12 23:07:06
    弁開エカシは天皇に子熊を献上し、その返礼として五葉の松を下賜され、その栄誉をアイヌで碑文に刻んだ。当該の松は確かもうないが、株をとったものが育ち、また石碑と共に森の神社境内にある。時に有志のアイヌがアイヌ式で祈祷するが、神主さんは場を共にしないものの、祭礼の許可はしてくれる。 twitter.com/poronup/status…
  • poronup @poronup 2017-03-13 06:27:13
    昔、紋付き袴を着て神社に参拝したアイヌがいた話は本で読んだことがある。小野寺氏のツイートは誤読に基づいてるが、神社にモーニング着て参拝する和人もいるんだから、これはこれで別におかしなことでないと思うがね。和人の文化に敬意を表した行為ということなんだろうし。
  • poronup @poronup 2017-03-13 06:28:19
    件の方もアイコンはスーツにネクタイ姿。和服でないんだね。
  • poronup @poronup 2017-03-13 08:54:41
    陣羽織は、和人伝来であるが、あるアイヌ文化伝承者は、あれはお味方アイヌの着る物だから着るべきでないと、地域の人たちに意見したりもしていたという。陣羽織についてのその評価が正しいかどうか分からないが、もとは和人と親和的な人たちが手に入れて着ていたのは確かだろうね。
  • poronup @poronup 2017-03-13 09:02:58
    陣羽織は観光地のアイヌが着るものだと主張する人もいるが、古い写真を見ると観光と関係なく儀式などの時に陣羽織を羽織っているアイヌの姿が各所で確認できる。アイヌ社会で広く普及していたものであるのは確かだろう。
  • poronup @poronup 2017-03-13 09:03:18
    中には和人から伝わったものをそのまま着るのでなく、アイヌ文様を入れたりしてアレンジしたものを作る人もいる。文化ってそういうものだね。混ざったり影響したり変えたりするもの。
  • poronup @poronup 2017-03-13 09:07:35
    礼服はその民族の伝統服とは限らない。古い写真やフィルムでは、和装でカムイノミに参加している長老や背広を着ている人もいる。最近はアイヌ衣装で参加が当たり前になっているが、かつてはいろいろな形があったことが古い記録から分かる。
  • poronup @poronup 2017-03-13 09:11:29
    ロシアの服を着て写真に収まってる樺太アイヌの指導者の写真もあるよね。
  • 忽然朔風 @kotnei 2017-03-13 09:35:21
    イザベラバードの旅行記『日本奥地紀行』(原題:Unbeaten Tracks in Japan)は無償公開されている。いくら歴史修正主義者が勝手な解釈をしようとしても,原文をあたれば検証は簡単にできる。 gutenberg.org/cache/epub/218…
  • 忽然朔風 @kotnei 2017-03-13 10:11:44
    @kotnei 「和服」の話: The sub-chief put on a sleeveless Japanese war- cloak to go up, and he, Shinondi, Pipichari, and two others accompanied me.
  • 忽然朔風 @kotnei 2017-03-13 10:13:30
    @kotnei つまり,"a aleeveless Japanese war-cloak"が高梨訳では「陣羽織」となっていることがわかる。
  • 忽然朔風 @kotnei 2017-03-13 10:16:15
    @kotnei 中学生レベルの英文法でto go upという不定詞句が行為の目的を表すことはすぐわかるだろう。つまり,sub-chief(高梨訳では副酋長)は義経神社に参拝するために「陣羽織」をわざわざ羽織ったのである。

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