鶴見俊輔『限界芸術論』読書メモ集

鶴見俊輔『限界芸術論』(ちくま学芸文庫、1999)の読書メモをまとめました。
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荒木優太 @arishima_takeo

勅語の厳密なシンタックス(文体構成)が日本の官僚のニセ近代性に対応するとおなじく「いろはカルタ」の散漫で任意的なシンタックスは日本の庶民の気楽な精神の構造に対応している。by鶴見俊輔『限界芸術論』

2017-03-15 13:52:28
荒木優太 @arishima_takeo

まちがっては恥をかき、まちがっては恥をかき、たびかさなるうちに度胸ができ、しまいには、恥をかくことが快楽になってくる。ここに漫才の力強い楽天性がある。by鶴見俊輔『限界芸術論』

2017-03-15 13:54:26
荒木優太 @arishima_takeo

「大正・昭和期における祭の衰えは、祭が演じる者と見る者とに分離してしまったことからくる。この意味では、今日の観光客の間に有名になっているような大きな祭はすべてだめで」(鶴見俊輔『限界芸術論』)。これ面白いな。

2017-03-15 13:59:29
荒木優太 @arishima_takeo

@arishima_takeo 最近の東浩紀は批評を観光客の観点から捉えているようだが(「批評という病」)、以前はむしろ祭として表象していなかったか。祭に対するメタ視点を維持しようとする観光客は、鶴見に従えば、祭本来のアツさと背反することがある。観る者と観られる者の分割。

2017-03-15 14:11:29
荒木優太 @arishima_takeo

@arishima_takeo 思えば、鈴木謙介は「カーニバル」とか言ってたわけだが、祭の時代は終わってしまったのだろうか。

2017-03-15 14:11:54
荒木優太 @arishima_takeo

「私には、手ばなしたくない本がある。それは余白に自分で書きこみをした本で、その本はもう私のノート・ブックになっていて、その本でなら、ここを読みたいと思うところをあけると、自分の思いだしたことが書いてある」(鶴見俊輔『限界芸術論』)。分かる。

2017-03-16 10:26:05
荒木優太 @arishima_takeo

音楽は根本のところでは、自分の生命リズムを保つ、あるいは、ふるい起こすための力としてあるんだろうと思うんです。生命保持の機能の一部分だろうというふうに思うんです。by鶴見俊輔『限界芸術論』

2017-03-17 11:15:50
荒木優太 @arishima_takeo

学問について言えば、現在三大都市の大学の助手になること以外に、思想家として自分をのばして行く場所が、日本の中にない。文芸方面ではもっと新人の出現に寛容であるようだが、これも発表機関のセンターが東京一つであることには、改良の余地がある。by鶴見俊輔『限界芸術論』

2017-03-17 11:18:01
荒木優太 @arishima_takeo

「「限界芸術」という言葉をはじめて活字にしたのは、長谷川幸延、福田定良との座談「文化と大衆のこころ」(日本読書新聞、一九五六年一月一日号)だった」(鶴見俊輔『限界芸術論』)。へぇー。

2017-03-17 11:21:20
荒木優太 @arishima_takeo

鶴見俊輔『限界芸術論』読了。やっぱりなにを読んでも既視感がある気がするが、刺激にはなった。専門家→専門家の「純粋芸術」でも、専門家→非専門家の「大衆芸術」でもない、非専門家→非専門家の「限界芸術」の考え方は実は(鶴見は否定するだろうが)プロ文とも響き合うものがあると思う。

2017-03-17 11:34:29
荒木優太 @arishima_takeo

芸術と生活の境界線にあるものが「限界芸術」ならば、アカデミズムともジャーナリズムとも峻別されるサークルイズムは、鶴見にとっては「限界学問」なんだろうな、と思って読んでいたら、最後の方でご自身でそう言及していた。最近、立派なシュンス系になりつつある。

2017-03-17 11:37:41
荒木優太 @arishima_takeo

大仏次郎は有島武郎主催の草の葉会に一年くらい参加していた、という豆知識もゲット。

2017-03-17 11:39:26