読む前にぜひウサギの絵を描いてみてください〜「個性を尊重するということ」について〜

しばしば衝突する「個性」についてのお話。 タイトルにもしましたが、読み進める前にまずは自分で「ウサギ」の絵を描いてから続きを読んでいただきたい。読んでくれた皆様の考え方の一助になれば嬉しいです。
個性
isa_kent 12134view 13コメント
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  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 11:03:53
    ここ数日のやりとりで頭の中が少し整理されたので、そのことをつらつらと書いてみる。 「個性を尊重するということ」について。
  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 11:06:10
    例えば「ウサギの絵を描いて下さい」と言われたとき、皆さんはどんな絵をかくでしょうか。 大体の人は、こんな感じの絵を描くと思います。 pic.twitter.com/GBSjqkw3Rw
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  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 11:08:17
    でも、その中でこんなことをやり始めた人がいたら、どうでしょう。 pic.twitter.com/5QHdLEdohJ
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  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 11:09:48
    驚く人もいるでしょう、心配する人もいるでしょう。もしかしたら①のような描き方を教えてあげようとする人もいるかもしれない。
  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 19:07:41
    中には「真面目にやれ!」と怒り出す人さえも出てくるかもしれない。
  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 11:11:08
    でも、この人がやりたいことが、実はこういうことだったと知ったら、驚くことも心配することもない。 pic.twitter.com/eVKP6eCqvq
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  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 11:12:14
    また、別の人はこれを描いて手を止めています。やはり多くの人は不思議がるんじゃないでしょうか。 pic.twitter.com/dcuJ87DJhq
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  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 11:13:16
    でもこれに、こういう一言が添えてあればどうでしょう。 pic.twitter.com/HUlkc5Yv9S
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  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 11:15:01
    中には「なるほど!」とか「面白い!」と感心する人すら出てくるかもしれない。
  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 11:20:25
    ②や③のようにウサギの絵を描く人は、大抵「個性的」と呼ばれます。そして、最近はこういう人たちへの「配慮」が声高に主張される。場合によってはこれを「才能」だとして、絶対的に優れたものだと考える人もいる。
  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 11:24:00
    僕はそのことを全否定はしませんが、では②や③のように描く人を全肯定することが「個性の尊重」なのかというと、僕はちょっと違うと思うんです。
  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 11:34:28
    ②や③のようにウサギの絵を描く人にできることは何かというと、①のように描くと「普通」の人には「分かりやすい(伝わりやすい)」ということ「も」、理解することだと僕は考えます。
  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 11:44:51
    そして②の人なら、これからやろうとしていることを事前に説明したり、③の人なら最初から言葉を添えておくこともできれば、①のような描き方の人と「お互いに」理解し合うことがぐっと容易になる。
  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 11:49:04
    ①のような描き方をする、いわゆる「普通」の人ができることは「②や③のような(そして当然のことながらさらに多様な)描き方をする人がいる」ことを理解することであると同時に、それを「否定」するのではなく、素直に「分からない」ということを伝えることだと思います。
  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 12:06:58
    そして②や③のように描く人は「分からない人が馬鹿だ」と見下したり「分かってもらえない自分は駄目だ」と卑下することなく、目的が同じ相手であれば理解してもらえるための方法を模索することは出来るはずです。
  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 12:13:01
    また時として②や③のように描く人は、他者に理解してもらう力に乏しい、もしくは様々な理由でそのような力を失ったり、初めから持っていないこともあります。その時には適切なサポートも必要になるでしょう。
  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 12:40:13
    ここで①、②、③の(そしてそれ以外にもある多様性の)どれが「正しい」とか「優れている」のかを決める必要はないはずです。この「違い」が「個性」です。個性とは、基本的にはただそこに「ある」だけのものです。
  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 13:22:48
    「個性の尊重」とは基本的に「そこにあるものをそのまま受け入れる」ことです。例えるなら「花が咲いている」ということと変わらない。それだけのことなんです。
  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 13:32:38
    ただ、ほとんどの人は咲いている花を見ると何らかしらの感想を抱くと思います。「きれい」「いい匂い」「健気だ」「華やかだ」など肯定的なものもあれば「派手」「気持ち悪い」「邪魔」などの否定的なものもあるでしょう。そしてその「自分の感覚」をも、そこにある「だけ」の個性に「重ねてしまう」。
  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 15:05:43
    そして、この自分の中の感覚を「押し付け合うこと」を個性の尊重だと誤解している人がとても多いように思います。しかしそれは個性の尊重ではなく、しばしば「利己的」とされることさえある。個性の尊重の先にあるのは基本的に「擦り合わせ」であり「妥協」です。
  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 15:10:09
    また「擦り合わせ」や「妥協」が必要になるのも、その個性を持つ人と継続的な関係性を築く必要があるときにやればいいのであって、そもそも「関わりを持たない」という選択肢もある。世界中に咲く花の全てに感情を表明する必要がないのと同じことです。
  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 15:20:26
    言い換えるなら「個性の尊重」とは、ある意味で「譲り合い」です。他者と自分が同じ立場にあることを受け入れることです。そこには上下も優劣も正誤もない。個性を尊重するためには、まずそのことをしっかりと理解する必要があります。
  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 15:26:46
    その上で、人間は社会というものを形成しています。家族、学校や会社、地域そして国…人である以上、基本的にそのような複数の社会の中で生きていくことになる。そしてそこには、その社会の活動を可能な限り円滑に進めるためのルールもある。そのルールは基本的に守るように努めた方がいいと思います。
  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 15:30:54
    ただ、忘れてはいけないのは「社会のルールとて完璧ではない」ということです。だからこそルールを守らないことを「悪」とせず、どうして「ルールを守ってもらえないのか」や、より多くの人が「守れるルール」を考えるのが「政治」だと、僕は考えます。
  • kentaro isaka @isa_kent 2017-03-19 15:44:49
    話が大きくなってしまったので、本題に戻ります。僕が言いたかったのは、個性の尊重とは「自分の気持ちを何があっても最優先することではない」ということです。それはあまりに都合の良い解釈だと思います。では、僕が現段階で考える個性の尊重とはどのようなものか。

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