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SF作家・井上剛が切り取る“世界と単語のジグソー”

『笑ってコラえて!』検定試験の旅で“日本語検定ナンバーワン”として登場した経歴のあるSF作家・井上剛氏が、突如として語り出した言語のモザイク。それを読み解くジグソーパズル。
文章 言語 小説 文化 セカイ系
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井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
言語ってのは、世界のさまざまなモノやコトに付与された「単語」から成り立っている。つまり単語は世界を分割して記述するためのパーツであると言える(・_・)ゞ
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
などと語り出してみたが何のために語っているのか自分でも不明(・_・)ゞ
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
→ところが世界の見方・見え方というのは、各言語(を使用する人々)によって微妙に、あるいは相当に違っている場合がある(と思う)。仮にそれが殆ど同じであっても、言語(を使用する人々)によって、「世界の分割方法」が違う。これは確実(・_・)ゞ
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
→ある言語が100万の単語で成り立っている、つまり100万のピースで世界を記述しているのだとして、また別の言語がやはり100万の単語で成り立っているからといって、互いの100万が同じパーツを担当しているわけではない。ジグソーパズルの「切り方」が違うようなもので(・_・)ゞ
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
→まあ平たく言えば、単に「単語レベルで完全な逐語訳は不可能です」という程度のことなのだが(・_・)ゞ
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
→このことは鈴木孝夫先生の本とか読むとよく実例を挙げて書かれている。たとえば「唇」と「lip」とは違う。「lip」は「唇」の周辺も含んでいて、英語では「lipに生えたヒゲ」といった表現があるそうだ(・_・)ゞ
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
→「棒を折る」はbrake、「紙を折る」はfold(だったと思う)で、日本語の「おる」は元は屈曲していないモノを二つ以上に屈曲させることを意味していて、それが二つ以上の部分に分割されることは必要としていない。なので、紙を折るのはbrakeとは言えない(・_・)ゞ
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
→紙をbrakeするのは、日本語では「破る」「ちぎる」に相当する筈。これらは、元のモノを二つ以上の部分に分割することを意味しているが、屈曲させるという要素は必要としていない(・_・)ゞ
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
→もっと簡単な例があったな。足はfootで脚はlegだ。日本語の「あし」は下肢全体、脚の付け根から足先までをさすが、英語(漢語も)では足首が境い目になっていて明確に別モノとして扱われている。つまり「世界の分割方法が違う」(・_・)ゞ
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
→もっと簡単な例があったな。足はfootで脚はlegだ。日本語の「あし」は下肢全体、脚の付け根から足先までをさすが、英語(漢語も)では足首が境い目になっていて明確に別モノとして扱われている。つまり「世界の分割方法が違う」(・_・)ゞ
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
→まあ「あし」の例は、日本語では一つのピースであるモノが英語では二つのピースになっている、ということで、1対2でほぼ完全な対応ができているからまだいいけど、fold⇔折る⇔break⇔壊す⇔destroyというような場合は少々厄介(・_・)ゞ
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
→それぞれが「のりしろ」みたいに意味が重なりながら、でもそっくり同じ意味ではない。「世界の分割方法」が違っているから(・_・)ゞ
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
→さらに厄介なのが、言語ってジグソーパズルみたいに「全部埋まってる」わけでは決してない場合があること。ずばりの具体例は今思いつかないけど、近い例では、英語で「湯」が一語で言えないのはよく指摘されること(・_・)ゞ
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
→新しい事物や概念だと、それに対応した語が編み出されたりするから、却って抜け漏れはないんだろうけど、昔から存在しているフツーの概念や事物に、むしろ抜け漏れとか言語間の分割方法の食い違いがあるような気がする。根拠はないけど(・_・)ゞ
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
→あ、思い出した。なんでこんなこと書き出したかというと、例の米国務省のメア氏という人の「ゆすり」発言を読んでたんだ(・_・)ゞ
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
→『合意形成は日本文化において重要なものだ。日本人はこれを「合意」と呼ぶ一方、それは「ゆすり」を意味し、彼らは「合意」の文化を「ゆすり」の手段に使っている』って部分、「ゆすり」って随分ひどい言い草やけど、この英単語は日本語の「ゆすり」とどれぐらい同じなのかな、と(・_・)ゞ
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
→ズボラなので調べる気もないんだけど(おい)、それ考えてたらふと鈴木先生の本で読んだことを思い出したのでした。おしまい(・_・)ゞ
久保田弥代/plummet @plummet
@winouhe ( ゚Д゚) おもしろい、続けてくれろん。
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
@plummet 鈴木孝夫先生の本では、確かbreakは「刃物を用いずに外力を加えることで元のモノを二つ以上の部分に分割すること」と表せる、と述べられていました。例えば、棒きれを二つに分けても、刃物を使うとbreakではなくcutになってしまいます(・_・)ゞ
たきざわ。 @jun_ka
@winouhe それがあるから、翻訳小説ってあんまり読む気がしないんだよねえ。だって日本語でさえ、商業作家でさえ上手下手があるのに、ましてや外国語、しかもそれを日本語に変換したものなんて……ってなる。小説は言語の重要度が大きすぎる
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
@jun_ka という理由で外国語を勉強しないオレ(笑)。しかし実際、鈴木先生はメグレ警視を原語で読んでて、「黄色い封筒」という語が出てきて話が分からず悩んだところ、いわゆる「茶封筒」だったそうだ。仏語の「jaune」は辞書では「黄色」だが日本語の黄色とは「分割範囲」が違うのな。
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
@jun_ka というように、正味、読解を誤る場合すらある。細かなニュアンスにおいてをや。原語をちゃんとマスターして鑑賞するのがいちばんええんやろうけど、こればっかりはねえ(._.)
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
→おまけ。言語は「世界を分割して記述する」なので、同じ言語の中で似たような表現が二つ以上あれば、それはほぼ間違いなく「似ている」だけで「全く同じ」ではない。まあ当たり前ですが(・_・)ゞ
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe
→家庭教師やってる時に英語の問題で「can」と「be able to~」の書き換えをやらせてたんだけど、「この二つって同じ意味なのか」という議論になった(・_・)ゞ
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コメント

久保田弥代/plummet @plummet 2011年3月9日
「SF作家・井上剛が切り取る“世界と単語のジグソー”」をトゥギャりました( ゚Д゚) ということを手動でTLに報告。
久保田弥代/plummet @plummet 2011年3月9日
( ゚Д゚) そういえば、この語りが始ったところで、『虹の色数が言語・文化によって違う』という話を思い出したのだった。虹と言えば七色と日本人は考えますが、文化によっては五色だったり三色だったりするとか。
ののまる @nonomaru116 2011年3月9日
最近の出版でこの内容に関連する本を追加しました。言語学クラスタで少し前に話題になった本。
井上剛@きっと、誰よりもあなたに本を買ってほしいから。 @winouhe 2011年3月9日
虹の色数は、どうかすると2色とか3色とかで捉えてる文化圏もあるみたいですよ。やっぱり鈴木孝夫先生の『ことばと文化』だったか『日本語と外国語』だったかで読んだ記憶があります(・_・)ゞ
ITAL @ITAL_ 2011年3月9日
なるほど。認知言語学っぽい話だったのね。
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