昭和は「日本語」が生まれるチャンスだった

↓の続きです。 Where is my bride?(あー俺の花嫁は?) - Togetterまとめ https://togetter.com/li/1098211
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uroak_miku @Uroak_Miku

57)補足。「日本語」を大東亜共通語として広める以前の問題として「日本語文法」が存在しなかった。「国文法」ではなくて。英語やドイツ語やフランス語は帝国主義勃興の何百年も前にラテン語文法をお手本に文法が作られていたけれど日本語は若すぎた。明治生まれだし。

2017-04-07 19:56:26
uroak_miku @Uroak_Miku

58)「国文法」も明治生まれ。それより前だと本居宣長の研究が一応ありますがあれは源氏とかの研究用だったし。

2017-04-07 19:58:15
uroak_miku @Uroak_Miku

59)「国語」が「日本語」になる可能性があった戦前昭和。東アジア全域への勢力拡大には「日本語」が必要だった。しかし敗戦でとん挫し「国語」がその後も生き延びた。何度も何度も繰り返した話ですが繰り返しておきます。

2017-04-07 20:00:13
uroak_miku @Uroak_Miku

60)学校国語と学校英語は違うOSです。それを同じパソコンにインストールしたりしたらおかしくなるにきまってます。「柔道部に入っている」を「I'm joining the judo club.」(柔道部に入ることになってるから)と英訳したりする。

2017-04-07 20:01:42
uroak_miku @Uroak_Miku

61)「Are you climbing trees again?」を「また木に登っているの?」と直訳したりする。正しくは「まったく、いつも木に登りたがるんだから」と訳す。

2017-04-07 20:05:01
uroak_miku @Uroak_Miku

62)二つのOSが葛藤する。葛藤を和らげる変換ソフトを開発すべきなのに、国はいつだって「慣れろ」で押し切ってくる。金髪のきれいな先生をあてがってやるからあとは頑張りな、と。

2017-04-07 20:06:29