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自分が好きな洋画家(故人)②

自分が好きな故人の洋画家を取り上げます。著名洋画家がかなり含まれていますが、ときにマイナーな洋画家も取り上げます。(随時更新)
画壇 洋画家
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-04-15 16:07:06
    浅原清隆(1915〜1945) 帝国美術学校卒。美術学校時代、映画研究会の会報『T映』の編集を行う。「表現」「動向」など前衛系小グループを経て独立美術協会、創紀美術協会、美術文化協会で活動。透明感のある超現実主義作品を発表し将来を嘱望されたが、従軍中にビルマで行方不明となる。 pic.twitter.com/cgYgxVADOo
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-04-15 16:20:41
    浜田浜雄(1915〜1994) 帝国美術学校卒。在学中にシュルレアリスムの影響を受け、瀧口修造と交流しダリを彷彿とさせる幻想的な絵画を描く。二科展入選。同人グループ「絵画」を結成。戦後はデザインを始めとする幅広い分野で活動し、写真家・大辻清司らと「グラフィック集団」を結成。 pic.twitter.com/iNTEoCetLG
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-04-16 15:47:41
    石垣栄太郎(1893〜1958) 和歌山出身。移民として渡米。カリフォルニア州立美術学校を経てアート・スチューデンツ・リーグで画家J.スローンに師事。メキシコ美術の影響を受け、反戦・反ファシズムの芸術運動を展開した。戦後は帰国。夫人の評論家・石垣綾子は夫の画業を日本に紹介。 pic.twitter.com/syy1XekLhc
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-04-16 17:05:36
    鴨居玲(1928〜1985) 下着デザイナー・鴨居羊子の弟。金沢美術工芸専門学校卒。宮本三郎に師事。二紀会を経て無所属。昭和会展優秀賞、安井賞、二紀展文部大臣賞、兵庫県文化賞受賞。心臓に持病を抱えており、自殺未遂を繰り返した上で神戸の自宅で排ガスで自殺。社会や人間の闇を描いた。 pic.twitter.com/6fA1JWEwy7
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-04-16 19:14:51
    村山槐多(1896〜1919) 京都出身。従兄の山本鼎の感化を受けて画家を志し、上京。日本美術院研究所に学ぶ。主に院展洋画部で活動し、院友に推されるなど将来を期待されたが、結核で夭折。その生涯は退廃、放浪の生活であったが、青春の哀愁をフォーヴを基調とした陰影の濃い画風で表現した。 pic.twitter.com/mfvFxq5gan
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-04-18 19:44:49
    南城一夫(1900〜1986) 前橋生まれ。本郷絵画研究所で岡田三郎助に学ぶ。東京美術学校卒。岡鹿之助と渡仏。戦争により帰国を余儀なくされるまで滞仏。ビッシェール、ロートに師事。帰国後、春陽会で活動。親しみ深い詩情にあふれた画風。厳しい制作態度を保ち続けた寡作な画家。 pic.twitter.com/g69RZA9vYf
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-04-20 17:02:19
    中村不折(1866〜1943) 十一字会研究所に入り、小山正太郎、浅井忠に師事。明治美術会で活動後、渡仏し、ジャン=ポール・ローランスに師事。帰国後、太平洋画会および官展で活動。太平洋美術学校校長。帝国芸術院会員。中国の古典に基づく深遠な歴史画を描いたが、一般には書家として著名。 pic.twitter.com/QEwEH4f0dT
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-04-20 19:22:19
    三岸好太郎(1903〜1934) 札幌生まれ。夫人は洋画家・三岸節子。上京。春陽会を経て独立美術協会創立に参加。春陽会賞受賞。初期の素朴派風から中国・上海の旅行を経て道化師やマリオネットを題材とし、最晩年は蝶、貝殻などを題材とする詩的な超現実主義的絵画に移るが、胃潰瘍で夭折。 pic.twitter.com/NEEw24vyib
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-04-21 23:42:21
    阿部金剛(1900〜1968) 父は東京府知事を務めた阿部浩。慶應義塾大中退。岡田三郎助に師事。渡仏し、ビッシェールに師事。帰国後、古賀春江、東郷青児とともに二科会の超現実主義絵画の旗手となる。戦災で戦前の前衛的作品の大半が焼失か。戦後は東郷の側近として二科会の運営を支える。 pic.twitter.com/41uiXXPIzd
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-05-05 21:59:30
    早川義孝(1936〜2012) 全日本学生油絵コンクールで文部大臣賞を受賞。武蔵野美術学校中退。堀田清治と出会い、新槐樹社に属し、文部大臣賞、内閣総理大臣賞を受賞。新槐樹社名誉会長。少年の頃抱いた胸のときめきを明晰なイメージとナイーヴな感性でカンヴァスに紡ぎ出す独自の作風を確立。 pic.twitter.com/9H85b1LVZr
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-05-30 19:44:30
    坂田一男(1889〜1956) 岡山生まれ。本郷絵画研究所で岡田三郎助に師事し、川端画学校で藤島武二に師事。渡仏。フェルナン・レジェに師事。帰国後は中央画壇とは没交渉で、郷里岡山で活動。郷里の度々の水害で作品の大半は消失。日本で本格的なキュビスムを描いた唯一の洋画家とされている。 pic.twitter.com/LdNdEnxSna
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-07-01 15:56:44
    永地秀太(1873〜1942) 山口県出身。松岡壽に師事。明治美術会付属教場に学ぶ。太平洋画会、官展で活動。陸軍中央幼年学校教授を務めたのち渡欧。帰国して東京高等工芸学校教授。帝展審査員。レジオン・ドヌール勲章受章。正確なデッサンと明るい穏やかな色彩が特徴で、静物画が絶品。 pic.twitter.com/oYrBRjUwht
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-08-24 22:10:02
    小柴錦侍(1889〜1961) 東京高等工芸学校卒。渡仏し、モーリス・ドニに師事。帰国後は帝展、創元会で活動。日本では和田英作らに師事。ドニの華やかな装飾的外光とカトリック的主題をそのまま継承したが、この画趣は日本に根を下ろさなかった。代表作の殆どは戦災で焼失か行方不明。 pic.twitter.com/24AymmMxoe
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-08-25 21:08:09
    篠原道生(1960〜1992) 学生の頃、右翼団体・大東塾で生活をする。多摩美術大大学院修了。イタリア滞在を経て帰国後、アルバイトをしながら制作に没頭。32歳で自殺。無所属。没後、詩人・松永伍一らによって再評価の道が開かれる。 pic.twitter.com/aWb5RWVWtD
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-09-17 17:04:32
    小出楢重(1887〜1931) 東京美術学校卒。二科展樗牛賞、二科賞受賞。渡仏を経て二科会会員。鍋井克之らと大阪に信濃橋洋画研究所を設立。関西洋画壇の指導者として活躍。初期の重苦しい写実から次第に明快な色調を持つ独自の洋画を制作。裸婦像を得意とする。ガラス絵や随筆も手掛ける。 pic.twitter.com/sVsupweKY9
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-10-05 23:29:20
    増田誠(1920〜1989) 上野山清貢、中島由多禾、岩井弥一郎に師事。一線美術会を経て渡仏。パリの下町の生活感あふれる情景や庶民を描き、サロン・ドートンヌ、サロン・ナシォナール・デ・ボザール、サロン・デ・ザンデパンダン各会員。フランスでの受賞多数。都留市名誉市民。 pic.twitter.com/SRDwQKJ0JS
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-10-20 06:37:10
    木村荘八(1893〜1958) 葵橋洋画研究所を経てフュウザン会、草土社に参加。岸田劉生の影響を強く受ける。院展洋画部にも出品し、樗牛賞を受けている。草土社解散後、春陽会会員となる。東京下町の人情風俗に限りない愛着を寄せていた。挿絵や随筆にも優れ、日本芸術院・恩賜賞受賞。 pic.twitter.com/Mjc5NlEnjI
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-10-26 13:17:52
    石橋和訓(1876〜1928) 日本画を滝和亭に学ぶが洋画に転向。渡英し、ロイヤル・アカデミーを卒業。ロイヤル・ポートレート・ソサエティーの会員となる。帰国後、官展に出品。作品の大半は似たような茶褐色の肖像画で、かなりの数の作品が英国にあるため、回顧展の開催は困難とのこと。 pic.twitter.com/uj5z21ardy
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-10-27 08:48:40
    相原求一朗(1918〜1999) 埼玉県川越生まれ。川越商業学校卒業後、独学。戦時中召集され、満州やフィリピンで過ごし、九死に一生を経て生還。戦後、猪熊弦一郎に師事。新制作協会会員。埼玉文化賞受賞。川越市名誉市民。晩年に評価が高まり個人美術館を開館。冬の北海道の詩情を描く。 pic.twitter.com/LMgGt6gxtP
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-11-05 12:39:43
    横井弘三(1889〜1965) 独学。二科展に出品し、樗牛賞、二科賞受賞。「日本のアンリ・ルソー」とも呼ばれ高い評価を受けたが、関東大震災を契機に二科会を離れた。日本初のアンデパンダン展を開催。独創的な絵画思想故に中央画壇とは距離を置いたが、支援者には恵まれ晩年まで精力的に活動。 pic.twitter.com/U4o3UAvrj2
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-11-05 19:27:41
    阿部展也(1913〜1971) 京北中学中退。独学。独立美術協会、創紀美術協会を経て美術文化協会に参加。戦時中、日本軍報道部の仕事に従事。1952年、無所属となる。その後、ローマに移住。作品は常に前衛的な作風を保持し、初期のシュルレアリスムから晩年は抽象主義的作風へ移行した。 pic.twitter.com/c7Oz9U56P9
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  • 酔生夢死 @lsdvoerijgesp 2017-11-06 20:06:06
    土屋幸夫(1911〜1996) 東京高等工芸学校卒。独立美術協会で活動後、創紀美術協会を経て美術文化協会に参加。戦後、日本アヴァンギャルド美術家クラブを結成。武蔵野美術大教授を歴任。戦前はシュルレアリスムの影響を受け、戦後もアンフォルメルなど現代美術の潮流から影響を受けた。 pic.twitter.com/aXk5oaNScH
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