金剛のものがたり。二話『邂逅か運命か』

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はるか @Kurosu_Haruka

「提督が執務室にイナイ」  がらんとした部屋の中。秘書艦とはいえ提督の執務室へ勝手に入っては叱責ものだが、わたしはこらえきれず足を踏み入れた。 「命令だから仕方ないワ」  その日、提督は海外の基地へと出向していた。 【金剛の物語二話『邂逅か運命か』】 #金剛のものがたり

2017-04-26 21:50:51
はるか @Kurosu_Haruka

「金剛」 「……ほわっつざっ!?」   背後からの声に驚き、振り返るとそこには呆れ顔の矢矧が立っていた。 「あなたこんなところにいたのね」 「こんなところって。提督の執務室デース」 「体調、優れないのでしょう? さ、部屋に戻るわよ」 「もう少し、ここに」 #金剛のものがたり

2017-04-26 21:53:02
はるか @Kurosu_Haruka

「あなたが提督を好きなのはわかるけど、子供じゃないんだから」 「……提督が、この部屋にいないと寂しいのヨ」 「旗艦のあなたがそれじゃ、他の艦娘にしめしが──」 「わたしが弱いところを見せるのは姉妹とそして矢矧と浜風と、提督の前だけネ」 「……そうだったわね」 #金剛のものがたり

2017-04-26 21:55:36
はるか @Kurosu_Haruka

「矢矧。あなたが建造される以前からずっと、わたしの鎮守府には特定の提督がいなかったワ」 「ええ、そうだったわね」  提督の椅子に腰掛け、わたしは腕を枕に机に伏せる。ほんのりと提督の香りがした。 「なにしてるのよ、戻るわよ」 「わたしが指揮してタ、ずっと」 #金剛のものがたり

2017-04-26 21:58:51
はるか @Kurosu_Haruka

ずっと提督が着任してくれなかった。軍の都合かなにかは定かではないが、ほぼ四年間、わたしの艦隊には特定の提督はおらず、すべての指揮は最年長のわたしがとっていたのだ。 「いろんな提督が可愛がってくれたけど、直属の艦娘として指揮をしてもらえるの、始めてネ」 #金剛のものがたり

2017-04-26 22:01:44
はるか @Kurosu_Haruka

「そうね。私たちにも提督ができた」  指示を与えられて戦う。嬉しかった。誰かに従う喜び。艦娘は指揮をさてれ、提督のために働く。それが喜びだと痛感した。初めて作られた艦娘。試作零型『金剛』のわたしは提督の指揮下に置かれるよりも、艦娘たちの指揮を求められていた。 #金剛のものがたり

2017-04-26 22:04:26
はるか @Kurosu_Haruka

「提督を元気に見送ったけどサ、離れてるのツライヨ」  涙が溢れる。そばにいたい。そばにいて欲しい。わたしの提督。初めての。 「でも金剛。安静にしてなきゃ。深海化がかなりすすんでいるのでしょう?」 「薬で抑えてるから平気ネ」 「副作用の話をしてるの」 #金剛のものがたり

2017-04-26 22:06:32
はるか @Kurosu_Haruka

深海化。それは艦娘が心の闇か、それ以上の何かに囚われ進行する病のようなもの。体が変化し、やがて深海棲艦へと変わってしまう。  一年前。わたしはいつのも通り艦隊を指揮し、激戦海域へと向かった。しかし── 「あの時の敗北と傷。あなたの心と体に深く刻まれている」 #金剛のものがたり

2017-04-26 22:08:49
はるか @Kurosu_Haruka

「わたしは戦えるネ。戦えないことが苦しいワ」 「そのために休んで欲しいのよ」  あの日。わたしは大破し撤退を余儀なくされる。一週間に及ぶ補修。わたしの意識は戻らず、そして、夢の中では台湾海峡の海底で聞いた『喚び声』が響いていた。 #金剛のものがたり

2017-04-26 22:11:55
はるか @Kurosu_Haruka

目覚めた時、わたしの体は半分、深海のモノへと化していた。数隻の艦娘をなぎ倒し、海へと帰ろうとするわたしを止めたのは矢矧と浜風だった。そして、その『力』に目をつけた軍部の以降により解体は免れ、急遽研究開発された深海化抑制秘薬『れぎおん』を与えられることになる。 #金剛のものがたり

2017-04-26 22:14:56
はるか @Kurosu_Haruka

「『れぎおん』の開発はいくらなんでも早すぎたワ」 「おそらく、艦娘を深海化させて利用する計画は予め進行されていたと見るのが妥当よね」 「軍部の闇……ネ」  なんにしても、その秘薬のおかげで、わたしの深海化は収まり、もとの体を取り戻せた。 #金剛のものがたり

2017-04-26 22:17:02
はるか @Kurosu_Haruka

「金剛が助かるのなら闇でもなんでもかまわないわ」 「でも戦えない艦娘に価値はないヨ」  『れぎおん』は、眠気とだるさ、体の弛緩など様々な副作用があらわれた。とてもではないが軍事利用にはそぐわない。そう欠陥品の烙印を押されたわたしは再度解体される予定だった。 #金剛のものがたり

2017-04-26 22:19:35
はるか @Kurosu_Haruka

「提督が拾ってくれなかったら、わたしは今存在してないネ」 「そうね。提督には感謝しているわ」 「……だからわたしにとって提督はすべてナノ」  そばにいたい。わたしのすべて。夢と希望を与えてくれた。提督。  初めてあったあの日、わたしは提督を認識してなかった。 #金剛のものがたり

2017-04-26 22:22:20
はるか @Kurosu_Haruka

──三年前。横須賀鎮守府。 「へーい! 提督のみなさーん!! 金剛デース!! このたびの合同作戦、お疲れ様デシタ〜!!!」  40号作戦。深海との激しい戦い。その勝利を祝った祝賀会で、わたしは提督たちをねぎらっていた。  提督たちからの賛辞の声。 #金剛のものがたり

2017-04-26 22:25:31
はるか @Kurosu_Haruka

「あの子が噂の最初の艦娘。零号試作型『金剛』かぁ」 「なんだ、お前。初見か?」 「そうだな。それにしてもあの子──」 「へーい!! 提督たち! わたしの噂ですカ〜!? わたしがどうしたネ!!」 「じ、自分は提督でもなんでもないが!」   #金剛のものがたり

2017-04-26 22:28:36
はるか @Kurosu_Haruka

名前を耳ざとく聞きつけ、わたしは二人の海軍士官の座るテーブルへと駆け寄ったのだ。 「未来の提督たちデショ〜? わたしは提督が大好きデース!」 「な、なんでそんなに提督が好きなんだ? 職業フェチか?」 「違うワヨ。わたしを建造して闇から救ってくれたのが提督ネ」 #金剛のものがたり

2017-04-26 22:29:57
はるか @Kurosu_Haruka

「なら、その提督を愛せばいいだろう」 「でもわたしを救ってくれた提督が誰かわかんないのヨ」  建造されたあの日。わたしの手を掴んでくれた人は提督。しかし名前は聞きそびれ、顔も覚えていない。その直後に意識を失った、そんなわたしは提督の性別すら覚えていなかった。 #金剛のものがたり

2017-04-26 22:31:52
はるか @Kurosu_Haruka

「だからサ〜! すべての『提督』を愛することにしたノ! わたしを暗い海から救ってくれた提督っておもってネ!」 「それで提督たちに好かれてるのか、お前」 「リアリィ!? それはめちゃ嬉しいデース!!」  あの頃のわたしは輝いていた。戦いでも社交の場でも。 #金剛のものがたり

2017-04-26 22:33:34
はるか @Kurosu_Haruka

「あなたも未来の提督ネ、大好きデスヨ!!」  そう言って手を握ると、彼は真っ赤になって涙をこぼした。 「こ、光栄です!」 「大げさネ〜」 「こ、金剛! お会いするのは初めてですが、ずっと憧れてました!」  それが、わたしの提督との出会いだった。   #金剛のものがたり

2017-04-26 22:36:12
はるか @Kurosu_Haruka

あれから一年は提督たちからチヤホヤされ、そしてわたしも提督たちに愛されることに必死で、ひたすら優しくしていった。楽しい日々だった。しかしそんな中、わたしの艦隊へ、激戦と言われていたレイテへの再出撃命令が下る。 「この作戦、無理がありマース」 「何故かね」 #金剛のものがたり

2017-04-26 22:40:14
はるか @Kurosu_Haruka

「わたしの艦隊には提督がイマセン。激戦乱戦の中、前線で戦う高速戦艦には柔軟な指揮はとれないデス」 「キミが前線に出なければいい」 「デモ、それジャ……」 「命令だ」 「shit…!」 「キミをチヤホヤしてきた恩を返してもらおう」 #金剛のものがたり

2017-04-26 22:43:43
はるか @Kurosu_Haruka

「ソーリー、みんな。そういうわけで、わたしは今回艦隊全体の指揮に専念するネ」 「姉様の欠けた艦隊は! この比叡!!!」  港の一角、可愛い次女がわたしの両手を掴み叫び始める。 「気合! 入れて! 守ります!」 「た、頼んだワヨ、比叡。霧島、榛名も」 #金剛のものがたり

2017-04-26 22:46:12
はるか @Kurosu_Haruka

「第一艦隊は、この比叡と榛名が率います!」 「榛名がいるから大丈夫です」 「榛名もよろしくネ。生きて帰るのヨ」 「第二艦隊は艦隊の頭脳が預からせていただきます」 「メガネ、割らないようにネ」 「私への言葉は雑ですね、金剛姉様!?」 「メガネが本体デショ」 #金剛のものがたり

2017-04-26 22:48:22
はるか @Kurosu_Haruka

「金剛、第二艦隊には、あたいもいるんだ! 任せろってーい!」 「涼風、無茶はしないでヨ」  親友の涼風。わたしが初めて任された艦隊に配備された駆逐艦で、共に戦ってきた戦友だった。 「霧島、頼りにしてね! 最後まで戦うから!」 「よろしくお願いします」 #金剛のものがたり

2017-04-26 22:52:01
はるか @Kurosu_Haruka

「みんな、わたしのかわりに提督たちのため、戦果をあげてくるのヨ!」  そうしてわたしは仲間たちを見送った。激しく後悔することになるとも知らずに。  どうして、この時、わたしは戦果を上げることより、生きて帰れと言わなかったんだろう。  失った命は帰らないのに。 #金剛のものがたり

2017-04-26 22:54:24
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