折鶴蘭の少女 91~135

鍾乳洞を出た一行は、坑道を抜けますが……。 ※91~105が抜かっていたので修正しました。
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ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

折鶴蘭の少女 91 もう一つ、じわじわと鎌首をもたげつつある問題があった。もうすぐ昼にさしかかる。つまり、空腹だ。即座に致命的にはならないにせよ、いつ脱出できるか分からない状況で、肝心な時に体力が尽きては話にならない。 「さ、進まなくちゃ」  自分自身を励ますように、 92へ

2017-05-17 21:37:37
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

92 雅は努めて明るく言い放った。それからはまた、無言の行が一同を包んだ。木霊する足音は、その高く鋭い響きとは裏腹に、一歩ごとに地上から遠ざかりつつあるような気持ちを引き起こした。……しかし、ついに、この消極的な苦行を終わらせる兆しが現れた。 「明かりだ!」  先頭に 93へ

2017-05-17 21:44:29
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

93 いる分、雅が真っ先にそれを見つけた。 「ほんとだ!」  藍斗が希望を込めた声で言った。 「長かったよね」  キョーカも、興奮が抑えられないようだ。 「ペースは上げるけど、危ないから走っちゃ駄目だよ」  率先して駆け出したいのを我慢しながら、雅が呼びかけた。単調な 94へ

2017-05-17 21:50:32
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

94 道のりのせいで、中々明かりに近づけない。 「待って下さい。風の雰囲気が変わり」 「いきなり止まらないで~!」  キョーカが藍斗の背中に突っ込んだ。礼拝堂の時も似たような展開があった。三人ともそうしたスキンシップが好きなのかも知れない。 「きゃーっ!」  藍斗が 95へ

2017-05-17 21:55:35
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

95 危うく転がり出すところだったが、どうにか踏ん張った。 「ちょっと二人とも、何してるの?」  振り返った雅は、懐中電灯でもつれかかった二人を照らした。 「ごめんなさい。私、どんくさくて」 「ううん、それはあたし。藍ちゃん、背中痛くない?」 「はい、痛くないです」  96へ

2017-05-17 22:00:17
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

96 「ならよか……」  キョーカが、言葉を息ごと飲み込んだ。 「どうしたの?」  雅と藍斗は、振り返った姿勢のままなので、キョーカだけが通路の先の明かりを目にしている。 「分かった! あれ、あそこ、ドア、ドア!」 「キョーカパイセン、落ち着いて!」  雅が半ば 97へ

2017-05-17 22:06:12
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97 からかうように言った。 「ドアが開いた!」  キョーカが、ようやく、多少なりとも人に通じる台詞を喋った。それで、二人も前に向き直った。なるほど、ドアが開いている。まだ距離はあったものの、隙間が空いた拍子に明るさに差がついて、それで初めて分かった。もっとも、 98へ

2017-05-17 22:10:09
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

98 完全には開いてない。半開きにすら至らず、細長い隙間が生まれたに留まった。そして、隙間から、人の腕がにゅっと突き出た。何やら紙を持っている。その紙を、ドアの脇の壁に押しつけるように貼りつけて、腕は引っ込んだ。ドアも閉まった。 「何なの……あれ……」  なまじ 99へ

2017-05-17 22:18:19
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

99 力づくな恐怖にはならなかった分、かえって不気味さが増した。 「ね、さっきの腕の人……まだいるのかな……」  縮こまりそうな抑揚でキョーカは言った。 「い、いてもほら、いい人かも知れないし」  足腰が震えるのを、雅は隠せなかった。 「進まなきゃいけないんですよね」 100へ

2017-05-17 22:23:49
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

100 健気にも、藍斗が励ますように確かめ、雅は歯を食い縛った。 「みんな、離れないでね。じゃあ、行くよ」 「はい」 「うん」  三人で、まるで頑固な城門を突破するように顔を引き締め、ドアへと進んだ。数分はかかったようでもあり、数十秒で済んだようでもあった。ともかく、 101へ

2017-05-17 22:28:21
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

101 今しがた貼られたばかりの紙を、目玉で確かめられるところまできた。 「幸せ世界……」  ぽつりと雅は言った。 「また……?」  キョーカの口調は、恐怖と混乱が合体していた。 「あれ、新聞の活字を拡大コピーして文字にしてますね」  藍斗の冷静な指摘に、雅達は 102へ

2017-05-17 22:36:55
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

102 改めて観察した。フォントやサイズは似たようなものを拾っている。とはいえ、指摘されればすぐに理解がいった。 「一応、ドアに向かって呼びかけてみましょうか」  まことに礼儀正しい藍斗の意見に、他の二人は考え込んだ。 「会う気があるならとうにそうしてるんじゃないかな」 103へ

2017-05-17 22:45:41
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

103 冷静さを取り戻し、雅はやわりと応じた。 「ノックするとか」  キョーカが、これまた常識極まりないことを言った。 「そう言えば、明かりって、蛍光灯みたいだね」  今更ながらに雅は気づいた。壁に縦向きに据えるスタイルは珍しいが、蛍光灯は蛍光灯だ。太めの金網でカバーが 104へ

2017-05-17 22:52:00
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

104 ついている。いずれにせよ、少しは人の往来があるのに間違いない。等と思案する内に、遂にドアの正面に立つことになった。 「ノックは必要ないかな」  控え目に、雅は二人に聞いた。二人とも、結局のところ、そのまま開けることに異義はなかった。 「じゃあ、開けるよ」 105へ

2017-05-17 23:01:10
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

105 雅はノブに手をかけ、回した。ドアは呆気なく開き、三人はそのまま向こう側へと繋がった。  一言で表現すれば、事務室と休憩場を一緒にしたような場所だった。数十年前に棄てられたとしか思えないほど荒れ果てている。 「槍別炭鉱……?」  藍斗が、壁に貼られた紙を読み上げた。 続く

2017-05-17 23:09:48
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

折鶴蘭の少女 106 「キョーカパイセン、聞いたことある?」 「ない」 「私も知らないです」  錆びを浮かせたまま転がる椅子や、びっしりとカビに覆われた壁から少し身を引いて、藍斗が付け足した。 「でも、蛍光灯はついてる」  至極明確な事実を、誰にでもなく、雅は言った。 107へ

2017-05-18 23:46:23
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

107 「あれ……?」  藍斗が、壁の一部を指で示した。コンクリートが、大人の胸ほどの高さで四角形にくりぬかれている。奥行きも、大人の胸ほどだ。そこに、黒光りする握り拳ほどの石と、折鶴蘭が一束置かれていた。折鶴蘭はしおれていない。 「また折鶴蘭。誰なのかな」 108へ

2017-05-18 23:54:56
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

108 「さっき、いた人?」  キョーカが石を見つめながら呟いた。 「でも、何のためだろう」  雅は、炭鉱にまつわる年月と、蛍光灯や折鶴蘭が示すそれとのギャップが、どうしても整理できなかった。 「手向け……とか?」  藍斗のその言い方は、言葉ほどには、感傷を滲ませ 109へ

2017-05-19 00:00:20
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

109 ていなかった。 「手向けかあ。爆発事故でも起こったのかなあ」  顎に手の平を当てて、雅は推測を口にした。炭鉱は常に粉塵爆発と背中合わせだった。高度経済成長を、文字通り命賭けで支えた人々を、雅は心から尊敬している。 「でも、それなら、どうしてあたしの絵も……」 110へ

2017-05-19 00:05:45
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

110 キョーカとしては、そこは譲られない疑問だろう。どさくさのせいで、折角再会できた自作品とまたしても離れ離れになっている。是非にも回収せねばならない。と同時に、わざわざあんな演出を誰が何の為にしたのか、素通りし得ないのも察知していた。 「ここが事務室なら」  と、 111へ

2017-05-19 00:10:42
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

111 藍斗は、得体の知られぬ虫が湧いた、腐った畳の間から目をそらしつつ続けた。 「さっきの鍾乳洞が採掘場でしょうか」 「う~ん。それにしては、トロッコのレールもないし、ガス検知器もなかったね」  小学校の遠足で見学した知識が根拠ながら、雅には自信があった。 112へ

2017-05-19 00:17:50
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

112 「じゃあ、奥にまたドアがあるはずで……あ、あった」  薄暗くて、藍斗は見落としていた。さっき入ってきたドアの真向かいに、もう一つドアがある。  割れ目が無数に入った、粗末な木のテーブルの上には、干からびたコップが幾つかあった。どれも、中身は空だ。しかし一つだけ、 113へ

2017-05-19 00:23:00
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

113 湿り気の残るコップがあった。他ほど汚れていない。雅は、当然推論される内容に従い、部屋を懐中電灯で隈なく照らした。もう一枚のドアの脇に、色褪せた事務机がある。その反対側に、簡素な洗面所があった。手洗いと記された、小さなプレートを張ったドアも別個にあった。 114へ

2017-05-19 00:27:42
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

114 「水が出るかどうか、試していい?」  雅の確認に、二人は首を縦に振った。それを踏まえて、雅は蛇口に近づいた。鈍く光る鉛色を前に、危機は二つある。一つは、水そのものが出ないこと。もう一つは、水は出てきても有害であること。いずれにせよ、やってみないと始まらない。 115へ

2017-05-19 00:34:23
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

115 蛇口を握り、ゆっくり開けると、いとも易々と水が出てきた。問題はここからだ。毒が入っていたり、古くて非衛生だったりしたら? とは言え、ついたままの蛍光灯が、場違いな勇気……または、無分別を与えた。まず、ほんの少し小指をつけ、異常がないのを確かめてから、 116へ

2017-05-19 00:37:33