突発シノヤマ①(シノは帰らないし、気まぐれ更新、…予定、以降@tosします。) 【手紙(仮題)】 ねえ、シノ。こんなこと言ったら怒るかな。 ずっとこの日が来るのを待ってたんだ。 ーー… 時計の針が頂上に集まる頃、一日の仕事をようやく終えて、ヤマギはようやく帰路に着いた。
2017-05-22 23:58:53@TOS @tos ②ヤマギが住むのは築30年を越えるぼろアパートの4階で、一人暮らしを始めた頃からずっと変わらない。もっといいところに住んだらと言ったのはエーコだったか。寝食ができればいいヤマギにとってそれはあまり必要のないことに思えたから、首を振った。エーコは少し不満げだった。
2017-05-23 00:00:48@TOS @tos ③「ただいまー…」 鍵を回して、錆びた鉄扉を押すとぎぃぃ、とぎこちない音がなる。扉を閉めれば真っ暗で、一人暮らしのこの部屋に返事を返す者はいないのに、つい口をついてしまう。もう癖だった。 部屋はキッチンダイニングと寝室に使っている一部屋だけの1DKだ。
2017-05-23 00:04:48@TOS @tos 室内に入って、冷蔵庫から水を取るとまっすぐ寝室に向かった。今日はひどく疲れた。問題続きで、ベッドに倒れこみたい気持ちだった。けれど、そんな身体に鞭打って、ベッドの横、窓際に設置したデスクに座った。 ヤマギには「ただいま」という他にもうひとつ癖がある。癖というか習慣だ。
2017-05-23 00:08:57@TOS やべ、④とばした、⑤です。 デスクの下の引き出しから一枚の便箋と封筒を取り出して、これが最後の一枚だと気づいた。明日、調達することを心にメモして、机上のペン立てから一本ペンを取る。 ペン先を紙に乗せたところで、首が脱力して、頭がくらり、と揺れた。首を左右にうち振るった。
2017-05-23 00:21:27@TOS ⑥ ペンが心得たとばかり、滑るように文字を刻む。 書き出しはいつも同じだ。 『Dear Shino』 かくかくと首が小刻みに船を漕ぐ。今日はあまり身のないことしか書けなさそうだ。 『今日は、疲れた…、ねる。』 そして、締め括りもいつも同じだ。 『From Yamagi』
2017-05-23 00:29:10@TOS 昨日の続きから⑦ 便箋を封筒にいれて、封をした。表面には宛名と日付だけ。送り先はない。右サイドの上から二番目の引き出しを開けると、同じように宛名だけの封筒が積み重なっている。ヤマギは一番上にその封筒を重ねた。 ふっと、抗えないほどの眠気に襲われた。
2017-05-23 22:54:33@TOS ⑧ デスクのすぐ隣にあるベッドに倒れ込むと、ヤマギはそのまま眠ってしまった。 ヤマギが手紙を書き始めたのはもう数年前の話になる。きっかけは「手紙」というものを知ったからだ。教えてくれたのはタカキだ。 紙は貴重でなかなか目にする機会はなく、今でも仕事では電子端末を使う。
2017-05-23 22:55:42@TOS ⑨ 「フウカがね、誕生日にって『手紙』を書いてくれたんだ」 「手紙?」 嬉しそうに笑うタカキが、照れ臭そうに胸ポケットから取り出したのは、薄いピンク色の小さな封筒で、中から二つ折りの紙片が出てきた。 『おにいちゃん、お誕生日おめでとう』 フウカらしい愛らしい文字だった。
2017-05-23 23:00:52@TOS ⑩ タカキがそれを見て、にこにこと笑っている。おめでとう、なんて特別な言葉ではない。口でもメールでも伝える方法はいくらでもあって、プレゼントなんて両手に抱えるほど貰っているだろうに。 紙片の角が丸みを帯びている。きっと何度も出し入れしている内に擦れたのだろう。
2017-05-23 23:23:20@TOS ⑪ 「なんかさ、すごい嬉しかったんだ。上手く言えないけど」 幼馴染みのはにかんだ笑顔を見て、ヤマギはいいな、と思った。そして、ふっ、とシノの顔が過った。渡したらどんな顔をするかわからないけれど、でも、喜ぶだろう。その顔をみたいという気持ちがヤマギの琴線を揺らした。
2017-05-23 23:24:13@TOS ⑫ タカキと別れた、その足でいろんな店を巡った。何分、どこで売っているのか見当がつかなかった。工具や部品の類いなら顔も利くところがいくつかあるが、紙、しかも封筒と便箋となると混迷を極める。 目についた店に片っ端から足を踏み入れて、ようやく五件目でお目当てのものと出会った。
2017-05-23 23:47:09@TOS ⑬ 品揃えは豊富でなく、ただシンプルに罫線が引かれた、少し茶色みがかったような、手触りはあまりよくないものだった。値段を見て、目を見張る。十通分でヤマギの三日分の食事と同じくらいだ。きっといつもなら棚に戻した。 けれど、またあの顔が、シノの笑った顔が脳裏に過った。
2017-05-23 23:47:34@TOS ⑭ 店頭に出ているだけ掴んでレジに持っていくと、店主はすこし不思議そうな顔をしたが、気にならなかった。 シノが受け取った時、はにかんだり、不思議がったり、戸惑ったりしながら、でも必ず「ありがとな、ヤマギ」と言って笑う姿が巡る。 ヤマギはそれだけで胸の内が温まるのを感じた。
2017-05-24 06:50:40@TOS ⑮ いざ、便箋を前にして、ヤマギはすこし固まった。何を書こうか。手紙に認めるような出来事はヤマギには特に思いつかない。それに、文字に起こす、というのは想像よりもずっと気恥ずかしい。 どうしたものか。似合わないことをしている自覚はあって、簡単に気持ちの針はそちらを向く。
2017-05-24 07:06:23@TOS ⑯ ペン先を紙面の少し上でさまよわせる。やっぱり、とペン立てにペンを戻そうとして、ふと目の前に残像が走る。それは記憶だったのか、妄想だったのか。遠く、小さく。シノが、笑っている。ペンを戻そうとした手がぴたりと止まる。 そんなはずはない。でも、待っている。そう思った。
2017-05-24 22:59:52@TOS ⑰ 何度も匙を投げたくなった。手紙の書き方なんて誰も教えてはくれなかったし、必要もなかった。 ペン先を付けては離し、また付けて。いつの間にか大きなインク染みができてしまった。 その間中、ずっとシノを思い浮かべていた。笑って、騒いで、泣いて、怒って。ヤマギの口が知らず綻ぶ。
2017-05-24 23:06:16@TOS ⑱ Dear Shino そっちはどう?元気にしてる? 元気にしてるって、おかしいだろうか。それでも、どうしても訊きたかった。そうしたら、にかっと歯を見せて「当たり前だろ~」って言うシノが浮かんだ。そして、きっと彼が一番気がかりにしてるだろうことを伝えたくなった。
2017-05-24 23:13:30@TOS ⑲ こっちのみんなは元気にしてるよ。 全員とはいかなかったけれど、それでも、シノが守ってくれたから、みんな、懸命に日々を生きていると安心させてやりたくなった。少しばつが悪そうに、切なそうに、それでも笑う。笑ってくれた。少しくらい、シノの心の澱がとれたらいい。
2017-05-24 23:17:51@TOS ⑳ ヤマギは少し迷って、その下に一行続けた。 俺も、それなりにやってる。 元気だよ、と綴ったらよかっただろうか。 考えたけれど、これ以上に当てはまる言葉は浮かばなかった。 苦笑して、さらに続けた。 また書くね。 from Yamagi
2017-05-24 23:24:06@TOS 21 ーー… アラームの音で目が覚めた。ヤマギは目も開かぬまま手探りで音の発信源を掴まえて音を止めた。そうして、五分くらいじっとして、起きたくないと無駄な抵抗をしてみたりする。だんだんと、今日も起きなきゃ、という実感が込み上げて、漸く体を起こす。
2017-05-25 08:09:15@TOS 22 低血圧らしいヤマギはそれからまた目を閉じてぼぅ、とした。全身に血が巡るのを待つように。 今日はなんだか懐かしい夢を見た気がする。 手紙を書き始めたのはばかりの頃の話だ。 あれからもう三年、ヤマギはこの習慣を続けている。
2017-05-25 08:10:38@TOS 23 送り先のない手紙は、ヤマギの引き出しに溜まり続けている。捨てようとも、やめようとも思わない。 そうだった、今日は新しい便箋を買わなければ。 ようやく目を開いた。群青の瞳が映すのは、何の変哲もない自分の部屋で、生きる世界だ。窓から差し込む陽の光を浴びている。
2017-05-25 08:11:13@TOS 24 今日も、とヤマギは心に芯を立てる。 群青色が深く強く色を増す。 昨日は疲れてしまってそのまま眠りについてしまったからシャワーを浴びた。 薄いピンク色のつなぎに袖を通し、鏡の前で髪を括る。 そうしてヤマギは仕事モードのスイッチを入れて、職場に向かった。
2017-05-25 08:14:56@TOS 25 ヤマギが勤めるのは雪之丞が創ったカッサパファクトリーだ。鉄華団解体後、行く宛のなく途方にくれる団員たちの新しい居場所を、と、妻のメリビットやデクスターと共に立ち上げた。オルガの命令を彼らも守り、また今度こそ「子どもたち」を守りたいと腰をあげたのだ。
2017-05-25 23:33:41