2017年6月2日

自分が好きな日本画家(故人)①

自分が好きな故人の日本画家を取り上げます。著名日本画家がかなり含まれていますが、ときにマイナーな日本画家も取り上げます。
7
酔生夢死 @koga_harue

佐伯春虹(1909〜1942) 富山出身。伊東深水に師事。帝展、新文展に入選。パリ万国博に日本風俗絵巻を出品するも、夭折。代表作《茶苑》はモダニズム日本画の典型例で、以前は作品の大半が目黒雅叙園コレクションに収められていたが、近年、散逸し一部は米国その他に流れた。 pic.twitter.com/wSn3rIeXID

2017-06-02 23:22:48
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

榎本千花俊(1898〜1973) 東京美術学校卒。鏑木清方に師事。官展で活動。同門と青衿会を結成。戦後は日展委員。当時の最もモダンなファッションをまとった若い女性たちにスキーや16ミリ撮影機を持たせて、新鮮な感覚で昭和前期のモダニズムを描いた。作品は一部、海外に流出。 pic.twitter.com/Fg2gEgy3dS

2017-06-02 23:32:22
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

粥川伸二(1896〜1949) 大阪・堺出身。病気で右足を切断。土田麦僊に師事。国画創作協会会員となるが、同会解散後は新樹社に参加。のち院展に出品。国画創作協会時代は長崎をテーマとした蘭画風の作品を出品し、同会有数の個性派だが、甲斐庄楠音や岡本神草らと違い再評価が進んでいない。 pic.twitter.com/xyphdRqOtf

2017-06-03 13:23:41
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

船田玉樹(1912〜1991) 速水御舟、小林古径に師事。シュルレアリスムなどを取り入れ、戦中、丸木位里らと前衛日本画団体・歴程美術協会を創立。戦後は院展に出品。のち脱退して新興美術院に参加。のち無所属。後年は水墨画に力を入れる。近年、日本画のアヴァンギャルドとして再評価が進む。 pic.twitter.com/YvcUzp1u6p

2017-06-03 14:09:15
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

田中青坪(1903〜1994) 群馬県出身。小茂田青樹に師事。太平洋画会研究所卒。日本美術院同人。東京藝大教授、横山大観記念館理事長を歴任。院展文部大臣賞受賞。日本美術院評議員。モダニズムを追求した作風を展開し、次々に新風を試みながら晩年は深い自然観照による風景画を制作する。 pic.twitter.com/ovIOiyQSVz

2017-06-03 21:19:53
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

吉川霊華(1875〜1929) 儒者・吉川淡斎の子。狩野派・土佐派を学び、冷泉為恭に私淑して大和絵を研究。鏑木清方らと金鈴社を設立。出品歴僅かにして帝展審査員に推された。国史内典・有職故実に精通し、日本や中国の古典に取材した端麗な白描画を得意とした。書家としても超一流。 pic.twitter.com/5Exoy2xr7h

2017-06-03 22:12:01
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

中村岳陵(1890〜1969) 川辺御楯らに師事。東京美術学校卒。今村紫紅らと赤曜会を創立し、日本美術院同人に選ばれるが、戦後、脱退して日展の重鎮となる。朝日賞、毎日芸術大賞受賞。日本芸術院会員、文化功労者に選ばれ、文化勲章受章。モダニズム的感覚の描線、色彩に基づく作風。 pic.twitter.com/BiwgHuzkER

2017-06-05 00:05:10
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

山口蓬春(1893〜1971) 東京美術学校卒。松岡映丘に師事し、新興大和絵運動に参加。官展に出品。戦後は日展の重鎮となる。帝国美術院賞受賞。芸術院会員、文化功労者に選ばれ、文化勲章受章。大和絵調を経て、戦後、フランス近代絵画の解釈を取り入れた知的でモダンなスタイルを確立する。 pic.twitter.com/23ZoPQ5SsT

2017-06-05 14:17:12
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

岡本神草(1894〜1933) 京都市立美術工芸学校を経て京都市立絵画専門学校卒。前衛的日本画研究集団「密栗会」の結成に参加。国画創作協会で活動後、菊池契月に師事し帝展に移り九名会展に出品したが、38歳で夭折。甲斐庄楠音と並び大正デカダンスを象徴する濃艶な美人画で注目される。 pic.twitter.com/5qW3eOld8g

2017-06-07 22:06:58
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

太田聴雨(1896~1958) 内藤晴州に師事。青樹社を経て第一作家同盟に参加するが政治色に反発。その後、前田青邨に師事し日本美術院同人。東京藝大助教授を歴任。明快な構図と色調により古典から現代風俗まで画風は幅広く、代表作《星を見る女性》《種痘》はモダニズム日本画の典型例。 pic.twitter.com/M1DIOljdCk

2017-06-08 20:29:14
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

徳岡神泉(1896〜1972) 京都市立美術工芸学校を経て京都市立絵画専門学校卒。竹内栖鳳に師事。官展、日展で活動。日本芸術院賞、毎日美術賞受賞。日本芸術院会員、文化功労者に選ばれ、文化勲章受章。初期は《狂女》など鬼気漂う作品を描いたが、後年は東洋的な幽遠で静寂な画境を確立。 pic.twitter.com/FYaLZxRIEJ

2017-06-08 23:26:47
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

甲斐庄楠音(1894〜1978) 京都市立美術工芸学校、京都市立絵画専門学校卒。谷口香嶠、川北霞峰に師事。国画創作協会の大正デカダンス的潮流を代表する官能的な美人画で知られた。同会解散後は岡村宇太郎らと新樹社を結成。後に映画関係の仕事に転じ、溝口健二のもとで美術考証に携わった。 pic.twitter.com/amuZF9ffB9

2017-06-10 23:46:03
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

星野眞吾(1923〜1997) 京都市立絵画専門学校卒。三上誠と親交し、三上、下村良之助らとパンリアル美術協会を結成。自らの絵画を「膠絵」と称す。針生一郎らが主宰した日本画研究会に参加。中村正義らと共に先鋭的な作家集団として「从会」を結成。前後してパンリアル美術協会を脱退。 pic.twitter.com/dQitD5cCoL

2017-06-11 21:05:59
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

池田遙邨(1895〜1988) 竹内栖鳳に師事。京都市立絵画専門学校卒。官展、日展で活動。内面性を重んじた暗い表現、大和絵風の表現などを経て、滋味と飄逸味を持つ作品を日展に発表し続けた。画塾・青塔社を設立。日本芸術院賞受賞。日本芸術院会員、文化功労者に選ばれ、文化勲章受章。 pic.twitter.com/5N7v46k7JV

2017-06-12 20:53:50
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

岩橋英遠(1903〜1999) 新日本画研究会などを経て院展に出品。船田玉樹らと歴程美術協会を結成。安田靫彦に師事。戦後は院展で活動し、日本美術院常務理事。芸術選奨文部大臣賞、毎日芸術賞、院展文部大臣賞、日本芸術院賞受賞。東京藝大教授。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章。 pic.twitter.com/S6yArSRsAV

2017-06-14 20:40:37
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

福田豊四郎(1904〜1970) 川端龍子、土田麦僊に師事。京都市立絵画専門学校卒。国画創作協会、青龍社、官展に出品。日本画の革新を図り新日本画研究会に参加。戦後、世界性に立脚する日本美術の創造をスローガンに、創造美術を結成。後、新制作協会日本画部となる。毎日美術賞受賞。 pic.twitter.com/DYoNcpYcQG

2017-06-19 23:10:07
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

杉山寧(1909〜1993) 松岡映丘に師事。東京美術学校卒。官展で活動。山本丘人らと璃爽画社を結成。圧倒的な技巧に基づく理知的な造形で戦後の日本画壇をリードし、東山魁夷、高山辰雄と共に「日展三山」と呼ばれる。日本芸術院賞受賞。日本芸術院会員、文化功労者に選ばれ、文化勲章受章。 pic.twitter.com/q7UcIz7O5S

2017-06-22 11:43:04
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

村上華岳(1888〜1939) 大阪生まれ。京都市立美術工芸学校、京都市立絵画専門学校卒。竹内栖鳳に師事。土田麦僊らと国画創作協会を結成する。後、画壇を離れ、芦屋・神戸に居を移して作画生活を送り、仏教や六甲山を題材に宗教的・瞑想的な雰囲気を湛えた精神性の高い絵画世界を形象した。 pic.twitter.com/YPeXieycqr

2017-06-22 20:57:34
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

吉岡堅二(1906〜1990) 日本画家・吉岡華堂の子。野田九浦に師事。官展で活動。山樹社、新日本画研究会、新美術人協会を結成し日本画の革新運動を展開。戦後は創造美術を結成。新制作協会日本画部を経て創画会会員。毎日美術賞、芸術選奨文部大臣賞、日本芸術院賞受賞。東京藝大教授を歴任。 pic.twitter.com/MQmF9JFh3A

2017-06-27 16:54:20
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

工藤甲人(1915〜2011) 川端画学校卒。福田豊四郎に師事。新制作協会日本画部を経て創画会会員。日本国際美術展神奈川県立近代美術館賞、現代日本美術展優秀賞、美術文化振興協会賞、芸術選奨文部大臣賞、毎日芸術賞受賞。東京藝大教授等を歴任。蝶や樹木をモチーフにした幻想的作風。 pic.twitter.com/6y8HVA3qmt

2017-06-28 20:53:18
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

小野竹喬(1889〜1979) 岡山県笠岡生まれ。京都市立絵画専門学校卒。竹内栖鳳に師事。官展で活動後、土田麦僊らと国画創作協会を結成。渡欧し、同会解散後は官展に復帰。戦後は日展で活動し、日本芸術院会員、文化功労者に選ばれ、文化勲章受章。温和で詩情豊かな風景画家として知られる。 pic.twitter.com/2yy0mAL093

2017-07-02 21:07:06
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

小茂田青樹(1891〜1933) 松本楓湖の画塾・安雅堂に入る。のち今村紫紅らと赤曜会の結成に参加。紫紅没後も院展内で目黒派として活躍、同人となる。杉立社を組織して多くの門人を育てる。克明な自然描写のうちに繊細な情感の漂う力作を発表。ライバルの速水御舟に比べて知名度が劣る。 pic.twitter.com/OnkM64FvKz

2017-07-06 20:36:00
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

山本丘人(1900〜1986) 東京美術学校卒。松岡映丘に師事。官展で活動。戦後は創造美術を結成し、新制作協会日本画部を経て創画会会員。東京美術学校助教授等を歴任。芸術選奨文部大臣賞、日本芸術院賞等受賞。文化功労者に選ばれ、文化勲章受章。常に日本画革新運動の指導者として活動。 pic.twitter.com/DPpy2hEEbz

2017-07-07 19:38:31
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

速水御舟(1894〜1935) 松本楓湖に師事。巽画会、紅児会で活躍。のち今村紫紅らと赤曜会を組織して新日本画運動を志向。日本美術院同人。細密な描写による象徴的世界を創出、琳派の装飾性と写実との合体を図るなど日本画の近代化を推進。腸チフスで早逝。近代日本画壇きっての天才画家。 pic.twitter.com/xv7ijoYpps

2017-07-08 20:13:50
拡大
拡大
拡大
拡大
酔生夢死 @koga_harue

秦テルヲ(1887〜1945) 京都市立美術工芸学校卒。明治末期の京都における新美術運動である黒猫会・仮面会等に津田青楓、土田麦僊、小野竹喬らと参加。その後は個展を発表の場とする。労働者や虐げられた女性の姿を題材に洋画的手法で描き出し、次第に宗教的作品へと進んでいく。 pic.twitter.com/u1PC6TiEUL

2017-07-09 19:59:18
拡大
拡大
拡大
拡大

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?