折鶴蘭の少女 181~225

一同は槍別町の運命を知り、新たな手がかりを得て役場の近くにあるレストランへ進みます。
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ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

折鶴蘭の少女 181  そうこうする内に、夜も更けた。見張りを順にこなしつつ、公平に睡眠を取り、何事もなく朝がきた。実際、拍子抜けするほど呆気ない夜明けだ。薄暗い廃店にいるのに目をつぶるなら、これから通学したり出勤したりする気分にすらなった。顔を洗うのは不可能ながら、 182へ

2017-05-31 07:41:39
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182 ブラシくらいはバッグに入れてある。さておき、起きて挨拶を済ませてから、一同はカップラーメンで朝食にした。ポットの湯は熱いままだし、残りもたっぷりある。大事に取っておいたティーバッグで、食後のお茶まで楽しめた。 「ねえ、二人とも、少しわがままだけど」  雅が、 183へ

2017-05-31 07:45:27
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183 いつになく真剣な表情になった。 「お人形さんをきれいにしたいの。ポットのお湯、少しだけ使っていい?」  今の状況、水は何より貴重な品である。まして、女性三人が入浴の機会もないまま丸一日さ迷っている。余程の覚悟がないと出てこない発言であった。 「私はいいですけど」 184へ

2017-05-31 07:51:21
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

184 藍斗としては、人形を拭く水の量などたかが知れるし、わざわざそんなことでもめたくない。 「あたしも構わないよ」  キョーカもあっけらかんとしていた。雅とは長い付き合いなだけに、ある意味予想出来た展開でもあった。 「ありがとう。あとで、ちゃんと埋め合わせするからね」 185へ

2017-05-31 07:54:04
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185 心から感謝して、雅はハンカチを出して折り畳み、ポットの湯をわずかに浸した。それを使って、人形の服や顔をぬぐうと、多少なりと見栄えが良くなった。 「美人さんになったね」  キョーカが誉めた。 「ありがとう」  汚れの移ったハンカチを、雅はティッシュペーパーで 186へ

2017-05-31 07:58:50
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

186 くるんでバッグにしまった。 「あの坑道、観光地になってたんでしょうか」  藍斗の指摘は、これまで得た情報を総合すれば最も矛盾がなかった。 「うん。私もそう思う」  人形の手足を取って、体操のようなポーズを取らせながら、雅は同意した。不思議なもので、そうすると 187へ

2017-05-31 08:04:22
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187 いかにも人形こそが雅の本体に思える。 「あれ……?」  キョーカが、人形の襟元に指を伸ばした。 「どうしたの?」  雅が、人形を気をつけの姿勢にした。 「そこ、何か挟まってる」 「え?」  人形を自分に向き直らせて、襟元を注目した雅は、なるほどひとひらの花びらを 188へ

2017-05-31 08:08:07
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

188 引っ張り出した。折鶴蘭の花びらだ。直したばかりの人形で、和やかな雰囲気になっていたのに、恐るべき状況が冷ややかに吹き込んできた。人形にも一同にも何の責任もないのだが。 「元の持ち主が入れたんでしょうか」  かすかに震えた声で、藍斗が言った。 「そ、そうだよね」 189へ

2017-05-31 08:11:26
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

189 雅は、敢えて楽観論に徹することにした。人形をすぐにバッグにしまい、率先して立ち上がる。 「じゃ、じゃあ、雑貨屋さんを探そう」  強いて明るい声を上げると、二人もすぐに立った。理由はどうあれ、これ以上店内にとぐろを巻く理由はない。靴をはき、バリケードの本棚をどけて 190へ

2017-05-31 08:15:36
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

190 外に出ると、明確な陽光が一同を照らした。 「まぶしーっ」  単純で、説得力に満ちた雅の第一声。 「お陽様に当たると、少しほっとしますね」  藍斗は、右手で両目の上にひさしを作った。 「日焼けが心配」  キョーカは首筋をもんでいる。  店を離れ、一同は街の中心…… 191へ

2017-05-31 08:19:57
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

191 少なくともそう思える場所を目指した。道中誰の姿もなく、潰れかかった家屋や雑草まみれの空地が淡々と過ぎていく。道に迷う心配は誰もしなかった。店を出てからすぐに一番大きな道路に入り、枝道を無視しているからだ。もっとも、店らしい店はなく、あっても飲食店の成れの果て 192へ

2017-05-31 08:24:37
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

192 ばかり。それこそ頑丈なシャッターが降ろされ、窓は板で塞がれており、とても侵入できたものではない。それ以外は、コンビニ一軒さえ見当たらなかった。唯一の救いは、下り坂が続いているくらいだ。  二時間近く歩き続け、遂に一同は明確な変化に行き着いた。光の消えた信号の脇に 193へ

2017-05-31 08:29:33
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

193 標識がある。矢印を添えて、『槍別町役場』とあった。親切にも距離まで書いてある。あと1キロ。 「役場かあ。人がいるかな」  わずかな希望をふるいたたせて、雅は言った。 「どうだろ……。俎くらいはあるかな」  キョーカの台詞は何となく複雑だった。 194へ

2017-05-31 08:33:41
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

194 「地図くらいはありますよ、きっと」  努めて気軽に言った藍斗の台詞は、実は重要だった。鍾乳洞に入って以来、現在地があやふやなままである。せめて最寄りの市町村までの距離でも分からないと、方策の建てようがない。 「あ、地図大事だよね。地図」  雅もすぐにピンときた。 195へ

2017-05-31 08:38:31
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

195 「防災ヘルメットなんかも置いてそう」  何故か妙な知識に詳しいキョーカであった。そうなると、雑貨屋よりもあてになりそうな気がして、一同は自然に足を速めた。ものの十数分でそこには達した。赤茶色の、鉄筋コンクリートで造られた三階建ての建物。それが、槍別町役場だった。 続く

2017-05-31 08:43:03
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

折鶴蘭の少女 196  玄関といわず、あらゆる出入口は、窓も含めて施錠されているに決まっている。 「どうしましょう。ここはやり過ごして、国道に出ましょうか?」  藍斗は控え目に提案した。 「いや……いっそ、ガラスを破ったら?」  いつになく大胆に、キョーカが言った。

2017-06-03 22:12:12
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

197 「ええっ!? おまわりさんがくるよ!」  驚きの余り、雅は帽子を落とすところだった。 「なら好都合じゃない。非常事態なんだし」 「キョーカさん、さすが!」  妙なところで藍斗が感心した。 「そうだね。何の手がかりもないとは考えにくいし。今更坑道を逆戻り出来ない」 198へ

2017-06-03 22:13:25
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

198 実のところ、現在地もあやふやなままさ迷う圧力には耐えられそうにない。なにがしかの罰金なり弁償なりは必要だろうが、だから何だというのだ。決断した雅は、役場の中庭から、かなり大きな石を持ってきた。 「じゃあ、裏口を破ろう。さすがに玄関は色々とまずい」 199へ

2017-06-03 22:14:29
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

199 雅が呼びかけ、一同は裏口に回った。そこは職員用駐車場なのが看板から分かった。 「危ないから、離れてて」  仲間に注意を促し、雅は石を振り上げた。 「えいっ!」  石が裏口のすりガラスに当たり、甲高い音を立てて割れた。雅はドアの割れ目から手を伸ばして鍵を開けた。 200へ

2017-06-03 22:16:38
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

200 「二人とも、開いたよ」  やむを得ぬ措置とは言え、強いて明るい声でも出さないとやってられない。 「お邪魔しまーす」 「失礼します」  キョーカと藍斗が、場違いな台詞を述べて雅と入った。階段が正面に、脇には帽子かけがあった。防災ヘルメットが幾つか吊ってある。 201へ

2017-06-03 22:20:11
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

201 どれも、男性用でサイズが大きすぎるので、どのみち放っておくしかない。階段を上がると、事務机が壁際に一つ置かれており、新聞用のラックが隣にあった。 「この新聞、読んでみませんか?」  藍斗が促した。雅もキョーカも、早速手っ取り早い情報源が見つかり乗り気になった。 202へ

2017-06-03 22:20:58
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

202 藍斗は、ラックから一つを取り出し、机に広げた。平成5年6月1日付、槍別産業新聞とある。月刊の産業専門紙か。地方創成事業いよいよ本格化、槍別振興事業の三本柱にメドといった見出しが往時の賑わいを想像させた。新聞はこの一紙しか用意されていないものの、四半世紀ほど前に 203へ

2017-06-03 22:22:40
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

203 国がお膳立てした地域振興事業の流れで、町そのものを新しく作る計画があったのは分かった。もっとも、戦前に槍別町なる町が実在し、戦時中に石炭を掘り尽くしたので廃町になっていたらしい。役場の建物や、山のふもとにあった売店はその名残りだそうだ。ようやく現在地も分かった。 205へ

2017-06-03 22:23:49
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

204 函館を通り越して、北斗市との市境に近い。投宿先のホテルからは数キロ南にきていた。  メドのついた三本柱とは、旧炭鉱を観光地化するのと、観葉植物の商品化、そして、初見の観光客に配布する無料食事券だった。前二者はさておき、後者は、町に観光に来た人間は、 205へ

2017-06-03 22:25:15
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

205 申請さえすれば町内のどこでも使える無料食事券を、一回だけ一人一枚提供されるというものだ。記録が残るので、多重に受けとることは出来ない。この時、本人が希望すれば、観葉植物や町内観光地の割引パンフレットを貰うことも出来る。『幸せ世界』がキャッチコピーなのも知った。 206へ

2017-06-03 22:26:46