元・魔法少女の車椅子のおばあちゃんVS殺人鬼
昔、魔法少女だったが今は車いす暮らしの老婆というのはどうだろうか。 希望に満ちていた日々ははるか、家族もおらず、施設にも空きがなく入れないが、まあNPOのホームヘルパーのおかげでなんとか暮らしは立っている。
2017-06-17 14:20:31はじまり
元魔法少女が暮らすあたりはかつては賑やかな住宅街だったが、周囲はだんだんと空き家が増えている。ときどき散歩に出かけていた商店街はシャッター通りになった。
2017-06-17 14:22:15急いで通報するが、踏み込んだ警察官は何も見つけられない。 「でも本当なの」 「ご協力ありがとうございます。今後は何かあればうちではなく民生委員さんの方に」
2017-06-17 14:24:23「何も見つからなかった。どういうこと…確かに…」 NPOのホームヘルパーにもその話をするが 「警察は何もなかったって言うんだけど…」 「ぶっそうですね…どなたか頼れる親戚の方はいないんですか」 「いないの…」
2017-06-17 14:26:34古びた金属の箱を空けて、布でくるんであるステッキを取り出す。尖端にはまった宝石のくすんだ切子面をハンカチでよくこすって じっと見つめる。
2017-06-17 14:28:46車椅子に腰かけたまま、ステッキをひとふりすると、かすかに全身が発光して、体が軽くなり、またもとに戻る。 服の手首にかけてが明るい色をした花と羽の飾りにいろどられて、すぐ消える。 疲労感が襲ってくる。
2017-06-17 14:30:12元魔法少女は窓辺に目立たないようにカメラを置く。NPOのヘルパーに頼んでつけてもらった。 時々手元のスマートフォンで映像を確認できる。
2017-06-17 14:31:18「吉田さん。そのステッキなんですか」 「かわいいでしょう。子供のころよく遊んだの…結構重いのよ」 「ほんとですねー。でもどうして?」 「このまえ恥ずかしい早とちりしちゃったでしょう?でもなんだか怖くて、これ用心棒」 「やーだあっはっは」 「ふふふふ…カメラありがとうね」
2017-06-17 14:33:07「ひとりぐらしですから当たり前ですよ」 「そうなの。最近はこういうの安くていいのね」 「そうなんですよー」 「ほら、昨日なんて雀さんが来てたの」 「あらかわいい」
2017-06-17 14:34:25元魔法少女はステッキを振る。右手で五回、左手で五回。 どっと疲れる。それでも振る。寿命が縮んでいるのかもしれないと感じるが、しかし続ける。
2017-06-17 14:36:23嵐の夜。入浴サービスを受けて疲れ切り、骨の痛みから早くに床についた元魔法少女は、雨風が窓をたたく音に芽を覚ます。 スマートフォンを手元に引き寄せる。監視カメラの映像は真暗。だが胸騒ぎがする。ベッドを動かし、車いすへ移る。 安定剤の影響が残っていて転げそうになるが
2017-06-17 14:39:00咄嗟にステッキを掴み、体を浮遊させて支える。すさまじい疲労感。 消毒中の入れ歯をはめて、噛み合わせ、柄を握りしめる。 廊下へ出て居間へ。窓に近づくと、無人のはずの隣家に明かりが見える。
2017-06-17 14:40:14一瞬迷ってからスマートフォンの映像を確認する。何も映っていない。 元魔法少女は溜息を吐く。まぶたを閉じる。警察の電話番号、それからNPOの電話番号をアドレス帳に並べて指が迷うようにゆききしてから けっきょくやめる。
2017-06-17 14:42:05玄関にある防災用品の置き場から雨合羽をとりだしてすっぽり車椅子ごと上にかけると、そのまま外へ出る。これはケアマネージャーからは勧められないとされている。 だが仕方ない。隣の家へ向かう。懐中電灯がわりにステッキで道を照らす。
2017-06-17 14:45:16隣家の家の扉は閉じている。スロープを上がった元魔法少女はステッキでそれを押す。ゆっくりと開く。 あたりはしんとしている。だが奥の方にはちらつく灯がある。
2017-06-17 14:47:29雨合羽の頭巾を外して深呼吸する。肺が痛むがいつものこと。 玄関にはいつも、車椅子にやっかいな段差がある。ステッキをかざして目を閉じる。 花と羽もようがしなびた手首から肩まで達して、光が強くなり、車椅子が浮かんで、段差を超える。
2017-06-17 14:48:56若く健康な人間ならただ足を少し動かせばのぼれるその段差を超えるのに 精魂を使い果たしたように感じる。まぶたを閉ざしてめまいを抑え、しばらくじっとしてから進む。
2017-06-17 14:49:46からっぽの居間に、男が立っている。長くぶ厚いナイフを持っていて、服は迷彩柄。顔には同じような模様を塗っている。 ブルーシートが広げられていて、そこには怯えすくむ少女が縛られて転がっている。
2017-06-17 14:51:13「は?」 男は振り返って、けげんそうに問いかけた。 「やめなさい」 元魔法少女はなさけないほど掠れ震えた声で命じてから、スマートフォンに用意しておいた画面を開いて警察への通報をタップしようとする
2017-06-17 14:52:47