関ヶ原合戦における「白峰旬」説について~この戦、それほど劇的じゃなかった?じゃあ脚色したの誰?

関ヶ原合戦に関しては「本来なら東軍絶対不利の方位された布陣」とか「前半押されていた東軍」「合戦を左右する小早川軍に、乾坤一擲の家康の「問鉄砲」…などなど様々な逸話がありますが、そんな逸話を「脚色されてる」とする白峰旬氏の説が、いま賛否いろいろ話題だそうです。 その一方で、仮に大きな脚色がなされているとしたら「誰がどう、なぜ話を盛ってここまで定説になったんだろう?」という語られ方の歴史も気になりま続きを読む関ヶ原合戦に関しては「本来なら東軍絶対不利の方位された布陣」とか「前半押されていた東軍」「合戦を左右する小早川軍に、乾坤一擲の家康の「問鉄砲」…などなど様々な逸話がありますが、そんな逸話を「脚色されてる」とする白峰旬氏の説が、いま賛否いろいろ話題だそうです。 その一方で、仮に大きな脚色がなされているとしたら「誰がどう、なぜ話を盛ってここまで定説になったんだろう?」という語られ方の歴史も気になります。 姉妹まとめあり【関ヶ原合戦における「高橋陽介」説について~始まる前から、西軍の梯子を外した男…毛利輝元かーっ! - Togetterまとめ https://togetter.com/li/1122448】 ツイートを使わせていただいたアカウントはこちら(※追加は除く) @tyuusyo @longlow1 @Polaris_sky @to_sakai @MinervanoReimei @gryphonjapan @yamamotosireika @tateita_HI @mamesiba195 @CLONE_P0806 @Elric2636 @umenosuke_tani @imozy @tyokorata @mizunosyuhei @info_history1 @takinogawakage @honnenogod @tacozou @kotosakikotoko @HIRAYAMAYUUKAIN @kuma_kichi_1Q63 @lihuatongying @yatsuyaguruma @saemonhiguchi @kirinosakujin @1970er @Kashimaconserva @yabuhibi89 @zibumitunari @mjwave_1969 @Gonta_Lineiden @love247yy
風雲児たち 石田三成 江戸時代 徳川家康 戦国時代 すんすけ 関ヶ原の戦い 白峰旬 軍事史 関ヶ原
gryphonjapan 22581view 8コメント
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コメント

  • gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2017-06-19 02:37:01
    すんすけ @tyuusyo氏ら各氏に多謝(アカウントは前文の欄に)。誰でも編集可能です
  • nekosencho @Neko_Sencho 2017-06-19 08:52:58
    で、それは専門家の間でどう扱われている説なの? 見向きもされない新説と、もう定説扱いなのとではかなり意味合いが違うし、そのへんは確認しておきたい
  • やすゆき @Seto_yasu1987 2017-06-19 13:03:32
    8/20開催の佐賀戦国研究会主催イベント「関ヶ原の戦いを再検討する」では、まとめに上がっている白峰先生高橋先生もお招きして行われますぞ!佐賀城本丸へみんなお越しくだされ!
  • 聖夜 @say_ya 2017-06-19 19:39:30
    家康視点でいうと1600年の一連の騒動は「上杉討伐に出陣した隙にすでに失脚していた石田一党がクーデターを起こして大坂城を占拠し家族を人質に取った」事件であって、関ケ原は大坂に戻る途中の待ち伏せ攻撃程度の意味しかなかったのです。たまたま首謀者がそこにいたので早期に解決しただけです
  • 聖夜 @say_ya 2017-06-19 19:45:31
    ただ地理的には大軍の通行に適さない不利な場所なのも事実で、戦力が整うまで待ったり道中周囲の城をめぐった足止めも頻発しています(秀忠の遅参が有名です)大将首をとれたわけでもないので勝敗が早期に決しても掃討戦は続いたというのは何ら矛盾しません。家康自ら落ち武者狩りをする必要はないのです
  • Sひろし @1970er 2017-06-19 21:03:12
    表題に答えるなら、特に誰かが目的を持って脚色したというんじゃなくて、いろいろな人が想像で仮説を重ねていって、その中で話として面白いやつが残っただけだと思う。
  • dag @digital_dag 2017-06-19 23:42:39
    Neko_Sencho 新説の批判はこれから行われるものだから定説になるにはもう少し時間がかかる。 ただ実証史学の流れの中で一次資料に重きが置かれているから講談など後世に成立した話が史学として顧みられることはなさそう。 そもそも旧説は論文すらなかったり講談の流れを汲んだ先入観で成立しているものも多いし。 二次史料三次史料を無視していいのかというとそれはまた違った話だが。
  • やすゆき @Seto_yasu1987 2017-06-20 01:03:08
    一次史料があるなら、まずそれを史料批判して確かであることを探し出して、それを元に二次史料などに当たっていくって姿勢が歴史研究なのかなって、門外漢の歴オタは思います

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