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劉表:北を張繍・劉備、東を黄祖に任せ南に向かう三国志序盤の群雄

清流派儒者として名を馳せた劉表は宗賊を皆殺しにして荊州を治め、北を張繍や劉備、東を黄祖に守らせてひたすら南に勢力を伸ばしていきます。荊州南部の四太守にも触れます。
歴史 黄祖 蒯越 四英傑 劉表 張繍 後漢書 張羨 三国志 荊州
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おさっち/織風斎@三国志武将列伝 @osacchi_basstrb
劉表、字は景升。兗州の山陽国高平県の人。前漢の第6代景帝の子である魯の恭王の子孫です。漢王室の一族ですが、前漢景帝からは300年あまり経っており王朝に近い一族とは言えません。劉備はやはり景帝の子である中山靖王の子孫を称していますので血筋だけでは劉表と劉備の帝との距離は同じです。
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若い頃に後に司空となった同郷の王暢の元で学びました。身長は八尺あり立派な容貌で当時から有名となり山陽郡の「八顧」に挙げられました。これは知識人の番付のようなもので当時の知識人はお互いの評価を行いランキングを付けていました。
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この時代は王朝は皇帝の妻の親族である外戚と皇帝の身の回りの世話をする宦官が権力を握り、彼らに連なる中央や地方の官僚が利益を得る中で不正も多く行っていました。彼らを「濁流」と呼んで弾劾した「清流」派の知識人との権力闘争が行われていました。
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劉表が有名となったのはこうした清流派の知識人の大物に学び、その学舎での交流の中で評価されたからでしょう。他にも「八及」「八俊」などの番付にも入り当時の知識人の中でもエリートだったのではと思います。
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ところが劉表も当時の他の士大夫と同様に党錮の禁に巻き込まれます。清流派の士大夫は官職を追われ、長い間復帰が出来ませんでした。劉表も逮捕を逃れるために逃亡します。
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劉表が復帰するのは黄巾の乱の際に党錮の禁が解かれた後になります。大将軍何進の掾(補佐役)となりました。この頃の何進幕下には袁紹・袁術、曹操などもいるはずなので彼らと面識が出来たと想像します。
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何進の治世では北軍中候(屯騎、越騎などの五校尉を率いる)となるので意外ですが軍のキャリアを歩んでいます。情報が少なく次に登場するのは霊帝が崩御し、孫堅が荊州刺史の王叡を殺害した時になります。この後任の刺史に任命されます。
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反董卓の挙兵が行われると荊州刺史の王叡は董卓と戦うことを口実としつつ、仲の悪い武陵太守の曹寅を攻撃しようとしました。曹寅は孫堅を動かして王叡を殺害させます。このまま孫堅は北上し、南陽太守の張咨も殺して袁術と合流し董卓と戦います。劉表はこの状況で荊州刺史となったのでした。
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演義のイメージでは劉表は反董卓で挙兵しているような気がしてしまいますが、実は劉表を任命したのは董卓が権力を掌握している状態の朝廷です。董卓が劉表にどのような指示を行ったかはわかりませんが、劉表に兵は与えられず身一つで孫堅が荒らしていった荊州に入らざるを得ませんでした。
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劉表は単身で襄陽の南にある宜城県に赴き蒯越・蔡瑁と面会します。兵を持っていない劉表はまずどのように兵を集めるか、そしてどのようにすれば袁術に兵が集まるのを防げばよいかと問いました。
おさっち/織風斎@三国志武将列伝 @osacchi_basstrb
南陽郡は袁術とその部下の孫堅に完全に抑えられている状況で、長沙太守には呉郡出身の蘇代、南郡の華容県には同じく呉出身の貝羽が、その他荊州各地には宗賊(血縁や地縁で集まっている武力集団)がそれぞれ割拠していました。とても新任の劉表に従う状況ではなかったのです。
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ここで蒯越は「袁術は驕り高ぶって決断力が無く、蘇代と貝羽はただの軍人で問題にならず、宗賊たちは貪欲で嫌われている者が多い。私の子飼いの部下を遣わして呼び寄せ、無道な者を誅し才能あるものを登用して徳を見せれば人が集まる。」との策を述べます。劉表は蒯越にこの見事な策を実行させます。
おさっち/織風斎@三国志武将列伝 @osacchi_basstrb
蒯越は宗賊に誘いをかけてやってきた五十五人(後漢書では十五人)を皆殺しにし、その兵を襲撃して押さえます。その他の宗賊も味方にし、最後に襄陽に籠った江夏出身の張虎・陳生を降伏させて南郡一帯を確保しました。
おさっち/織風斎@三国志武将列伝 @osacchi_basstrb
蒯越の鮮やかな策と実行力が光りますが、実際には蒯越・蒯良・蔡瑁をはじめとする豪族の力で実行したのでしょう。蒯越たちから見れば自分たちと利害が対立していた「宗賊」たちを刺史の入れ替わりと共に一網打尽にして権力闘争に勝ったのでしょう。
おさっち/織風斎@三国志武将列伝 @osacchi_basstrb
劉表には先妻との子として劉琦がいましたが、蔡瑁の姉をめとりその間に劉琮が生まれます。蔡瑁は荊州の様々な有力者とも婚姻関係がある有力な豪族でした。劉表は蒯越、蔡瑁の補佐を中心に荊州を治めていきます。ようやく兵を得た劉表は反董卓の挙兵に呼応して襄陽に陣を敷きました。
おさっち/織風斎@三国志武将列伝 @osacchi_basstrb
劉表と蒯越の会話の中では袁術と敵対を前提にしています。これは劉表が当初は董卓寄りの立場で荊州全土の掌握を進めようとしたのか、それとも袁紹に心を寄せていてそれ故に袁術と敵対したのか、はたまた袁術が後に皇帝を僭称した逆賊なので後付けで袁術と対立していたとされたのか、分かりません。
おさっち/織風斎@三国志武将列伝 @osacchi_basstrb
いずれにしても袁術と敵対していたことで敵の敵である袁紹と連携するようになります。劉表は袁術の糧道を断ったとあり、怒った袁術は部下の孫堅に劉表を攻撃させました。劉表は部下の黄祖を漢水を割った北側の樊城・鄧城で迎撃させますが、歴戦の勇者である孫堅に打ち破られます。
おさっち/織風斎@三国志武将列伝 @osacchi_basstrb
孫堅は襄陽に迫り、劉表は籠城します。この籠城中に孫堅が戦死します。三国志、後漢書の本文や注で記述が入り乱れており何が事実かは判断が難しいですが、黄祖が城の外に出たところを孫堅が少ない兵で追撃し、そのスキに流れ矢か落石で死亡したようです。劉表にしてみれば運の良い勝利でした。
おさっち/織風斎@三国志武将列伝 @osacchi_basstrb
残った孫堅軍とは使者に来た桓階との交渉で孫堅の遺骸を返還して停戦を結びます。袁術は曹操との戦いを考えていたため劉表の深追いはせず、劉表は危機を脱しました。そのころ董卓は王允に殺され、その王允も董卓の部下であった李傕らに滅ぼされていました。
おさっち/織風斎@三国志武将列伝 @osacchi_basstrb
朝廷を掌握していた李傕の政権により、劉表は荊州牧と鎮南将軍に任命されます。刺史から牧へとなったこと、将軍となったことにより、正式に兵権をも握り荊州への支配は強化されました。
おさっち/織風斎@三国志武将列伝 @osacchi_basstrb
この頃袁紹は幽州牧の劉虞に帝位を薦めていたので、長安の李傕政権の任命を受けるいうことは袁紹の政策とは対立することにもなり、袁紹を完全に支持しているわけではないということになります。
おさっち/織風斎@三国志武将列伝 @osacchi_basstrb
また史書にはっきりと記載されているわけではありませんが、荊州での支配領域を確実に広げていました。江夏郡には孫堅との戦で活躍した黄祖を送っています。江夏郡では劉祥が太守として、孫堅を支持して動いていました。ところが劉祥は張咨を殺されて恨んだ南陽の民に攻撃されて戦死したとあります。
おさっち/織風斎@三国志武将列伝 @osacchi_basstrb
この劉祥の戦死に関しては袁術・孫堅と対立した劉表も関わっているのかもしれません。また以前に名前が出ていた長沙太守の蘇代、武陵太守の曹寅、華容県長の貝羽も他に記述がなく、退官して去ったか劉表勢力に駆逐されたのではないかと思います。
おさっち/織風斎@三国志武将列伝 @osacchi_basstrb
また袁術は兗州にいた曹操を攻撃しに向かいますが、曹操に手ひどく敗れて南陽郡に戻らずに揚州に向かい、そこで新たに勢力を築きました。その後の南陽太守が誰かははっきりしませんが、婁圭が荊州北部で群衆を集め、劉表と連携したとあります。
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荊州北部に同盟者を作って北からの攻撃はその同盟者に任せて荊州の南部に勢力を伸ばしていくという劉表の基本戦略がここから始まります。この北の同盟者は婁圭→張繍→劉備と引き継がれ、曹操の南下を防ぎます。また江夏太守には黄祖が配置され、東から長江を上ってくる孫策・孫権を防ぎ続けます。
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コメント

今日が終わりの始まりの日 @__blind_side 2017-06-24 21:18:38
荊南の四英傑の名前を見るとワクワクしてしまうのなぜだろうか…。
よーぐる @Seto_yasu1987 2017-06-25 01:53:17
劉表の動きはあまり知らなかったから実に興味深い…
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