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さな@思考リセット中 @SanaWind_26
富岡製糸場を見学したぞ〜〜。富岡の女工さんの労働環境が 「労働時間7.5時間」 「日曜祝日休み」 「夏・冬休みそれぞれ10日間取得可能」 「衣食住タダ」 「医療費タダ」 「身分差に拠らない能力給」 「卒業後は指導官として各地に就職」 と聞いて現代の方が女工哀史してるとおもた。 pic.twitter.com/2ceFmbp12W
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さな@思考リセット中 @SanaWind_26
工場での労務管理方法なんて当時誰もわからなかったので、お雇い外国人の指示で仏式に則ったらしい。じゃあなぜ「女工哀史」「あゝ野麦峠」みたいなのが出てきたかというと、富岡製糸場を皮切りに各地で製糸場ができまくり、そこは労務管理がいい加減だったから……というのが本当のところみたいです。
さな@思考リセット中 @SanaWind_26
ちなみに富岡製糸場の女工さんのほとんどが士族のお嬢様方だそうで、労働環境がそこそこいいぶん規律が厳しかったらしい。部屋で寝ころんでいただけで「だらしがない!」とメチャクチャ怒られた、という日記が残ってるらしい。
女工哀史とは…

綿糸紡績工場の女子労働者のきわめて悲惨な実態を描いた記録。

リンク コトバンク 女工哀史(じょこうあいし)とは - コトバンク ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 - 女工哀史の用語解説 - 細井和喜蔵著。 1925年刊。京都の貧農に生れた著者が,自身の工場労働者としての生活体験に基づいて,綿糸紡績工場の女子労働者のきわめて悲惨な実態を描いた記録。日本資本主義は,紡績,製糸などの繊維工業を中心とした軽工業の発達によって...
公式HP
リンク しるくるとみおか 富岡市観光ホームページ 167 富岡製糸場 | しるくるとみおか 富岡市観光ホームページ 世界遺産である富岡製糸場は、明治に5年建設された、日本で最初の官営模範製糸場です。 主要建物(国宝・世界文化遺産)は、ほぼ創業当初の状態で良好に保存されています。 明治政府がつくった官営工場の中で、ほぼ完全な形で残っているのは、富岡製糸場のみです。
リンク Wikipedia 24 富岡製糸場 富岡製糸場(とみおかせいしじょう、Tomioka Silk Mill)は、群馬県富岡に設立された日本初の本格的な器械製糸の工場である。1872年(明治5年)の開業当時の繰糸所、繭倉庫などが現存している。日本の近代化だけでなく、絹産業の技術革新・交流などにも大きく貢献した工場であり、敷地を含む全体が国の史跡に、初期の建造物群が国宝および重要文化財に指定されている。また、「富岡製糸..
元祖ブラック企業との話もあるのだが…
リンク ビジネスジャーナル/Business Journal | ビジネスの本音に迫る 25 「富岡製糸場は元祖ブラック企業」は本当? 世界遺産に選ばれた理由と意外な労働環境 - ビジネスジャーナル/Business Journal | ビジネスの本音に迫る ※画像:『富岡製糸場と絹産業遺産群』(今井幹夫/編著、ベスト新書) 6月21日、群馬県にある「富岡製糸場と絹産業遺産群」が、ドーハで開催されている第38回ユネ…
リンク ハフポスト 26 users 1188 富岡製糸場はブラック企業だったのか? ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界文化遺産に登録される見通しなった群馬県の富岡製糸場とは、どんな施設だったのか。6月にカタールで開かれる世界遺産委員会で最終判断される見通しだが、歴史的経緯や気になる労働環境をまとめてみた。

リンク cruel.org 100 users 94 富岡日記
Intel_life @Intel_Broadwell
@SanaWind_26 FF外から失礼 浜島書店 新詳日本史P235にはこんな表がありました おそらく富岡製糸場は官営模範工場なので士族のお嬢さんたちがいるのだと思いますが、そのへんの紡績工場では貧しい農村から出稼ぎに来た女性たちが働いていました。 それだけ農村の生活が厳しかった、とも見れますね pic.twitter.com/HVGWXJhwP6
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さな@思考リセット中 @SanaWind_26
@Intel_Broadwell ありがとうございます!これは分かりやすいですねー。いつの間にか「富岡製糸場=女工哀史」なイメージが刷り込まれていたのでこんな現代の大企業の労働環境と遜色ない、模範工場とは思いませんでした。酷かったのは地方の小さな紡績工場だったんですねぇ。
様々な意見
マナカ @m73_20
そうだったの(・o・) RT
露原くはゆ @kuhayukarin
その時代製糸場で働くことが家にとっても本人にとっても誇らしいことって聞いたことある(曖昧だけど)
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コメント

Yoshiteru Kawai @yoshikun2009 2017年6月26日
そもそも元祖ブラック企業ではないよ
統一教会の星 @cpw73XfxIvDa3X 2017年6月26日
待遇が良かったのは国営時代の話でしょ。 片倉製糸に関しては、ヤクザにしばかれないようにノーコメント。
小川靖浩 @olfey0506 2017年6月26日
元々富岡製糸場に関しては国営なうえに初の近代工場という事もあって平均的労働環境よりも上だったわけだし、当時の社会労働環境からすると平均以上だったらしく、女工哀史の原作だと「家業の農業の方がつらかった」とかのアンケートがあったほか、実際には製糸工場では結核が少なかった(さなぎが結核治療薬に使われていたそうな)とかあって、映画としての「悲惨物語」とは違って実際に働いてた女性たちは金銭的にも豊かで「むしろ帰ってきた後の生活がつらかった」とかいう人もいたらしいけどね
BIRD @BIRD_448 2017年6月26日
大正時代(1916)に施行された「工場法」と言う労働法は「女性、15歳以下に対して1日12時間以上の労働禁止」(意訳)だったんだが、それ以上にこき使うのが普通だったため5年と言う浸透期間を要したのだ。
togetsen @togesen1 2017年6月26日
富岡製糸場はブラックとは違うだろ…… 明治政府鳴り物入りの先進事業で、工員も士族のエリート子女揃い、目的は利益を上げることより指導者の養成なんだから、間違っても「女工哀史」であり得ない。
UZIRO @UZIRO 2017年6月26日
エリート育成ホワイト企業か。すげーな。
Terry @Terry_ver2 2017年6月26日
土曜が出勤なのがちょっとな~と思うけど、それを上回るメリットがありすぎてうやらましい。
矢野健太郎 @yanoja 2017年6月26日
最初はホワイトだったけど民間に払い下げられてからブラック化したって、ちょっとググれば出てくるのになあ……
萩原穂高 @sekor8028 2017年6月26日
製糸工場と紡績工場の話が混ざって、製糸工場は労働環境が悪いというイメージができたのでは。紡績工場は糸くずが舞って肺によくなかったようです。製糸工場は、女工三人持てば家が建つ、と言われていたそうなので、少なくとも賃金は良かったんでしょう。
小川靖浩 @olfey0506 2017年6月26日
yanoja ただ、原製糸場時代自体がすでに戦中期でしたからな…労働時間が延びるのもおかしくないんじゃないかと思いますがねぇ。なんせあの当時は「負ければすべてを失う」という社会認識だったわけですし
緑川⋈だむ @Dam_midorikawa 2017年6月26日
つまり、「国営または外国人による経営」がホワイトの条件。日本人に経営させるとブラックになるから法律と規制でガチガチに縛り上げておかないとダメだと言うことだな
かつま大佐(永遠の10歳📛) @kamiomutsu 2017年6月26日
外国人の指導だったからよかった(日本人ではダメだった)というのは不正確かな。 19世紀のイギリスなんかはブラックとかいう言葉が生ぬるいほどの劣悪環境のせいで、平均寿命が下がり国力が低下して政府が慌てて規制に乗り出すほど、資本家はやりたい放題で労働者を酷使していたのである。 かなりあとから資本主義に参加した日本は、そうした苦い経験と反省に基づく修正された資本主義を初めから学ぶことが出来たということだ。
かつま大佐(永遠の10歳📛) @kamiomutsu 2017年6月26日
なんせ10歳未満の児童も深夜働かせてたらしいからね。手が小さいから機械の中に詰まった糸くずを取り除くのに子供はうってつけだったらしい。もちろん糸くずを取り除かせるだけのために機械を止めたりはしなかったらしいよ。
Vostok @vostok7777 2017年6月26日
Terry_ver2 1990年くらいまでは大体どの会社も土曜出勤だったような記憶があるのだが。
小川靖浩 @olfey0506 2017年6月26日
Dam_midorikawa いや、富岡製糸場は元々が「上質な生糸」を作る必要があったからホワイトだったわけで、今ブラックが横行しているのは「質なんかどうでもいいから安さ至上主義」な人たちがいなくならないとどうしようもない。ぶっちゃけ「金出すから上質なものをよこせ」じゃないと無理でしょうな。…というか、なんで長野の紡績工場の話だったああ野麦峠が群馬の富岡製糸場と混同されたんでしょうなぁ…。ちゃんと説明されないか単語だけ覚えてて捏造合体させてしまったと言ったところか
hiya @hiya4861 2017年6月26日
戦前と戦後は、全く違う人達の歴史観に無理矢理当て嵌めているんですよね。 だから解釈が違い、善悪が異なる。 戦前の人と、戦後生まれの人との断絶が生まれる。 極端な例は他の国で嫌という位見せられてますけどw
かつま大佐(永遠の10歳📛) @kamiomutsu 2017年6月26日
富岡製糸場と女工哀史とでは時代がそもそも50年も違うのだな。 100年後には誰かが、高度経済成長期の資料を見ながら「ブラック企業と言われるほど酷くないな」と論評するのでありましょう。
BIRD @BIRD_448 2017年6月26日
高度経済成長期は女性就職率が低かった+人口増加率からして暇だった+ちゃんと人間に金を払った。になりそうな未来だなあw kamiomutsu
柘榴石(ざくろいし) @zakuro_ishi 2017年6月26日
つい最近、日テレのヒルナンデスで富岡製糸場に出演者が訪れたときも、富岡市のイメージキャラクターお富ちゃんの前で石原良純さんが女工哀史のワンシーンを演じてたな。テレビ的には分かりやすくて面白いんだろうけど、こうやって誤ったイメージが定着していくんだろうな。
腹黒い人(脱原敬に一票!でもテロは駄目) @noir_rouge 2017年6月27日
そもそも、産業遺産に登録された遺構の大部分が現代基準で云うブラック企業的経営とは切っても切り離せず、又現代と当時の社会環境の違いも理解しないで、ことさら富岡製糸場だけを取り上げ騒ぎたてる無知蒙昧の盆暗共を見ていると呆れるばかりだわ。
腹黒い人(脱原敬に一票!でもテロは駄目) @noir_rouge 2017年6月27日
ただ、産業遺産の中にも博愛主義者のロバート・オーウェンが関わっているニューラナークという変わり種も有りまして、イギリス初の幼稚園やら夜間学校を設立し救貧院出身の労働者が主に働いていたそうです。これと比べられると大抵の産業遺産がブラック扱いになるのでは。しかし、ニューラナークも産業革命期に作られたものなので現代基準で見るとどうなのかという疑問は在るけど。
かつま大佐(永遠の10歳📛) @kamiomutsu 2017年6月27日
オーウェンはある種の社会主義者ですからね…。彼は資本主義の基本を否定した経営を試みたのであって今のホワイト企業とはまた位置付けがかなり違うし、まあ結局保たなかったんですけどね…。
mikumiku_aloha @mikumiku_aloha 2017年6月27日
富岡製糸場は違うのかもしれないけど、十代の祖母がその手の工場に勤めていて手が止まると叩かれたとかなんとか言う話を聞いたので数値的な条件以外の扱いの話もあるだろうと思いました。
ハドロン @hadoron1203 2017年6月27日
民営化した後も経営合理化によって黒字になり、むしろ待遇面では恩恵を受けたらしい。大正末期の原製糸時代では、工女は当時の教員と同じくらいの給与を得ていた。http://u0u1.net/EmbB 経営環境が急速に悪化したのは、世界恐慌によって生糸の市場価格が暴落してからだな。
ケットシー @kettosee333 2017年6月27日
イタリアの製糸場は能美峠以上に能美峠だったらしい・・・
Ukat.U @t_UJ 2017年6月28日
ブラック企業といえば、リアル帝愛地下帝国こと西表炭鉱。
Ukat.U @t_UJ 2017年6月28日
大東島の玉置商会/東洋製糖もすごいよ!市町村すらなく、土地は全部会社のもので住民は全員小作人か使用人。学校も会社の所有、郵便局や商店も、それどころか警察も会社から給料が出てる。給料は現金でなく会社発行の商品券。日本銀行券を見たことがない島民も。
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