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同志雪の人@艦火合協賛 @yuki_8492
第四次中東戦争のミサイル艇戦と言えば? そう、みなさんご存知ラタキア沖海戦ですね。史上初のミサイル海戦であり、またEW装備の優劣が趨勢を決めた海戦でもあることから、現代戦で重要な存在であることはご存知かと思います。 今回はこれに関する論文を見つけたので、読んでいこうという次第。 twitter.com/yuki_8492/stat…
同志雪の人@艦火合協賛 @yuki_8492
要約すると、イスラエル海軍誕生からラタキア沖海戦大勝利、そして更なる未来へ……。 と言った具合の、第四次中東戦争における海軍の活躍を中心とした、イスラエル海軍の歴史の簡単な解説。これを読めば君もイスラエル海軍マスターだ!
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イスラエル海軍、ゼロスタート、国内の理解なしからラタキア大勝利までつながってて、サクセスストーリーみたいな感じある
同志雪の人@艦火合協賛 @yuki_8492
要所要所で 「駆逐艦ゲット! これで遂に主力艦配備だ!」 「撃沈……され…た……」 みたいな事件はさんできていよいよ面白い。
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ミサイル戦として見るとやはり第四次中東戦争全体で見る必要があるなと。 EW的には確かにラタキア沖が一番熱い。
同志雪の人@艦火合協賛 @yuki_8492
イスラエルがミサイルで一方的に叩いて勝利、イスラエルがミサイルで一方的に叩かれて勝利、イスラエルがミサイル撃ち合って勝利と色々なミサイル戦が充実してる。
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駄目な奴だった海軍が最後救国の英雄になるの感度ものやな
同志雪の人@艦火合協賛 @yuki_8492
シリア海軍のスティックス(45km)とイスラエル海軍のガブリエル(20km)で、射程差実に25km。 引き撃ちに徹すればシリアは一方的にイスラエルを叩ける。
同志雪の人@艦火合協賛 @yuki_8492
これを活かし攻勢に出たイスラエル海軍に対し、シリア海軍は港湾から出撃、捕捉次第スティックスを叩き込んで帰還、港湾施設による防御を徹底した。 これによりシリア海軍は一方的にイスラエル海軍を攻撃出来る状況を創出したのである。
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しかし結果として港に引きこもる形になったシリア海軍は、当然イスラエルの海上交通を脅かすことが出来なくなった。 イスラエル海軍は一方的に叩かれながら制海権を回復し、海上交通を回復したのである。
同志雪の人@艦火合協賛 @yuki_8492
これほんと、海軍のあるべき姿って感じでよい
イスラエル海軍略史(第4次中東戦争まで)
同志雪の人@艦火合協賛 @yuki_8492
まずイスラエル海軍について知る前に、イスラエルと言う国自体を知っておく必要がある。本題ではないので筆者も1ページくらいに簡単にまとめてくれたが、それをさらに要約すると 四国の面積、横浜市の人口に、GNPは日本の2%弱、国防費GNP25%、対外物流の99%を海路に依存 となる
同志雪の人@艦火合協賛 @yuki_8492
軍備は予備役に大きく依存し、国防予算は15億ドル(日本35)、戦車約2300装甲車約4100(日本1200、700)、航空機約600(日本540)、高速ミサイル艇他14隻程度。 このような具合の国の海軍であるので、頭の切り替えを必要とする。
同志雪の人@艦火合協賛 @yuki_8492
イスラエル海軍の誕生は建国以前、第二次大戦勃発にさかのぼる。 と言うのも、戦中イギリスの特殊戦委員会が設立したユダヤ人海上コマンドー部隊が後の母体となるからである。 この部隊は大戦勃発とともに連合側に志願した、パレスチナ在住ユダヤ人志願兵で編成されていた。
同志雪の人@艦火合協賛 @yuki_8492
この志願兵は結構な規模で、陸軍ではユダヤ旅団が編成されるほどになるが、正規海軍への勤務はほとんど認められず、これが後の海軍創設の障害となった。
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そして1944年。英国の指示で設置されたパレスチナ・ユダヤ機関配下の非合法自衛組織ハガナ内の戦闘部門パルマッハのなかに「パルヤム」という海上中隊が編成される。 その任務は非合法移民移民の搬入、武器密輸であり、その装備はスクラップ然とした老朽貨物船。これが後のイスラエル海軍である。
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イギリスのお膳立てと非合法の文字がいくつか並んだ後に、今度はイギリス海軍相手の武勇伝が続々と現れる。体当たりしたり爆破したり…。 そうこうしているうちに48年5月14日夜、独立宣言。同月24日、国防軍発足と同時にパルヤムも軍となり、そうして、イスラエル海軍が誕生した。
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その装備は1918年型山砲、木製の偽砲、偽装煙突、機銃若干を搭載した貨物船3隻。モーターボート若干数。そしてイタリア製の爆装特攻艇。 これをもって、(イギリスの訓練を受けた)アラブ連合海軍45に立ち向かったのである。
同志雪の人@艦火合協賛 @yuki_8492
第一次中東戦争から、その活躍はわりかし輝かしい。 特攻で大型輸送艦撃沈! 大型掃海艇大破! 海軍はその任務を完遂し、エジプト海軍は活動を消極化させざるを得なくなった。 コマンドー部隊もイタリア港内で貨物船を爆破! 洋上でシージャック! 爆破!爆破!爆破!
同志雪の人@艦火合協賛 @yuki_8492
筆者はここにイスラエル海軍将兵の豊かな着想、無から有を生じさせん創意工夫、驚くべき勇猛さの伝統を見た。 らしいが、私としてはただただ圧倒されるばかりである。
同志雪の人@艦火合協賛 @yuki_8492
第一次中東戦争後、海軍の基礎づくりが始まった。が、これは全く前途多難なプロジェクトだった。 前述したとおり中東戦争の海軍の注目度は低い。 イスラエルの国防方針からしてがそうなのだ。第一に陸上戦、かつ沿岸防衛は空軍で代替、戦争は短期決戦を想定と言った具合で、予算は最下位に置かれた。
同志雪の人@艦火合協賛 @yuki_8492
短期決戦を想定=海上封鎖が効果を発揮する前に戦争は終わるという話。
同志雪の人@艦火合協賛 @yuki_8492
加えて人材も全くなかった。二次大戦でユダヤ人旅団を編成できるほどの規模があった陸軍と違い、海軍経験者はほとんどいない。二代目海軍司令はなんと陸軍将校である。 彼は「何が必要か」でなく「何が買えるか」と言う厳しい財布事情の中から、留学費用をねん出し、有為な人材育成を促進した。
同志雪の人@艦火合協賛 @yuki_8492
そして1956年、第二次中東戦争が勃発。 それまでに取得できたのはイギリスZ級駆逐艦二隻、魚雷艇12隻、老朽フリゲート3隻。 特攻艇が火力の中核だった頃と比べれば格段に良くなったがそれも何とか体裁が整ったと言えるレベルで、内実が伴ってるとは言い難い状況だった。
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