【ミリマスSS】桜守る者【桜守歌織】

桜守歌織さんのプロローグを描いたSSです。可奈も出てきます。オリジナル世界観濃度高めなのでお気を付けください。
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創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「頼めますかウルフさん」革張りの後部座席に滑り込む。ウルフさんは運転席で白手袋をはめ直している。「はい、歌織さま。ですが」ウルフさんは白い顎鬚を撫ぜた。「危険です」「それでも、行かないと」テレビで見た、あの光景が蘇る。「歌が燃えているんです」エンジンが唸り、車が走り出す。 01

2017-07-17 13:38:41
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

ぽっこぽっこぽっこ。ポーコ・ア・ポーコ。桜の花びらが宙に舞い、ふわふわとよい香りを漂わせています。「んん……いい朝」桜並木道は親子連れやカップルでにぎわい、暖かな光を膨らませています。ポーコ・ア・ポーコ。少しずつ。景色を味わいながら、私は、ひとときの休日を楽しんでいました。 02

2017-07-17 13:44:46
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

プルルル! カバンの中から呼び出し音。スマホを取り出し、画面を見ると、かわいい教え子の名前がありました。「はい、もしもし」『かおりせーんせ! 明日、友達連れてくね!』明るい声。「いいですよ」『せんせのウワサを聞きつけて、「私もその教室通いたい!」って熱烈アピールされてさ』 03

2017-07-17 13:49:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

会話が終わり、向こうが電話を切るのを待ってから、ゆっくりとスマホをカバンにしまいます。「わぁ!」子供の声。風に導かれ、桜の花びらが浮かび上がっていました。まるで桜の河のようでした。新しい風、物語の始まる予感。私は、少女のようなワクワクを胸に抱え、足を小さく躍らせるのでした。 04

2017-07-17 13:57:58
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

とりあえず、何か一曲、歌っていただけますか? ――勢い込んでやって来た矢吹可奈ちゃんに対し、私はそう言いました。可奈ちゃんが歌ったのは……なんともいえない……歌、というよりは、自己紹介に奇妙なメロディーを乗せたもの、というくらいの表現が妥当でしょう。 05

2017-07-17 14:02:10
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「もう一回歌えます!」そう言って鼻を鳴らす可奈ちゃんの顔はとてもいきいきとしていて、返す言葉に悩みました。直截に歌唱能力の低さを指摘することは可能ですが、それでは意味がありません。私はあくまで路傍の町教師で、審査員ではありません。私の仕事は、音楽で、道を示す。それだけです。 06

2017-07-17 14:05:50
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「歓迎します、矢吹可奈ちゃん」可奈ちゃんの表情がぱぁっと明るくなりました。本心から喜んでいることがわかり、少し安心します。「早速だけど、これをどうぞ」棚から新品の歌則教本を取り出し、可奈ちゃんに渡します。本はつるっつるで、まだ包装ビニールが付いていました。 07

2017-07-17 14:20:24
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「これ、なんですか?」「歌則教本……この本に従って練習すれば、たいていの人は上手くなれるの」可奈ちゃんが目を見開きます。「ほんとですかっ」「でも、簡単じゃないですよ」「やりますっ、私……」可奈ちゃんは、ぎゅっと拳を握りしめ、私を真っすぐ見つめました。「私、夢があるんです」 08

2017-07-17 14:26:42
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

可奈ちゃんはバッと手を大きく広げました。「私、歌を届けたいんです! 世界じゅうに! 飛んで走って、転んでも起き上がって! 世界を音楽でいっぱいにしたい!」「それはいい夢ね」頭を撫でてあげると、可奈ちゃんは、少しくすぐったそうに、肩を上げました。 09

2017-07-17 14:32:27
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

ジーワジーワジーワ……ガラス窓の向こうからセミの鳴き声が聞こえてきます。私は、机の上に楽譜ノートを開き、パンと紅茶を片手に涼やかな休日を過ごしていました。「あれっ歌織せんせ!」呼ばれた方を見ると、店の入り口あたりに可奈ちゃんがいました。 10

2017-07-17 14:47:35
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

可奈ちゃんは、ワンピースにサンダルを合わせた、かなりの軽装で、荷物も肩に手提げ袋があるのみでした。袋からはしわくちゃの歌則教本が覗いています。どうやら、一人でこの店に訪れたようでした。「奇遇ですね」私は、隣の椅子を少し引き、手で促します。「よければ、ご一緒に」「……はい!」 11

2017-07-17 14:51:28
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

可奈ちゃんは嬉しそうに頬を緩ませ、ちょこんと隣の席に座りました。小動物のようで、思わず微笑んでしまいます。「何か頼む?」「んむっ」可奈ちゃんはメニューを睨み、むむむ~と唸ります。おそらくは、おいしそうなお菓子に目を取られているのでしょう。かわいい。 12

2017-07-17 14:55:44
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「オレンジジュースです」「パフェもあるよ?」「ぱ、ぱふぇ!」「マンゴーパフェなんて、すごく美味しそう……!」「ぐぐぐぅっ」可奈ちゃんは垂れそうになる涎を腕で拭いました。「先生はベリーミックスパフェを頼みます」「ベリーミックス!」「今日は先生が奢ってあげますよ」「ぐぬぬぬ!」 13

2017-07-17 14:58:13
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

どうやら可奈ちゃんは決めあぐねているようでした。最近体重が増え気味だと言ってましたから、それを気にしているのかもしれません。でも、私は、可奈ちゃんがごはんを食べているのを見るのは好きなので――「店員さん、ベリーミックスパフェを二つ、お願いします」「ちょ、せんせ!?」 14

2017-07-17 15:03:08
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「おごりですよ」「ぬぬぬ……じゃあ食べます! 歌織せんせが頼んだから食べるんですからね!」「ふふっ、ゆっくり、少しずつ食べれば太りませんよ」ポーコ・ア・ポーコ。少しずつ。店内BGMがモルダウに変わったころ、二つのベリーミックスパフェが半分ほどにまで減りました。 15

2017-07-17 15:08:45
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

可奈ちゃんが顔を上げ、じーっと私の顔を見つめてきました。「……? どうしたの?」「前からずっと、訊きたかったことがあるんです」「なに?」「歌織せんせーは夢とかあるんですか?」可奈ちゃんはすごく真剣な目で、そう訊いてきました。「先生の夢は、秘密です」「えーっ、なんでですか!」 16

2017-07-17 15:14:15
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「可奈ちゃんの夢は、たしか」記憶の棚をこっそり開き、あのときのことを思い出します。可奈ちゃんが音楽教室にやってきた、あの日の会話を。「『世界じゅうに音楽を届ける』……だったかしら」「私の夢は、アイドルです!」「アイドル?」「アイドルになること、それが夢なんです!」 17

2017-07-17 15:19:36
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

アイドル。たしかに、アイドルなら……世界じゅうに音楽を届けることも、可能かもしれません。「明日がオーディションなんです」「明日」「だから、歌織せんせ」可奈ちゃんは私の拳をぐっと握りこみました。「こんなこと頼むのはヘンかもですけど……私のこと、応援してくれますか」 18

2017-07-17 15:23:36
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

あのときと同じ……音楽教室に入ってきた、あの日と同じ目。「可奈ちゃんなら絶対大丈夫です。私が保証します」そう言って、私はあの日と同じように、可奈ちゃんの頭を撫でました。可奈ちゃんは嬉しそうに目を細めました。 19

2017-07-17 15:28:25