【ミリマスSS】Aroma Romance #3【篠宮可憐】

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創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

(あらすじ:篠宮可憐は香りを愛する少女であった。スプレー塗料の香りに魅入られた可憐は、ある夜、765タワーに赤スプレーで落書きをする。その後天海春香と遭遇するが、なんとか自分が犯人であることをごまかし、去る。帰り際、落書きの目撃者を発見する可憐。可憐は雨が降る中、服を脱ぎ始める)

2017-07-18 22:28:23
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「可憐」背後から声が聞こえて、私は「ひゃああっ」と飛び上がった。窓際にグッシュさんが座っていた。「そんな血塗れで……誰を殺ったんだ」私は自分の身体を見る。どこにも血は付いていない。「いつからそこに……」「ずっとさ」グッシュさんはクツクツと笑った。 01

2017-07-18 22:30:08
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「ケホケホ」私は咳込んだ。「風邪か」「い、いえ、気にしないでください」昨夜、雨の中にいたせいかもしれない。「そ、それより、何か淹れますね」「いいさ、俺は」グッシュさんはそう言うと、懐からパイプを取り出した。「でも、何も出さないのも……」戸棚を探す。茶葉は見当たらない。 02

2017-07-18 22:50:44
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「お菓子だけでも買ってきますね」換気扇を止め、部屋を出る。近所のコンビニで茶葉とお菓子を買った。匂いを少し工夫すれば、安い茶葉でも心地よく味わえる。「ねェ、あたし、何歳に見える?」レジのおばあちゃんがそう言ってにんまり顔を歪めた。苦笑して荷物を受け取り、コンビニを出る。 03

2017-07-18 22:56:23
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

朝の街の匂いは、夜の街とはまた違ったよさがある。太陽の光、木の葉の囁き、そういうものが、爽やかな匂いとして鼻の奥を疼かせる。「んん……」私はざらざらとした石塀に指を強く擦り付け、その匂いを嗅ぐ。熱と痛みと血と、無と有がぶつかり合って生まれる匂い……私が大好きな匂いだ。 04

2017-07-18 23:02:08
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「よう姉ちゃん」曲がり角の電信柱に、誰かが座り込んでいた。昨夜会ったばかりのひと……そして、二度と会うはずのなかったひと。「また会ったな」私が765タワーに落描きしてるのを見てしまったお爺さん。「ど、どうしてここに……」「一杯どうだ」お爺さんの背には黒い木樽がある。 05

2017-07-18 23:05:47
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「なんでオレがいるのかって、不思議だ、って顔だな」お爺さんはおほほほと笑った。「姉ちゃん、オレの匂いが嫌いだろ」「……」「オレは屍香(しか)ってんだ。殺されもしなければ癒されもしない……曖昧な存在なんだなァ」思考が追いつかない。いつの間にか、あたりは夕暮れになっている。 06

2017-07-18 23:13:15
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「オレはふわふわとうつろうだけの存在だ。殺せやしねぇよ」「な……」「姉ちゃんがオレを呼んだのサ」お爺さん……屍香さんは、私をじぃっと見上げた。「ま、しかし、姉ちゃんは今、オレとおンなじくらいふわふわしてるな」「いったい、なんなんですか」「もっと真っすぐ生きろってこった」 07

2017-07-18 23:19:32
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

まばたきのあと、お爺さんは消えていた。嫌な匂いだけが残っている――それはまるで、『生きる意志も死ぬ意思もない匂い』だ。あたりの風景も、また、朝に戻っていた。「……ちゃんと寝なきゃダメだな……」地面に落ちていた荷物を拾い上げ、アパートへと戻った。 08

2017-07-18 23:25:21
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

アパートに近づくにつれ、グッシュさんのパイプの匂いがキツくなってくる。「ケホ、コホ」いつもなら咽ることはないけれど、今日は喉の調子が悪いみたいだった。でも、こんな遠くにまで匂いが漂ったことあったっけ……?「戻ってきました」そう言って部屋の扉を開けると、びゅうっと風が吹いた。 09

2017-07-18 23:30:31
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「んッ!?」足がぐらつき、私は床に尻もちをついた。部屋の内側へと風が吹き込み続けている。「……!?」私は鼻と口を押さえた。(部屋の中の空気が、なくなってた……?)バッと台所を見る。換気扇が動いていた。室内の空気を外に出し尽くす、特殊換気扇が、動いていた。(止めたはずなのに) 10

2017-07-18 23:37:36
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

私は、外の空気をたっぷり肺に含んでから、室内に踏み込む。窓の近くにグッシュさんが倒れ込んでいた。窓を全開にする。外の空気が入ってくる。「う……グ、グッシュさん……!」グッシュさんの目は固く閉じられている。近くに転がるパイプの火は、既に消えている。「グッシュさん……!」 11

2017-07-18 23:40:31
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

何日経っただろう。グッシュさんは、見も知らない、燻帆という人たちに引き取られていった。私はひとり、部屋の中で、じっ、とうずくまっていた。窓際には、グッシュさんのパイプが――それだけが、ぽつんと置いてある。何度か吸おうとしたけれど、心が拒んだ。(これはグッシュさんのものだ) 13

2017-07-18 23:47:21
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

そして、私は、外出のときに、常にマスクを付けるようになった。匂いを嗅がないためだ。今まで「好き」だった、朝や夜の人やもの、そのすべての匂いが、嗅いだだけで吐いてしまうようになっていた。グッシュさんに貰ったアロマも、全部捨てるしかなかった。好きだったものが、何もかも消えた。 14

2017-07-18 23:53:54
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「嫌い」だけがどんどん増えていく。鳥がついばむ木の実の匂い、海岸に打ち上げられた貝の匂い、すれ違う人の匂い、私の部屋の匂い、私の匂い、どれも、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い。いつの間にか涙も流れないようになり、私は、ただ食べて寝ているだけの存在になった。 15

2017-07-19 00:00:12
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

私は空に近づいていく。エレベーターが上昇速度を緩め、チーン、というトースターのような音と共に扉が開く。エレベーターガールは恭しくお辞儀した。「第二展望台です」いつぶりだろうか、第二展望台には、相変わらず、まばらに人がいた。「太陽は東から昇るんだ」グッシュさんの口癖を呟く。 17

2017-07-19 00:05:07
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

窓際に立って塔京の街を見下ろす。「朝の街は、澄んで綺麗」街は濁って見える。何もかもが変わってしまっている。指を強く握りこむと、赤黒い血が拳から滲み出た。今の私は、どんな匂いをしているんだろう。コロンもトワレもパフュームも、何も付けていない。こみ上げる吐き気を抑える。 18

2017-07-19 22:07:02
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「……あの、すみません」「ひゃうっ」いきなり背後から声を出され、私は驚いて飛び退いた。……私の後ろに立っていたのは、見覚えのあるリボンの少女。「ご、ごめんなさい驚かせちゃって、私――」「天海春香、さん」「……やっぱり、あのときの」天海春香は笑みを綻ばせた。「カレンちゃんだ」 19

2017-07-19 22:12:36
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「どうして、ここに」舌が回らない。「もしかして、まだ、犯人を捜してるんですか」「犯人……?」天海春香は眉を寄せ、リボンをいじくった。「あぁ、落描きのこと? それならもういいんだ」しゅっしゅっしゅ、と手が空を切る。「再犯はなかったみたいだし、落描きした子も改心したかな、って」 20

2017-07-19 22:17:02
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「改心、したんでしょうか」私は拳を開く。一筋の血が手首に絡まり、黒蛇が私の心を締め上げる。「もっと上に行っただけかもしれないですよ」「上?」天海春香は天井を見上げる。「私は、バカな煙ですから」そうだ。もっと高いところに昇ろう。ふと、そう思った。何の匂いも届かない場所へ。 21

2017-07-19 22:27:24
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「カレンちゃん? それってどういう――」「天海春香、さん。この塔の最上階はどこですか」「へっ?」天海春香はリボンを揺らした。「えっと……塔上特設ステージっていうのがあるけど、でも」「私をそこへ連れて行ってくれませんか」「えっ!?」リボンが大きく揺れる。「どうして」 22

2017-07-19 22:36:21
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「理由は聞かないでください」「で、でも、765プロに関係ない人は入れなくて」「『落描き犯』からの、お願いです」天海春香の目が見開かれた。「連れて行ってくれたら、教えます、なんであんなことしたのか」数秒間、世界から音が消えた。「……わかった」天海春香は静かに、頷いた。 23

2017-07-19 22:42:04