神経質な幸福

半夢日記+創作
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病み狐くん @yamigitune9

私は教師である。 愛した地元を離れ、都市内にあるこの学校に勤務して既に数年が経っている。 神経質な私は授業や生徒たちの前での振る前に過敏であったが、成年して十分過ぎた私は多くに受け入れられていた。

2017-07-23 03:53:17
病み狐くん @yamigitune9

私は独身であり、既に三十路を超えたごくありふれた男である。 さも学もそこまで無く、紹介された非常勤講師から勧誘されて教師となり、職に手をつけたのは幸運であったかもしれないのだが。 ごく飽きっぽい私は何故教師を続けているのか・・・

2017-07-23 03:57:06
病み狐くん @yamigitune9

入学式。青い春。私が毎年待ち望んでいる時期。 青春は、青い龍がなんとやら。 私が小学生だった頃、校長のスピーチでそんな言葉を聞いた気がする。 そして私はようやく、人生至上最大の幸福にありついた。

2017-07-23 04:01:52
病み狐くん @yamigitune9

その器のような首。掘り磨かれた顎から鎖骨にかけての曲線。 一目で見て分かる、”規格の違うモノ”。 誰もがこの人は違うと思ってしまうだろう。 だが、私はその表情に注目していた。

2017-07-23 04:04:13
病み狐くん @yamigitune9

中途半端な生気を宿した瞳。虚空を探す瞳。 一番安全だと思った虚空を見定める瞳。 どこか自身を特別な存在だと思っている目線、その表情の軸となっている、無意識に日々孤独に磨いた魅了する視線。 この子は。 そう確信していた。

2017-07-23 04:09:37
病み狐くん @yamigitune9

健康体。しかし健康的に運動しているとも感じない。 それだけで、この子の家庭環境を妄想するだけで既に入学式は終わってしまった。 入り浸る時間。そして、こ動乱である予感がしていた。 直感・・・いや、呪いのようなもの。 それは的中し、彼女は私のクラスで受け持つことになった。

2017-07-23 04:13:32
病み狐くん @yamigitune9

私はきっと、この時が来るために容姿を磨いて来たのだろう。 食生活を変え、だらしない体を締め上げ、歯の矯正も下半身の手術もした。 ・・・これを書いている今、私は必ずそんなことを深層心理で考えていた。

2017-07-23 04:15:27
病み狐くん @yamigitune9

順調だった。何もかもが順調だった。 不自然な程に、そして自然すぎるかのように私は自身のうつをコントロールしながら、正常な人間のように教師として振舞っていた。 健康な日々である。 いわば朝起きて、今日一日に感謝して生きる、みたいなものだろうか。

2017-07-23 04:17:35
病み狐くん @yamigitune9

「――この子。この子だけは特別に対処したい。」 これを聞いて、彼はあぁ、と奇妙に笑いながら組んだ足を緩めた。 「それ以外はポイ、でいいね?」 彼の問いに対して目線を伏せながら、聞こえる程度に肯定の言葉を喋った。

2017-07-23 04:23:27
病み狐くん @yamigitune9

彼に差し出したのは、私個人が気まぐれで行っている摘発である。 自校で行われている摘発・補導や逮捕が行われていない未成年喫煙、飲酒、犯罪素行。 それらを友人である彼に、証拠の写真、アカウント、本人達への盗聴記録などを流しているのだ。

2017-07-23 04:27:19
病み狐くん @yamigitune9

「2,3年ぶりじゃない、免除してほしいって言ってくるの。」 というより黙秘もみ消しをしてほしいって言ってくる教師のほうが素行悪いと思うけどね、と続けて言われた。

2017-07-23 04:30:15
病み狐くん @yamigitune9

「さぁ。でもいいじゃない、ウチの教師たちのハラス記録も譲ってるんだから。それ教えてるのに事件を前もって防げないんだもの、仕方ないね。」 「あぁ、それ教師が言っちゃうの。たまげたなぁ・・・」 スラングを交わしつつ、知りうる限りの関係性時系列を注釈に書き加えてもらう。

2017-07-23 04:32:23
病み狐くん @yamigitune9

記録を書き終え、共にフィルターギリギリまですい終えた煙草を灰皿に捨てた時、ふと思った事を口走ってしまった。 「おれ、煙草やめるかも。」 口走った本人でさえ、直感的に運命と直感を予想して口がひらきっぱなしになる。 彼は顔を傾け、口角を上げながら私の帰宅を見送った。

2017-07-23 04:36:25
病み狐くん @yamigitune9

この子。彼女。私が受け持つクラスの生徒。 飲酒、喫煙、性交。 私の思う彼女はなかなかのやり手だった。 が、私にとって問題なのは”私が魅了されてしまう彼女の深層心理はどこまで細分化されているか”に尽きる。 彼女が如何に規格の違う存在だとしても、それが無ければ私は。

2017-07-23 04:40:33
病み狐くん @yamigitune9

さて、私は彼女に証拠を――彼女のアカウントに対して押し付けたのである。 内密に、そして慎重に、神経質に言葉を交わした。 言葉ではなく、文章上でその行為を裏付ける証拠を黙秘すると約束したのである。 そして、私の文章は誰に明かしても黙秘を破る事は無いと誓った。

2017-07-23 04:46:12
病み狐くん @yamigitune9

そのやり取りを終えて、私は煙草を吸った。 以後、互いに穏やかな日々が続いた。

2017-07-23 04:47:36
病み狐くん @yamigitune9

問題が起きたのはいつごろだろうか。 彼女が不登校になった。 . . . この三十と数年、自分の願望や知りたいことは喋らなず聞かないようにと訓練してきた。 それが功を奏した。 私はようやく、それらしき彼女の家庭環境を彼女自身の口から聞いた。

2017-07-23 04:51:29
病み狐くん @yamigitune9

彼女もまた、変革希望者だった。 変革を実行して維持した私よりも早く、早い年齢で。 彼女は自身が美しくある事がいつか来る幸福の為であると理解していた。 私はまず、健康体が求める限りなく考えられたなじみある素材で作られた飯を一緒に食べながら、彼女の語りを聞いていた。

2017-07-23 04:55:08
病み狐くん @yamigitune9

私も彼女も、飯を終えてすぐに持っていた煙草を吸わなかった。 二人とも気後れや煙を考慮したのではない。 必要だから吸わなかった。 しかし自分の住処に何事も無く一夜済ませて起きた後は、互いに無意識に煙草を指に挟み、互いに喫煙を楽しんでいた。

2017-07-23 04:58:12
病み狐くん @yamigitune9

私は知りうる限りの支援機関、保護機関について教えた。 なんだったら、保護を受けれる環境を作ってやるとも言った。 ただ、見返りが欲しかったわけじゃない。 ただ、同じく変革希望者としてめぐり合った彼女に幸せで居て欲しかった。

2017-07-23 05:00:31
病み狐くん @yamigitune9

欲しかった。 もちろん、私は彼女が欲しくない、なんて事は絶対無いとは言えなかった。 裏を返せばあった。 ただ、この子ではない。 そしてこの子にとっても、私ではない。 前者はとかく、後者は私の妄想であり、そう願うだけだった。

2017-07-23 05:02:14
病み狐くん @yamigitune9

あぁ この子でないのであれば、私は世界中で誰とも結ばれないのだろう。 人一倍結ばれたいと思う結晶は、自身で磨いた己の容姿が証明している。 自身のだらしない遺伝子を塗り替え、そして良い遺伝子を残す準備を完了している。 ただ、そうでないのであれば、私はどこか欠陥しているのだ。

2017-07-23 05:04:12
病み狐くん @yamigitune9

あの子も欠陥している。 だとしたら、全ての人間が欠陥している。欠陥していない人間など居ない。 私は完璧を目指していながら、ようやっと完璧に近づき、そして完璧になった。

2017-07-23 05:05:46
病み狐くん @yamigitune9

ただ、お互いに片親知らずで育って来た。 もし産れた子が ・・・ . . .

2017-07-23 05:07:57
病み狐くん @yamigitune9

そんな事を考えていた折、彼女から煙草を一本もらう代わりに、私の煙草を一本欲しいと言われた。 お互いにお互いの吸っている銘柄の煙草を吸いながら思い出す。 ”おれ、煙草やめるかも” 私は煙草をやめないかもしれない。 そういう風に生きていくのが、私の幸福なのだから。

2017-07-23 05:09:08