@xray_kotoriP 密室だ。しありがいるのは、密室。そう、誰も入ってこれない、誰も出ることのできない完全なる密室。にもかかわらず、しありは己以外の存在がこの部屋にいるのを、ひしひしと感じ取っていた。背後、いや真上、前方。様々な方角からそれの存在を感じ取ることができる。
2017-08-05 23:12:36@xray_kotoriP 二本の角を構え、黒光りする殻に覆われながら、薄羽をはためかせて縦横無尽に飛来するそれは、間違いなくしありの、生涯最大にして最凶の天敵。 ――クワガタだ。 しありは恐怖した。逃れる術もないこの空間で、彼奴がまわりと飛び回っているのだ。
2017-08-05 23:14:02@xray_kotoriP 戦うしかないのか…… 脂汗と冷や汗が汗腺から分泌され、じっとりと肌に張り付く服が生理的な嫌悪感を煽る。 彼奴は小さい、握った拳一つがあれば必殺だ。しかし、しありにそれができるだろうか。いやできる。己に信じ込ませるようにして反芻し、しありは拳を振りかざす
2017-08-05 23:16:52@xray_kotoriP ――しあぁッ! 乾坤一擲。奇声をあげて、放たれたしありの妖怪パンチは見事、何かに命中し、悟った。 そういう、ことかよ…… 打ち叩いたのは、壁。鋼鉄の壁。しありは腕に走る鈍い痛みを堪えきれずもがくが、そこを見逃すクワガタではない。
2017-08-05 23:20:01@xray_kotoriP 殺到するクワガタは、瞬く間にしありの身体を真黒に埋め尽くした。 全身を動き回るクワガタの足の感覚が、最初は悍ましく感じたものの徐々に快感に変わっていく自分が、恐ろしい。 ここまで妖怪しありは、クワガタに対して500戦0勝。終わりの見えぬ戦いは続くのだ。
2017-08-05 23:23:03しあり VS クワガタ。その第501回戦のゴングが今、鳴らされようとしていた。 しありはここまで500戦0勝500敗、前回は乾坤一擲の妖怪パンチを空振るという失態を犯した彼は、その反省を踏まえ秘策を用意していた。 それは、殺虫剤。文字通り、蟲を殺す最終兵器である。
2017-08-12 22:40:49百匹は下らないクワガタを前に、しありは不敵な笑みを浮かべている。 ――われに秘策あり。死合う誇り、縮めてしありの本懐。ここに見せつけてやる。 そう言わんばかりの、奇っ怪極まるニヤつきに観衆はドン引きを隠せていないが、そんなことは彼の眼中にはもはやない。あるのは、目前にある勝利のみ
2017-08-12 22:42:23小気味のよい金属音が、しありの自室(コロッセウム)に鳴り響いた。 一斉に飛びかかってくるクワガタに対して、しありは悠々とした態度で構えを取る。両腕には2本でおよそ2400円のアブハチマグナムジェット。 所詮奴らは蟲よ、科学の前に惨めな敗北を喫するがいい。しありはほくそ笑んだ。 pic.twitter.com/QPNgZgHLmx
2017-08-12 22:45:18――しあぁぁぁッ!!!!! クワガタを十分に引きつけ、間合いを見極めたしありは雄叫びとともにアブハチマグナムジェットの引き金を引く。 だが、しありは致命的なミスを犯していた。そう、彼はアブハチマグナムジェットをまるでトンファーのように構えていたのである!
2017-08-12 22:47:14クワガタではなく、自分の身体に降りかかる殺虫剤はしありの身体を猛烈な勢いで犯していく。 激しい苦痛に悶えるしあり。当然、クワガタの攻撃を回避する術はなく、殺到するクワガタの群れにしありは包まれる。 こうして、しありVSクワガタの第501回戦もしありの敗北に終わったのである。
2017-08-12 22:49:59甲虫の王、それはクワガタではなくカブトムシだ。一本の角を相手の懐に潜り込ませ、自らの体躯よりも大きな相手すら投げ飛ばすパワーファイター。クワガタが実家への帰省で不在の今、しありが戦う相手は、この絶対王者となることはもはや避けようがなかった。 今日のリングは、近場の公園だ。
2017-08-16 13:30:08目の前には一本の大樹。そこで樹液をすするカブトムシとの対決にしありは心を踊らせ、否、すでに勝利を確信していた。 カブトムシか、クワガタに比べて角が1本しかないじゃねぇか。 戦いは数だ。角の少ないカブトムシ程度に俺が負けるはずがないという絶対的な自信を胸に戦いに挑む。
2017-08-16 13:32:37だるまさんがころんだでもやろうってのか こちらに背を向けたままのカブトムシに、しありは唾棄した。舐められているにも程がある。 しありは勝利こそしたことがないが、クワガタ相手に501戦の戦歴を誇る昆虫ハンターを自負している。奴以外に負けてなるものか、勇躍して一揆に距離を詰める。
2017-08-16 13:35:15もらった! 手を伸ばせば届く間合いまで接近したしありは叫びながら、カブトムシをつまもうと手を伸ばし……それが相手の罠だと気づいた頃にはすでに手遅れだった。 甲を開き、羽撃きをもってカブトムシは空を飛ぶ。カブトムシが目指すはしありの顔面。目前に迫った一本角を避けることは敵わない。
2017-08-16 13:38:03――し゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ゛!!!!!!!!! 二股の角が直撃した激痛に、しありは獣のような叫び声をあげる。カブトムシの追撃はそれで終わらず、顔面に張り付き土俵を我が物顔で闊歩する。 しありVSカブトムシ、その初戦はカブトムシに軍配があがったのである。
2017-08-16 13:41:26しあり VS クワガタの第502回戦が始まってはや二時間、碁盤の上に並んだ石は、さながら幾何学模様の様相を呈している。 今日の対決は囲碁によるものだ。戦歴を考慮し先手がクワガタ、後手がしありである。ここまでは五分と五分、しありにしては珍しく対等の試合運びだ。
2017-08-16 20:22:51一目置くという言葉の通り、未だ勝利のないクワガタに対してしありは後手に回った。だが、いつものようにしありは秘策を用意している。 それは、これまでにない奇想天外の一手だ。こんな手段を思いつくのはしあり以外にはいないだろう。 試合も佳境、しありは最終手段を碁石入れのなかから取り出す。
2017-08-16 20:24:39まるで将棋だな。 しありは、碁石入れのなかに隠しておいた秘策――将棋の駒、歩を碁盤の上に指した。 この常識破りの行為に、審判団もどよめくがクワガタは落ち着きはらった様子で次なる一手を指す。 まるで、この展開を読んでいたかのように。しありは背筋に薄ら寒いものを感じた。
2017-08-16 20:26:21屈してたまるか。 しありは、二つ三つと歩を指し置いていく。どよめきの収まらないなか、クワガタは至って冷静であり、勝利に焦ったしありはここでもまた致命的なミスを犯していた。 二歩だ。 縦の列に歩を二枚置いてしまったしありは、その時点で反則負けの裁定が下る。
2017-08-16 20:28:45し゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!!!!!!! お粗末なミス、しありは絶叫し碁盤をひっくり返しクワガタに襲いかかる。だが、撒き散らされた碁石に転倒するしありと、そこに襲いかかるクワガタと審判団。 しありVSクワガタ、第502回戦終了のコングが空しく鳴り響いた。
2017-08-16 20:31:15しあり VS クワガタの第503回戦は突如として始まった。マクドナルドでランチを嗜んでいたクワガタを10人のしありが急襲。マクドナルドの店内は地獄と化す。 しかし、ここまで無敗のクワガタ。奇襲を受けた程度で動じることはなかったが、多勢に無勢。徐々に圧されつつあった。
2017-08-17 18:20:37しあっしあっしあっ……クワガタ、お前の運命もここまでだ。 しありはゲスな笑いを浮かべながら、駐車場の一角にクワガタに追い詰める。しかし相手はクワガタだ。羽をばたつかせての威嚇に、しありたちはたじろぎ遠巻きにクワガタの様子を窺う判断を下す。 ここが勝敗の分水嶺とも知らずに。
2017-08-17 18:23:11しありは気づいていなかった。いや、気づけなかった。クワガタの羽撃きはただの威嚇ではなかったことに。 しあり20人 VS クワガタ1匹という数に奢りも抱いていたに違いない。背後から忍び寄る無数の群勢は、しありのすぐ側までやってきていたのだから。
2017-08-17 18:25:25しあっ!? 一人倒れた。 しあしっ!? 二人倒れる。 しあっ! しあ゛っ!? 次々と倒れていくしありは駐車場を混乱の坩堝に陥れる。 無数のしありをタチドコロに屠ったのは、なんとカナブン。 何が起こったのか認識したときには、残ったしありは一人だけだった。
2017-08-17 18:27:59そしてその一人も、カナブンに気を取られている隙をつかれ、クワガタの角によって挟まれ両断される。 30人いたしありは、カナブンの援軍の前に脆くも崩れ去る。残されたのは、しありが注文したビッグマックのLセット。 しありVSクワガタの第503回戦はこうして幕を閉じたのである。
2017-08-17 18:31:11