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κοιδε, καζυ-ίδε @ediok_koide
速水融先生の「勤勉革命」という概念について勉強。江戸時代の日本で、農民の生産性が大幅に向上した時期があった。農民が勤勉になり、土地の深耕や、二毛作、二期作が実現した。労働時間の延長による生産革命だが、現代日本の長時間労働とはまったく様相が異なる。(続く
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承前)土地を耕すには牛馬の力を使っていた。飼料を生産するためには農地(草地)がいる。牛馬力は土地の深耕には向かない。人間が働いた方が土地の利用効率が高いという経済原理によって、牛馬に代わって人間が働くようになった。現実に、労働時間の延長に伴い、牛馬の数は半減した。(続く
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承前)二毛作、二期作のためには肥料が必要になるが、現金での購入が必要なために、現金収入を求めて農民は手工業を始めた。現代で言えば、副業を始めたわけだ。(続く
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承前)江戸時代の勤勉革命を現代の文脈でいえば、生産性(=土地利用効率)の追求が、低効率な業務ツール(=牛馬)の内製化(=農民自身による代替)と、副業(=手工業)を推進したということだ。(続く
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承前)勤勉革命の時代、土地が開墾しつくされて人口増加が頭打ちになっており、牛馬代替と手工業導入に充てる労働力は、もっぱら家族の動員と、労働時間の長時間化によってまかなわれた。これも人口減少に直面した現代日本とよく似た現象だ。だが違いもある。(続く
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承前)江戸時代の勤勉革命において、労働時間の長時間化は、いずれも明確なリターン(=生産を倍加する二毛作、二期作、すぐに現金を得られる手工業)に対するモチベーションで支えられていたということだ。これは各農民が小事業者として自立していたから可能だった。(続く
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承前)翻って、サラリーマンというのは、自身の生産の分配を受ける存在ではない。会社にもたらした利益が1000万でも1億でも給料は変わらない。また、そもそも利益の明確でない業務についていることも多い。このような状況下においては、長時間労働はしばしば「苦役」となる。(続く
κοιδε, καζυ-ίδε @ediok_koide
承前)本来、利益の分配を受けないサラリーマンには、長時間働くモチベーションは存在しない。残業代というのは、使用者が「もっと働いてほしい」から支払うものだ。サラリーマンが長時間労働に従事するのは、江戸時代の「勤勉革命」で培われた勤勉性の残滓に過ぎない。(続く
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承前)しかも、技術革新による生産性向上はたゆみなく行われており、企業内には機械に業務を代替された余剰人員が多数滞留している。ここで、勤勉性だけが一人歩きした結果、現代日本の企業には、これら余剰人材の「長時間労働」を保証するための「管理業務」が増加していくことになった。(続く
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承前)これらの「管理業務」は、その社内における「重要性」を担保するために、しばしば一般職員を巻き込んで大々的に遂行されることになった。このために、生産部門に属する社員の労働時間はますます奪われている。(続く
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承前)日本の労働生産性向上のカギは、江戸時代の勤勉革命にある。業務内製化と副業の推進がエッセンスだ。そしてその労働力は、管理業務に従事する余剰人員によって賄われることだ。さらに、社員のモチベーションを高めるためのリターンの明確化についての工夫だ。(おわり

コメント

hamp@横浜山中 @32hamp 2017年8月20日
よっくわかるわー。 前の会社が、毎日、管理用に提出したり描き込んだりするブラウザフォームが異常に多く、また、それらのせいで仕事に熱中することが出来ないという「俺ら、人事に『綺麗な労働記録』を渡す為に仕事してるの?」という有様だった。 更にヤバイのは、それにより、モチベーションや生産性まで下がっていた事だ。
フルグラ美味しい @frugura 2017年8月20日
現代の労働の在り方を語るのに、江戸時代の農業を長く語る必要があったんだろうか?
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