オカルト探偵あきつ丸 -月を見て酒を食べるのこと-

竹村京さん(@kyou_takemura)の書いてくださった、落ちぬい二次のオカルト探偵あきつ丸シリーズです。 今回は酒のからみのあるのおはなし。 ダークオリエンタルファンタジーな世界観を是非ご堪能くださいませ! 続きを読む
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はじめに

竹村京 @kyou_takemura

#落ちぬい二次 、はじまります。本作は #不知火に落ち度はない 及び #人造人間あきつ丸 の二次創作であり、オフィシャルではありません。意見、指摘などは #落ちぬい タグにお願いします。

2017-09-07 23:16:30

本編

竹村京 @kyou_takemura

オカルト探偵あきつ丸 -月を見て酒を食べるのこと- #落ちぬい二次

2017-09-07 23:18:20
竹村京 @kyou_takemura

影であった。 女であった。 白く輝く月下の海に、影と女が立っているのである。#落ちぬい二次

2017-09-07 23:19:41
竹村京 @kyou_takemura

「よい月でありますな」 黒い女が言った。 影は答えない。再び、同じ言葉をかける。 「よい月で、ありますな」#落ちぬい二次

2017-09-07 23:21:50
竹村京 @kyou_takemura

ようやく、影の女は自分に声をかけていたのだと気付いたらしい。身じろぎし、ぎこちなく首を回した。皓々たる月の光の下で、影の女の姿は何やらもやもやとして判然としない。#落ちぬい二次

2017-09-07 23:23:28
竹村京 @kyou_takemura

「月?」 まるで、月というものが何であるか分かっていないようである。 「空にある、あれでありますよ」 「ああ、あれか。確かに、綺麗な物だな」 黒い女が空を示してやると、初めてそれに気付いたというように月の美しさを称えた。#落ちぬい二次

2017-09-07 23:24:48
竹村京 @kyou_takemura

「月見酒でもどうでありますか」 「酒とは何だ」 「これでありますよ。月を眺めて飲む酒は格別であります」#落ちぬい二次

2017-09-07 23:25:52
竹村京 @kyou_takemura

外套から瓶子と盃を二つ取り出し、一つを影の女に渡す。瓶子から影の女が掲げた盃に酒を注ぐ。影の女は白くどろりとしたそれを月明かりに翳して不思議そうに見て、黒い女に勧められるがままに口に含んだ。その顔が妙な表情に歪む。#落ちぬい二次

2017-09-07 23:27:33
竹村京 @kyou_takemura

「なんだこれは。酒とはえらく不味いものだな」 黒い女は、くつくつと笑いを噛み殺しながら言った。 「不味いとは失礼でありますな。古式に則って作った手製の酒でありますよ」 「お前がこれを作ったのか? それは悪い事を言った」#落ちぬい二次

2017-09-07 23:29:08
竹村京 @kyou_takemura

「いや結構結構。古い作り方ゆえ、味が悪いのは当然であります」 醴酒という。蒸米と麹に酒を加えて醸す、一夜酒である。味は甘く酸いが、古代のものゆえ荒々しい。酒精も弱く、米の形もほぼそのままの、甘酸っぱい粥のような酒であった。#落ちぬい二次

2017-09-07 23:30:15
竹村京 @kyou_takemura

その瓶子を下げ、別の瓶子を掲げた。 「こちらは、本職の杜氏が作った佳い酒でありますよ」 黒い女が盃に注いだそれは先程の醴酒と同じく白かったが、とろりとした液体であった。#落ちぬい二次

2017-09-07 23:32:02
竹村京 @kyou_takemura

影の女が口に含む。 「ほう、これは」 どぶろくであった。ただの濾していない濁り酒ではなく、火入れもしていない正真正銘のどぶろくであった。 「甘露とは、これのことか」#落ちぬい二次

2017-09-07 23:34:20
竹村京 @kyou_takemura

甘く、酸っぱく、生きた酵母が作り出す炭酸が舌をぴりぴりと刺激する。その具合が丁度良く、心地よかった。 「うまいでありましょう」 黒い女も、その酒を口に含んだ。 「うまい」#落ちぬい二次

2017-09-07 23:37:27
竹村京 @kyou_takemura

黒い女は影の女の盃に酒を注ぎ、己の盃にも酒を満たして、言った。 「生憎と酒のあての用意がありませぬゆえ、月を肴に酒をいただきましょう」 「どうするのだ」 黒い女は盃を掲げ、酒の水面に月を写す。 「盃に月を浮かべ、月もろともに酒を飲むであります」#落ちぬい二次

2017-09-07 23:38:53
竹村京 @kyou_takemura

一口に盃を干す。影の女も、黒い女がしたように月を浮かべた酒を飲んだ。 「腹の中で酒と月の精が溶け合うようでありましょう」 「言われてみれば、そんな気も、する」 黒い女が影の女の盃に酒を満たす。また、月と酒を飲み干した。#落ちぬい二次

2017-09-07 23:40:29
竹村京 @kyou_takemura

「月とは何だ」 影の女が、月を見て、月を飲みながら問うた。 「月は、この星を周る小さき星であります」 「そのくらいは知っている。こうして私が飲んでいる月とは何かということだ」 ああ、と黒い女は頷き、月を見上げて言う。#落ちぬい二次

2017-09-07 23:41:40
竹村京 @kyou_takemura

「月とは、魂を震わせるものであります」 「震わせる、とは?」 「心の裡に好いた人がいればひたすらに愛しくなり、心の裡に獣が棲んでいれば身も心も獣と成り果てる。そういうものであります」#落ちぬい二次

2017-09-07 23:42:53
竹村京 @kyou_takemura

「そういうものか」 影の女はまた一口、月と酒を飲む。黒い女が問うた。 「貴方の心は、いかがでありますか。愛しさか、獣か」 「知らぬ」 「知らぬ?」#落ちぬい二次

2017-09-07 23:44:30
竹村京 @kyou_takemura

「愛しいものはおらぬ。かといって獣もおるようなおらぬような。ただ、ぞわぞわと浮き立つような心持ちだ。それが、何やら心地よい」 「左様でありますか」 「そう言うお前はどうなのだ。獣でも飼っておるのか」#落ちぬい二次

2017-09-07 23:45:50
竹村京 @kyou_takemura

「存じませぬ」 「なに?」 「人の心はあやふやでよくわからぬもの。それは己の心とて同じであります」 「偉そうに講釈を垂れておいて、分からぬとはな」 影の女はひとしきり笑い、また盃を干した。 瓶子が空になると、黒い女は残った雫を指で拭って名残惜しそうに舐めた。#落ちぬい二次

2017-09-07 23:47:20
竹村京 @kyou_takemura

「さて、では自分はそろそろ」 「そうか。礼の一つもしてやりたいが、見ての通り身一つでな。礼物どころか、自分が何者かさえ分からぬ。許せ」#落ちぬい二次

2017-09-07 23:49:07
竹村京 @kyou_takemura

影の女は随分と饒舌になっている。酒のためばかりではない。酒を口にするまでは意識があるようなないような有様であったのに、今は尋常の者と変わらぬ口ぶりである。見れば、もやもやとしていた姿もはっきりとした形を取っている。#落ちぬい二次

2017-09-07 23:50:36
竹村京 @kyou_takemura

「礼など不要でありますよ。代わりに酒の対価を頂戴したい」 「対価だと? だが身一つだと言ったではないか」 「その身一つでできる事であります」 にや、と笑った黒い女を見て、影の女は眉根を顰めた。 「何か企んでいるな?」#落ちぬい二次

2017-09-07 23:52:14