創作荘東京オフ会小説『絡めた指、唐草模様』その9・その10

謎めいた占い師に導かれ、ベスビオ山の噴火に名実ともに巻き込まれる破目に……。
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ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

#創作荘 東京オフ会小説 絡めた指、唐草模様 9  「私、探してきます」  迷わず私は答えて、また会場を後にした。  オフ会会場を出たら、私を待ち受けていたのはどこかの街中だった。強い陽射しを浴びた石造りの四角い建物が通りに沿って立ち並び、道端には露店が軒を連ねて食べ物や

2017-09-12 22:06:11
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

雑貨を売っている。それだけなら、テレビか何かで目にした光景だ。 通りを往き来するのは、鈍い銀色の鎧を着て剣を吊った兵士や、ゆったりした長い衣をまとった男性や、数人の男性に担がれた輿に乗る女性だった。店にいる人達も、現代風の格好の人は一人もいない。皆大真面目な表情をしている。

2017-09-12 22:07:47
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

「もし、そこの人」  急に声をかけられて、思わず肩が震えた。  聞こえた方に顔を向けると、露店の切れ目にある裏路地に、かすかに人の顔が浮かんでいた。良く目をこらすと、黒い服を身につけているせいで顔だけ目立っているのがはっきりした。 「浅縹さん!」  地獄に仏といったら大袈裟か。

2017-09-12 22:09:02
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

私は駆け足に近い速さで裏路地に入った。そして、吸い込まれるように浅縹さんの正面に座った。 実のところ、浅縹さんも露店を構えていた。ひんやりした日陰に、木で組んだ簡素な仕組みで、それがかえって浅縹さんのエキゾチックな美貌を増していた。店主と客を仕切る、四角い枠の上辺に、長方形の

2017-09-12 22:10:18
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

看板がつけてある。誰にでも分かるように、三枚のカードを添えた水晶玉が描いてあった。私が座ったのは、背もたれのない丸い椅子。浅縹さんの綺麗に整った細い眉を前にして、嫌でも背が伸びた。 「あなた、私がまさに今会うと予言していた人ですね。名前も知っています。藍斗さん」

2017-09-12 22:11:22
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

淡々と浅縹さんは告げた。 「浅縹さん……占い屋さんになったんですか?」 「最初から私は占い師です。それから、仕事上、私は名前を教えることはできません。ですから、その浅縹なる名前で通しましょう」  凄い。筋金入りだ。 「それで、ここはどんな場所なんですか?」 「ポンペイ」

2017-09-12 22:12:25
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

「今、7月か8月ですよね」  表通りを照らす日光を振り返りながら、私は聞いた。 「8月」  短く占い師の浅縹さんは答えた。噴火は8月の下旬だったと記憶している。当時の暦と私のいる時代のそれがどこまでずれているかは分からないにしても、時間がないのに変わりはない。

2017-09-12 22:14:30
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

「予期しているかも知れませんけど、実は……」 「火山が噴火するのは分かっています。忠告して聞く人間がいるとは思えないので、皇帝陛下に近かった人間に避難の手立てを整えるよう希望を伝えました。でも、滅多なことで噴火を口にしてはなりません」  史実では何千人かの人々が亡くなった。

2017-09-12 22:15:27
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

それは、動かしようのない事実。急に曲げられて元に戻らない危険を、日常やいつも通りという言葉はいつも抱えている。 「はい、すみません」 「謝ることではありません。むしろ心強いです」  そう言われて余計に恐縮した。 「浅縹さんの脱出は?」 「役割を果たせば」 「役割?」 続く

2017-09-12 22:16:37
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

#創作荘 東京オフ会小説 絡めた指、唐草模様 10  「皇帝陛下は独身ですが、恋人がいました。ユダヤ王国の王女で、ベレニケ様と仰る方です。しかし、陛下の即位に際し、ベレニケ様が外国の王女として政治に干渉するのではないか、と市民が不安に思い、陛下は敢えてベレニケ様を遠ざけました」

2017-09-13 19:46:51
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

皇帝としては、とても立派な行為なのだろう。そうは思いつつ、ベレニケさんの気持ちも気にかかる。 「ベレニケさんは、故郷に帰ったのですか?」 「建前はそうです。実際には、ここポンペイにいます。ベレニケ様の身分を隠して、街の裕福な商人の未亡人という体裁にしました」

2017-09-13 19:49:08
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

偉い人は色々ややこしい。平民で良かった。 「そして、ベレニケ様のお世話役として、ブリタンニアからやってきた女性がいます。フェリシアさんという名前で、オズボーン一族の族長の娘です。ベレニケ様は良くお忍びで私の占いをフェリシアさんと聞きにこられました」 「じゃあ、その二人と……」

2017-09-13 19:51:29
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

「フェリシアさんはともかく、ベレニケ様はポンペイを動かないと仰っていられます」 「え?」  素で私は首をひねった。 「ベレニケ様の故郷、ユダヤ王国は、ローマに反乱を企てて失敗しました。その反乱を鎮圧したローマの将軍が今の陛下です」  まるでハムレットの悲劇だ。時代は全然違うけど。

2017-09-13 19:53:33
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

「陛下に招かれてローマにきて、結局結婚を反古にされて、今また新たな住み家まで失うのには耐えられない、と」 「それで……良いんですか?」  敢えて、誰にとって『良い』かははっきりさせずに尋ねた。 「いいえ。私は手を尽くして説得しましたが、駄目でした」  段々嫌な予感がしてきた。

2017-09-13 19:54:53
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

「そこで、藍斗さん。あなたは、様々な世界で、大切なものを掴んでいらっしゃいますね? 畳とやらいう敷物が敷き詰められた狭い部屋や、自分の尻尾を噛む喋る蛇のいる森で」  さすが浅縹さん。見た目に違わない魔力(?)だ。 「あなたにベレニケ様の説得をお願いしたいのです。お礼なら幾らでも」

2017-09-13 19:55:53
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

「お礼は少し置いておいて、私の話なんて聞いて頂けるんでしょうか?」  卑下や謙遜じゃなく、極端過ぎると思う。 「あなたしかいません。ベレニケ様に、新しい可能性をもたらしめるのは。お願いします」 「あの……ちなみにうまく行くかどうか、占っては……」 「それはできません」

2017-09-13 19:56:52
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

浅縹さんは無慈悲に宣告した。 「それを占ってはならないと、占いで明確になったからです」  何だか割に合わない。と言って、浅縹さんが嘘をつくはずがない。 「分かりました。でも、どうやって会えばいいんですか?」  相手の立場が立場なだけに、そう簡単に顔を合わせてくれるとは思えない。

2017-09-13 19:57:34
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

「まずフェリシアさんに会って頂けますか? そうすれば、段取りがつきます。フェリシアさんは、噴水広場に面した商館にいます。大きな帆船の看板がありますから、すぐ分かります」  それ以上ぐずぐずしている余裕はなかった。挨拶もそこそこに、私は教えられた通りに噴水広場へ向かった。

2017-09-13 19:58:27
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

十分くらいで商館はすぐに見つかった。とても大きな建物だけに人の出入りも激しい。構うものか。私は遠慮なく玄関のドアを開けた。室内は、想像していたよりは明るかった。帳簿をつける人がいる一方で、大きな革袋を出したりしまったりする人がいる。 「ローマ行きの船は何隻手配できたの?」 続く

2017-09-13 19:59:54