- dzurablk_kai
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一度目の奇跡は、艦娘として生まれ変われたこと 二度目の奇跡は、妹たちと共に過ごせた時間 三度目の奇跡は、まだ無い #今夜の川内神通
2017-09-17 15:13:30川内にとって神通は、初めての妹だった 同年に起工した三隻の姉妹艦の中で、進水日も同年という双子とでも言うべき存在 軍艦としての前世では同じラバウルにも駐屯しており、旧式の四本煙突どうし肩を寄せ合うように停泊していた様はさながら本物の姉妹のようだと言われたものだ #今夜の川内神通
2017-09-17 15:16:51川内は軍艦だった頃から、神通を愛してやまなかった おそろいの煙突におそろいの艦首、おそろいの滑走台と、言葉を発することこそできなかったものの、この世にただ一隻の双子の妹の存在は、かけがえの無い大切なものだったのだ #今夜の川内神通
2017-09-17 15:21:38それは度重なる改修で煙突や艦首の形状がおそろいでなくなってからも変わりなく、末の妹に近しい姿に変わり行く神通のシルエットに最初は那珂への嫉妬こそ覚えたものの、改修や編成替えがあるたび川内は神通のために喜んで、自らのための貴重な機会を差し出したりもした #今夜の川内神通
2017-09-17 15:25:08二水戦旗艦として艦首にカタパルトを装備した神通の、力強いシルエットに、観測用気球を覚束ない手順で空へ浮かべる愛嬌あふれる仕草 満艦飾に着飾った様も印象深い #今夜の川内神通 pic.twitter.com/69e0mf6I1O
2017-09-17 15:30:13自らと同じはずの姿でありながら、神通は心底美しい船だったと川内は今でも思っている どの角度、どの高度から見てもそれは変わりなく、そんな神通をどんなに遠距離から見ても一目で見分けられる自信が川内にはあった #今夜の川内神通 pic.twitter.com/mcKhiSWlPw
2017-09-17 15:35:38あまりの神通可愛さに、川内は水偵を用いてこっそり隠し撮りしたこともあった 艦娘として人の肉体を得たあとでしこたま怒られたものだが、そんな光景も今や懐かしい #今夜の川内神通 pic.twitter.com/aPCa6VvfMW
2017-09-17 15:42:03神通の辿った航跡やシルエット、戦い様、それらの全てが大好きだった それは人の目を持たなかった軍艦の頃から川内の心のフィルムに焼き付けられ、艦娘として受肉した後も大切な思い出であり続けていた #今夜の川内神通 pic.twitter.com/Jw1XTserEc
2017-09-17 15:46:01そのため川内は、愛する神通が自分を差し置いて真っ先に沈んだという前世の末路が、信じがたかった 艦娘として生まれ変わった現世でもそれは変わりなく、絶対に神通を失うまい、死なせまいと心に決めていた #今夜の川内神通
2017-09-17 15:53:48だが神通はまたしても沈んだ、まるで過去の因縁に囚われたかのように 艦娘としての神通の二度目の享年は19歳、奇しくも軍艦だった頃の進水日から数えた艦齢と同じ歳だった #今夜の川内神通
2017-09-17 15:56:07一度目の奇跡は、艦娘として生まれ変われたこと 二度目の奇跡は、妹と共に過ごせた時間 三度目の奇跡は、神通が生き返ったことだった #今夜の川内神通
2017-09-17 16:31:16轟沈から数日が経過してもなお、海の棺に封じられていた神通の亡骸は綺麗なままだった つい最近読みかじった法医学の書籍によると水中での人体の腐敗の速度は空気中とは比較にならないほど緩やかなものらしいが、その説は正しかったらしい #今夜の川内神通
2017-09-17 16:33:11川内は近視用の眼鏡を軽く指先で持ち上げながら、薄暗い地下室の中で慎重に神通の着衣を剥ぎ取っていく 生前と全く代わりの無い、女性らしいふくよかな肉体は今や石のように硬く海水のごとき冷たさで、しなやかな温もりを湛えていたかつての面影は既に無い #今夜の川内神通
2017-09-17 16:35:47解剖台代わりの長机の上でなんとか衣服を脱がし終えた川内は、泊地から神通の亡骸とともに盗み出した持参した荷物の中にうずもれかけている医療キットの中から、採血用の注射器を取り出した 見よう見まねでフィルムを剥がし、プラスチックの先端に針をはめ込む #今夜の川内神通
2017-09-17 16:39:04川内が今まさに行おうとしているのは、人として禁忌とも言える実験であった 鎮守府で度々目にした機密書類と、神通が死んでからのこの数日で一気に読破した手当たり次第の医学書 それらの記載を統合した結果決して不可能ではないと導き出した推論、すなわち死者蘇生の実験である #今夜の川内神通
2017-09-17 16:44:51驚異的な治癒力を持つ深海棲艦のDNAを死して久しい神通の体内に注入することで、神通は蘇ることができる 最早狂気とすら言えるそんな与太事を川内は本気で実行しようとしていた #今夜の川内神通
2017-09-17 16:46:57川内は部屋の片隅に打ち捨てられた軽巡タイプの深海棲艦の遺骸の、今なお多くの血液が貯留したままである心臓付近に注射器を躊躇無く突き刺した 放棄されてかなり経つ司令部から程遠い無人島の泊地跡に神通を運び込む傍ら、行きがけの駄賃として撃破しておいた敵艦だ #今夜の川内神通
2017-09-17 16:50:19深海棲艦から引き抜いた夜の闇のように黒い体液は、揺れる石油ランプから放たれた光が当たる角度によって、青色とも緑色ともつかぬ神秘的なきらめきを発している 黒雲母のように自在に色調を変えるその液体は川内にとってまるで、神通の誕生石であるターコイズのように見えた #今夜の川内神通
2017-09-17 17:05:58この注射器を神通の亡骸だけでなく自らの腕にも突き刺せば、神通と二人、海のそこで永遠の命を生きられるのだろうか そんな思い付きが川内の脳裏をよぎる だがよくよく考えてみると、肝心の神通が生き返らないままに過ごす永遠の命になど何の価値も無いことは自明の理であった #今夜の川内神通
2017-09-17 17:07:54かくして、賭けは成功した 川内の思惑通り神通は生き返ったのだ ただし、かつての記憶と人の心を全て失った、さながら生まれたての深海魚のような透明な存在として #今夜の川内神通
2017-09-17 17:10:45「神通おはよっ!!」 「ほら、朝ごはん作ったから一緒に食べよ!?」 「今日は何しよっか、ほしい物とかない? 私が何でも買ってきてあげる!」 如何に蘇生したとはいえ、当初の神通は失語症患者のように黙したまま、川内のどんな言葉にも返事をしなかった #今夜の川内神通
2017-09-17 17:20:47「ねえほら、また前みたいに姉さん、って呼んでよ? ちっちゃかった頃みたいにお姉ちゃんって呼んでくれてもいいんだよ?」 そんな必死の説得を毎日のように続けるうち、ようやく神通は少ないながら言葉を発すようにはなったものの、相変わらず表情に変化は訪れない #今夜の川内神通
2017-09-17 17:26:28「ねえ、どうしちゃったの神通? 前みたいに笑って、私に優しく微笑んでよ・・・お願いだから、ね・・・?」 そんな懇願を涙ながらに繰り返したことも、枚挙に暇が無い だがそれでも神通は笑うことも、泣くことも、怒ることも無かった #今夜の川内神通
2017-09-17 17:29:04