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山本七平botまとめ【空気の研究⑦】日本社会はアニミズム(空気主義)の世界/~臨在感的把握の絶対化に基づく”空気の支配”を「悪」と規定した一神教~

山本七平著『「空気」の研究』/「空気」の研究/66頁以降より抜粋引用。
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山本七平bot @yamamoto7hei

①人間はすべて同じ人間である、ということは確かにいえる。 ただしそれは、「人間がもし臨在感的把握を絶対化することによって逆にその対象に支配されればその人間は、同じ型の行動をする」という意味で言えることであって、(続

2017-09-16 17:12:12
山本七平bot @yamamoto7hei

②続>もし、臨在感的把握を罪と規定し、そういう把握をした者は死刑にする(これはちょうど日本の逆)という伝統に生きている民族があれば、どちらも同じ人間であるがゆえに、その行動の型は全く違ってくるはずである。 簡単にいえば、同じ人間だから違ってくるのである。<『「空気」の研究』

2017-09-16 17:42:06
山本七平bot @yamamoto7hei

③そして「人間はみな同じ」を口にする人が見落しているのは、「同じだから違う」というこの関係である。 もちろん「同じだから同じ」の面もあるのであって、民族はすべて別種であるかの如く言う″空気″が出来れば、それは誤りである。

2017-09-16 18:12:15
山本七平bot @yamamoto7hei

④この問題もまた、相対的であるから″空気″で決定されるべきではない。 従って以下に記すのは「同じだから違う」一面――ただし大切な一面――にすぎない。

2017-09-16 18:42:07
山本七平bot @yamamoto7hei

⑤私が「遺影デモ」に関心をもったのは、これをもしイスラム圏、その中でも特に「影像禁止」が徹底しているサウジアラビアで行なったら、どういう結果になるであろうと考えたからである。 影像禁止とか偶像禁止とかいうイスラム教・ユダヤ教・キリスト教の一部にある考え方の基本は、(続

2017-09-16 19:12:15
山本七平bot @yamamoto7hei

⑥続>「物質はあくまで物質であって、その物質の背後に何かが臨在すると感じてこれから影響をうけたり、それに応対したり、拝礼したりすることは、被造物に支配されてこれに従属することであるから、創造主を冒瀆する瀆神罪だ」 という考え方が基本になっている。

2017-09-16 19:42:06
山本七平bot @yamamoto7hei

⑦従ってそういう瀆神を誘発しそうなものは「悪」であるから、これを排除する。 いわば臨在感的把握の絶対化に基づく″空気の支配″は「悪」なのである。 昔は偶像礼拝は死刑であり、今でも死刑のはずだが、実際には判例はあるまい。 サウジアラビアでは、人形の首まで切るそうだから――。

2017-09-16 20:12:20
山本七平bot @yamamoto7hei

⑧従ってこの国では、御真影や水天宮の影像や遺影デモの写真などは即座に破って捨てないと大変な事になるのだが、たとえその行為が福沢諭吉と全く同じであっても、彼らはそうする事が「科学的」だと考えてやる訳ではない。 これらの国も今では近代化を進めている。いずれ公害問題も出る事であろう。

2017-09-16 20:42:07
山本七平bot @yamamoto7hei

⑨そこでイタイイタイ病のような問題が起って「遺影デモ」をやったら、どうなるであろうか。 これは架空の問題だが、専門家にきいてみると「例がないから想像がつかない」そうである。

2017-09-16 21:12:14
山本七平bot @yamamoto7hei

⑩もちろん「全員が首をはねられる」こともありうると思われるが、故ファイサル王暗殺の原因がテレビという「影像」の導入であったと言われているのだから、「遺影デモ」への処分は確かに想像に絶することであろう。

2017-09-16 21:42:08
山本七平bot @yamamoto7hei

⑪だがこれらの事は全て「それが科学を生み出した基本的な精神構造だ」とは言いえても(これにはもちろん異論がありうる)、暗殺も想定される処分も、直接には科学と何の関係もない。 「テレビの導入が暗殺に通じた」などという話をきけば、日本人は逆に「何と非科学的な」というかもしれない。

2017-09-16 22:12:19
山本七平bot @yamamoto7hei

⑫だがこれもまた、非科学的とは別の問題である。 この伝統は西に向うほど一見、弱くなる。 アラビアはアラベスクしかなく、マルク・シャガールが出るまでユダヤ人には造型美術家はいないが、キリスト教世界には、影像はいくらでもある。

2017-09-16 22:42:10
山本七平bot @yamamoto7hei

⑬もっともそのキリスト教世界のローマン・カトリツクとギリシャ正教との分裂は、影像問題に端を発しており、この両教会でも、対象への臨在感的把握の絶対化すなわち偶像礼拝は「罪」である。

2017-09-16 23:12:16
山本七平bot @yamamoto7hei

⑭また初代キリスト教徒が、伝来のギリシャ・ローマ美術に対して行なった偶像破壊の跡は、今にして見れば「科学的」どころか恐るべき「蛮行」としか見えない。 だが、基本的には同じ考え方の偶像破壊・影像破棄は今でもイスラム圏では行なわれており、必ずしも「野蛮」では片づけられない。

2017-09-16 23:42:07
山本七平bot @yamamoto7hei

⑮一体これはどういうことなのか。 一言でいえばこれが一神教の世界である。 「絶対」といえる対象は一神だけだから、他のすべては徹底的に相対化され、すべては、対立概念で把握しなければ罪なのである。 この世界では、相対化されない対象の存在は、原則として許されない。

2017-09-17 08:12:17
山本七平bot @yamamoto7hei

⑯これについては後述するが、この相対化が徹底している世界、いわば旧約聖書の世界などは、一見つきあえそうに見えて、半世紀近くつきあっていると、「こりゃ、到底つきあいきれないのではないか」と思わざるを得ないほど、徹底的に相対化しているのである。 これでは″空気″は発生しえない。

2017-09-17 08:42:06
山本七平bot @yamamoto7hei

⑰発生してもその空気が相対化されてしまう。 そして相対化のこの徹底が残すものは、最終的には契約だけということになる。 一方われわれの世界は、一言でいえばアニミズムの世界である。 この言葉は物神論(?)と訳されていると思うが、前に記したようにアニマの意味は″空気″に近い。

2017-09-17 09:12:15
山本七平bot @yamamoto7hei

⑱従ってアニミズムとは″空気″主義といえる。 この世界には原則的にいえば相対化はない。 ただ絶対化の対象が無数にあり、従ってある対象を臨在感的に把握しても、その対象が次から次へと変りうるから、絶対的対象が時間的経過によって相対化できる――ただし、うまくやれば――世界なのである。

2017-09-17 09:42:07
山本七平bot @yamamoto7hei

⑲それが絶えず対象から対象へと目移りがして、しかも移った一時期はこれに呪縛されたようになり、次に別の対象に移れば前の対象はケロリと忘れるという形になるから、確かに「おっちょこちょい」に見える。だがこの世界では「おっちょこちょい」に見える状態でないと大変な事になってしまう筈である。

2017-09-17 10:12:18
山本七平bot @yamamoto7hei

⑳簡単にいえば、経済成長と公害問題は相対的に把握されず、ある一時期は「成長」が絶対化され、次の瞬間には「公害」が絶対化され、少し経って「資源」が絶対化されるという形は、「熱しやすくさめやすい」とも「すぐ空気に支配される」とも「軽佻浮薄」ともいえるであろうが、(続

2017-09-17 10:42:07
山本七平bot @yamamoto7hei

㉑続>後でふりかえってその過程を見れば、結構「相対化」したような形になりうる世界である。

2017-09-17 11:12:13
山本七平bot @yamamoto7hei

㉒それは良くいえば、その場その場の″空気″に従っての「巧みな方向転換」ともいえ、悪くいえば「お先ばしりのおっちょこちょい」とも言えるであろうが、見方によってはフランスの新聞が日本のオイルショックヘの対処を評したように「本能的」とも見えるであろう。

2017-09-17 11:42:07
山本七平bot @yamamoto7hei

㉓だが私はこれは結局、アニミズムの社会の伝統的行き方であり、われわれがその時点その時点での″純粋な人間″と評する人びとは、結局この民族的伝統に純粋に忠実な人の意味であろうと思う。

2017-09-17 12:12:18
山本七平bot @yamamoto7hei

㉔そしてこの世界の破局的な危険は、全民族的支配的″空気″が崩れて他の″空気″に変ることなく、これが純粋な人間に保持されて、半永久的に固定化し永続的に制度化したときに起るはずである。 それはファシズムよりもきびしい「全体空気拘束主義」のはずである。

2017-09-17 12:42:06
山本七平bot @yamamoto7hei

㉕それを避けるには、どうすればよいか。 アニミズム的ジグザグ型相対化に基づく自由、それによる対象からの解放という状態は、確かに、平和・平穏を保障された環境を前提とする転換期・成長期に起る諸問題の解決には、よい方法であったと思う。

2017-09-17 13:12:14
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