創作荘東京オフ会小説『絡めた指、唐草模様』その15・その16
#創作荘 東京オフ会小説 絡めた指、唐草模様 15 ドアを開けると、私は火事に巻き込まれていた。辺り一面煙まみれだ。手で口を抑え、姿勢を低くして耳を澄ますと、どこかからかすかに馬のいななきや金物か何かが触れ合う音がした。そちらへ歩き出そうとした。
2017-09-18 00:19:59「まだ残っている人間がいるとは。今は建物から出ずに、床に這っていなさい」 かすれがちながらも、有無を言わさない口調だった。男ではなく若い女性。無視できない力を感じて、私はその通りにした。床は石畳で、燃えはしない代わりにとても熱い。火傷しなくてすむぎりぎりの温度だった。
2017-09-18 00:21:11身体の向きを変えて、誰が語りかけたのかをはっきりさせる。 「土星の女王さん!」 あの素敵なゴスロリファッションのお洒落さんが、煤まみれな上にほつれた髪がばらばらになったまま床に伏せている。 「冗談はおよしになって。私はただの平民で、土星になんか行ったこともありませんわ」
2017-09-18 00:22:09いきなり自己否定から始まってしまった。 「でも……」 「そんなことより、天井が焼け落ちた直後に窓から飛び降りるのです」 「ここ何階ですか?」 「三階です。窓の下には池がありますから死にはしませんわよ。運が良ければ」 「う、運が……」 がらがらがらと音を建てて、
2017-09-18 00:22:51そこかしこに火の粉や燃えさしが落ち始めた。 「今よ!」 女王の合図で、私は彼女の背中を追って走った。天井を組んでいた柱が次から次へと床に転がり、振り向く暇さえ与えられなかった。 女王が窓から姿を消し、私も続いて……と、言いたいところだった。実際には、まず下を見た。
2017-09-18 00:23:34確かに池があり、花が開くように女王のスカートが広がっていた。その直後、大きな音と水柱を上げて池に突っ込んだ。正直なところ、後に続きたくはなかった。天井を見上げると、一際大きな梁が私の頭をめがけて降ってくる。無理矢理女王に続いて飛び降りせねばならなくなった。 空中で、ごーっと
2017-09-18 00:24:18音がするのを聞きながら、怖くて目を瞑った。 まだ着水しないのかなと思って目を開けた瞬間、池に落ちた。泳げはするけど、ショックで手足がすぐには動かない。女王の姿は簡単に見つかった。岸辺の、池底に近い場所にトンネルのような穴が開いている。その縁に入りかけた格好のまま、
2017-09-18 00:25:12私を待っていた。私と目が合うと、そのまま泳いで穴に消えた。それで、ショックが収まり、私も続いた。濡れた服が邪魔で中々進まない。だからといって脱ぐ気にもなれない。息が続くか心配だった。 穴の中は、光がなく真っ暗だった。少し泳いだだけで、指先が壁か何かにぶつかった。
2017-09-18 00:25:53手触りで、梯子段がくっつけてあるのが分かり、それをたどって上へ昇った。意外にもすぐに灯りがぼんやりと水面ごしに見え、思っていたより簡単に水から頭が出た。穴は明らかに人がこしらえたもので、水面より高い場所に船着場のような足場があった。 「良く頑張りました。でも、これからですわ」
2017-09-18 00:26:33女王が、上半身を乗り出して告げた。右手には火をつけたランタンを持っている。ずぶ濡れの身体をどうにか引き上げ、足場にたどりつくと、女王はタオルを頭にかけてくれた。乾いた布の肌触りが、とても心地よかった。 「歩きながら身体を拭くのですよ」 「ありがとうございます」 続く
2017-09-18 00:27:39#創作荘 東京オフ会小説 絡めた指、唐草模様 16 それからは、二人して水滴を滴らせながら足場を進んだ。 「それにしても、やっぱり大失敗ですわね」 濡れそぼった足跡を残しながら、女王は言った。 「あ、はぁ……」 「あんな男どもの立てた計画に私達を協力させて」
2017-09-19 00:27:12そこは同調すべきなのだろうけれど。 「真っ先に殺されて、残った私達こそいい面の皮ですことよ」 私『達』って……。 「でも、あいつはとにかくどうにかしないと」 「あいつって……誰ですか?」 間抜けな質問でも、それと承知でしなければならない時がある。
2017-09-19 00:29:47「イングランドのエドワード一世に決まっていますわ」 「えーと、今……キリストが生まれてから何年目ですか?」 「1305年。あなた、火事や飛び降りで記憶があやふやになってません?」 はい、あやふやです。存在自体が。 「あと、ここはどこですか?」
2017-09-19 00:30:52「やっぱりあやふやになっていらっしゃるのね……。スコットランドですわ。厳密にはダンバートン。総督ジョン・ド・メンティスの別荘ですのよ」 現実、というか現在は、スコットランドはイギリスの一地方で、それに納得しない地元の人々が独立のための住民投票までしたことがある。
2017-09-19 00:31:35僅かな差で独立はなしになった。その根っこの時代にきてしまった。 「それで、これからどこに行けばいいんでしょう」 「オズボーン様の倉庫です」 「オズボーン? ひょっとして、泥炭取引の……」 「変なところで記憶がはっきりしてらっしゃいますのね」 けげんそうな声音に、吹き出しかけた。
2017-09-19 00:32:53ご先祖様にはお世話になりました。 「さっきはどんな計画だったんですか?」 自分の置かれた状況を知る意味でも、女王が何に巻き込まれたのかを知る意味でも、これは早い内に掴んでおきたい。 「メンティスはスコットランドを裏切ってエドワード一世の家来になりましたの」
2017-09-19 00:34:20割と良くある話ではある。 「でも、メンティスの家来には、それを許せない人もいましたわ。それで、この別荘にエドワード一世がくるっていうから、まとめて火事を装って殺害するはずでした」 国家的陰謀を、恐ろしげもなく女王は口にした。いや、女王だからおかしくはないか。
2017-09-19 00:35:14「殺害を計画したのは、この別荘を管理していた使用人でした。私達は別荘のメイドで、有無を言わせず参加させられたんですの。はーやれやれ。他のメイドを逃がしといて良かった」 「逃がした?」 「メンティス自身の邸宅ならまだしも、こんな田舎の別荘にイングランド王がくるわけありませんわ」
2017-09-19 00:36:14女王はとても冷静に事態を把握していた。 「大方、メンティスが自分に逆らう人間をまとめて始末しようとしたのでしょう。だから、メイド達には、前日になってから一人一人別な理由を取り繕って家に帰るようにしました」 「でも、あなたはどうして残ったんですか?」
2017-09-19 00:37:13「メイド頭だからですわ。それに、お屋敷の最後を見届けるつもりでした。陰謀を企てた男どもは、メンティスの家来に別荘ごと囲まれて、観念して自分達で火をつけましたのよ」 それで、あの火事に……。女王も相当肝が座っている。 「このトンネルは、どうやって知ったんですか?」 続く
2017-09-19 00:38:04