創作荘東京オフ会小説『絡めた指、唐草模様』その17・その18
#創作荘 東京オフ会小説 絡めた指、唐草模様 17 「オズボーン様が、こっそり教えて下さいましたの。暗殺計画を、それとなく察して、メイド達まで連座する必要はないので土壇場になったら使いなさい、と。お屋敷そのものが、オズボーン商会から派遣された技師に設計されたものですのよ」
2017-09-20 00:47:13「その技師さんはどうしてらっしゃるんですか?」 「お屋敷が完成した後、毒入りの祝い酒で殺されました。十年以上も前の話ですわ。殺されてからずっと後で分かったお話だと、抜け穴の秘密が漏れてはまずい、ですって」 怒りで声が震えているのが伝わり、私は何ともいえない気持ちになった。
2017-09-20 00:49:55相手が貴族だから、オズボーン商会といえども訴えられなかったのだろう。 「さ、つきました。少しお待ち下さいな」 なるほど、足場は頑丈そうなドアで終わっていた。女王はポケットから鍵を出して、鍵穴に入れた。固く鋭い音がして、ドアは重々しく開いた。 「さ、いきましょう」
2017-09-20 00:51:39さらに、ドアの脇にあるレバーを引くと、地震のようなうなり声があちこちから響き、大量の土砂や岩が落ちる音がドア越しに聞こえた。この類の抜け穴は使い捨てにせざるを得ない。それにしても用意周到だ。それからは、もう五分ほどトンネルを歩いた。ようやくにも二枚目のドアにたどりつき、
2017-09-20 00:52:34女王は最初に三回、少し間を置いて四回、立て続けにノックした。すぐに、鍵が外されて、ドアが開いた。背の高い、若い男性が私達を見下ろした。何もいわずに背を向けて歩き出した。歩幅が広いので、私達は小走りに近い速さで後を追った。その内に、壁に松明がかかった広い部屋に至った。
2017-09-20 00:53:10沢山の樽が横倒しにして置いてある。それらに囲まれるようにして、部屋の真ん中に、一人の男性がいた。それまで先を進んでいた若い男性は、少し会釈をして元きた道を戻った。 「お疲れ様でした。着替えと食事にされますか? すぐに今後の方策を固めますか?」 にこやかに確かめるその顔には、
2017-09-20 00:53:48かすかな見覚えがあった。幼くはない。老けてもいない。多分、二十代の終盤だろう。 「オズボーン様。私達、まずブランデーを所望致しますわ」 「かしこまりました」 女王の要望に、オズボーンさんは恭しく答え、樽の一つに近づいた。そこで、素焼きの皿を二枚出して、樽の栓を少し開けた。
2017-09-20 00:54:38「去年仕込んだばかりで、まだ荒いですが、落ち着きますよ」 焦茶色の液体を満たした皿を両手に持ちながら、オズボーンさんは言った。 「ありがとうございます」 女王は皿を受け取った。同じように、お礼を述べて私も受け取った。はっきりした焦げ臭さが漂っている。
2017-09-20 00:55:26女王は立ったまま一息に飲み干した。わ、私……お酒は……。 「苦手なら、少し口に含むだけでも構いませんわよ」 少し顔を赤くした女王が、私の気持ちを察してくれた。私は軽くうなずき、ほんの一滴唇に入れた。途端に焼けつくアルコールが口の中に広がり、むせて身体が揺れた。
2017-09-20 00:56:00「今度は、もっとまろやかな品をご提供しましょう」 いかにも寛大な微笑を浮かべて、オズボーンさんは私達から皿を引き取った。 「じゃあ、報告しますわ。失敗。大失敗。その場に居合わせた味方で、残ったのは私達だけです。他は焼け死にました」 「そうですか」 続く
2017-09-20 00:56:49#創作荘 東京オフ会小説 絡めた指、唐草模様 18 まるで、料理が失敗した生徒の話を聞く調理学校の先生のような応じ方だった。 「ブルース様は?」 「まさにそれです。実は、首尾がどうあれ、あなた……達……に、密書の使者を依頼するつもりでいます。勿論、今日は休んで頂いて構いません」
2017-09-21 00:08:16「何故、私達ですの?」 女王の尋ね方は礼儀正しく、とても厳しかった。 「ブルース様のご指示で、失敗した場合、生き残った皆様は私どもで引き取ることになっているからです」 つまり、オズボーンさんの元で働け、という意味になる。 「なっ……!」 女王もこれには、咄嗟にどう反応して
2017-09-21 00:09:58良いのか分からなくなったらしい。実際問題、別荘がクーデター未遂で焼けた以上、女王の立場はとても微妙になる。身寄りが早く決まるにこしたことはない。ただ、その驚きぶりからして、何も知らされてないのは間違いなかった。 「いえ、決して強制は致しません。あー、部下の皆様も同様です」
2017-09-21 00:10:52それは、やろうと思えば、メイド達を煮ろうが焼こうが好きにできるといっているのと同じだった。それでいて、恩を売った形になる。 「着替えてすぐに出発しなければなりませんわ」 「す、すぐに?」 「のんびりしていたら、オズボーン様が別に使者を構えるかもしれません」 確かにそうだ。
2017-09-21 00:12:10「それよりは、せめて、ブルース様と顔を繋ぐ機会を得ないと。あなたは休んでいても構いませんわよ」 最後の一言は、純粋に私を気遣ってのものだとは理解できた。 「その前に伺いたいのですが、ブルースさんって誰ですか?」 それが、エドワード一世の時よりもっと切迫した質問になって
2017-09-21 00:12:58しまったのは、オズボーンさんの顔から悟った。 「オズボーンさん、彼女は脱出した時のショックで頭が混乱していますの。ブルース様とは、スコットランドの王位継承者です。イングランドのエドワード一世に一時は降参していました。今、再び決起しようとしています。それで、私とご一緒しますの?」
2017-09-21 00:14:20「はい、お願いいたします」 そう答えたのは私の本心だった。 「では、着替えのためのお部屋にご案内しましょう。慌てる必要はありません。暖炉で身体が暖まってから出て頂いてよろしゅうございます。室内にある品もお好きにお使い下さいませ」 オズボーンさんは、まずお皿を片づけてから、
2017-09-21 00:14:58私達を案内した。ブランデーを飲んだ部屋を出てから階段を上がり、窓から陽のさす部屋に入った。女王とは離れて一人になったものの、赤いレンガを組み合わせた暖炉の火に近づくとほっとした。手足ががたがた震え始めて、いかに凍えていたのかもようやく気づいた。暖炉の脇には大きめの篭があり、
2017-09-21 00:16:01畳まれた服とタオルが入っていた。少し悩んでから服を広げたら、緑色に染めた綿織りのふわふわしたワンピースが現れた。襟元と袖は白くて、すっきりしたラインになっている。ベルトは牛革で、細いけど丈夫に出来ていた。ベルトのバックルには金メッキした小さな鶏がつけてあった。質素ながら品が良い。
2017-09-21 00:16:51どのみち、くよくよ考えても始まらないから、一度身体を良く拭いてから着替えた。その途中で、遂に気づいた。今の私は、服以外に私物を持っていない。スマホはおろか、小銭一枚なかった。丸腰にもほどがある。一気に不安が押し寄せたものの、泣いたり不貞腐れたりして良い場面ではなかった。 続く
2017-09-21 00:17:35