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2017年9月28日

宮崎アニメと「君の名は」「シン・ゴジラ」「この世界の片隅に」にみる社会性とファンタジー

まとめました。
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

宮崎駿のアニメでは、個人の物語に必ず社会がはりついている。だから戦争の描写にも立体性がある。他方、吾朗ゲドも、庵野エヴァも、新海「君の名は。」も、見事に社会性が欠落している。若い世代は社会に対して疎外感しかないみたいだ。グノーシス的です。現代日本で若者が搾取されていることの投影。 pic.twitter.com/IggARp0zME

2017-09-26 15:07:19
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

右派は、左派世代の子供たちの社会展望が萎えていることに、「そうれみろ」と言いたいでしょうが、「社会という監獄/魂のグノーシス」の中に生きている世代が右傾化すると、体制への同化、戦争から「逃げちゃだめだ」的な閉塞した展望が生まれます。右派の煽るリアリティのない戦争談義もその延長です pic.twitter.com/DyD5Ew39je

2017-09-26 15:07:40
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

宮崎駿氏は21世紀になってから盛んにファンタジーが今や成り立たないということをおっしゃっています。昔はナウシカのように終末を甘美に描き得たが、現代は実世界が終末めいてきたのでファンタジーにならないと。――もっとも、宮崎さんは終末ばかり描いていたわけではありませんが。 pic.twitter.com/INOsHCC27B

2017-09-27 19:51:06
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

たぶんここにはもう一つの意味があって、要するに良い子の成長物語が描けなくなったということでしょう。危機をファンタジックに止揚したところに観客は希望を見る。しかし現代では「止揚」が幻想であることが分かりすぎているし、若い観客も社会はカフカ的な監獄に過ぎないと感じているからです。 pic.twitter.com/y1o7zrGQPL

2017-09-27 19:51:33
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

庵野/新海アニメに社会性が無いのは監督の責任ではなく、それが正直な現実というふうに言えます。『耳をすませば』のような少女漫画にも社会性を持ち込んできた宮崎さんが、ファンタジーの困難を説いている今日、『君の名は。』の二人が社会的にではなくただ呪術的に出遭うのは正直な設定と言えます。 pic.twitter.com/l6EXCpID7P

2017-09-27 19:52:01
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

この点、宮崎吾朗『ゲド戦記』はやはり中途半端で、70年代の心の覚醒のロジックをそのまま受け継いで、テハヌに諭されたアレンが悟るだけで世界は開けることになっている。これはTV版『エヴァ』の最終回と同じ、自己啓発セミナー型の解決と言われてもしょうがありません。 pic.twitter.com/yo4m2MvRYE

2017-09-27 19:52:25
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

新海『君の名は。』には産霊(むすび)、幽世(かくりよ)といった神道的モチーフがあるだけでなく、社会によらず神秘によるしか救いがない点を描いている点でグノーシス的と言えます。宮崎氏は理想主義による社会建設(社会への懐疑も含めて)を宗教にできたが、今の世代はダイレクトに密儀を描く。 pic.twitter.com/CaMO0iF48F

2017-09-27 19:52:51
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

『君の名は。』の隕石には津波への暗喩がありますが、それだけじゃない。自分には無縁と思える地上の惨事――たとえば戦争――は、現にかけがいのない命を殺している。その命はあなたにとって決定的な誰かであり得たかもしれない。この不定性のゆえに、瀧は「君の名は?」と問い続けることになります。 pic.twitter.com/zx7s6oE1VV

2017-09-27 19:53:16
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

『君の名は。』が主人公たちが健気に出遭って、その背景を含めた二人の物語を構築していく《社会的》な物語(宮崎アニメ型)ではないのはこの場合正解です。一期一会それ自体は奇跡であり社会的次元の問題ではないからです。描かれた出会いの不定性がかえって観客の社会的想像力を促しているとも言える pic.twitter.com/Wc3kVhdKxr

2017-09-27 19:53:42
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

『君の名は。』などは取り上げているようだが、『シンゴジラ』などへの評価はどうなんだ、と思われるかもしれません。ただまあ、私はアニメ評論家ではないし、宗教(学)の見地から興味があったときだけ取り上げているのでたいていはひっかかりません。じゃあ、『シンゴジラ』はどうなんだ? pic.twitter.com/NseidMe2iQ

2017-10-15 15:29:38
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

まず感想としては、映画として面白かった。ゴジラ襲撃のあたりは、今時の映画としてはワリに地味で、「東京がやられる」というローカルな感覚がない外国人にはウケなさそうだなと。つまり根っこにおいて「我が国土を守る」という愛国的情緒が前提となっているということです。 pic.twitter.com/LHaFUGcfuk

2017-10-15 15:30:17
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

物語のほとんどは政治劇と、『エヴァ』とよく似た軍事マニア的な趣味に費やされています。その政治劇の特徴は、まあ、悪い奴はいないな、ということ。そのあたり、案外と宮崎アニメに近い。みんな日本を守りたいという善意をもっており、とくに核は避けたいという国民的基本情念をもっている。 pic.twitter.com/bmoTzkszS5

2017-10-15 15:30:42
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

そして政治家、自衛隊、科学者技術者の世界を描いている一方で、市民というのが基本的にぜんぜん出て来ない。つまりエリートがゲーム感覚で国を憂えている世界であり、そういう意味では、やはり社会のない、オタクの世界です。政治を描いているようでいて社会がないんだから、やはり漫画です。 pic.twitter.com/acWEbgVV56

2017-10-15 15:31:30
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

社会的危機はあっても社会がない、というのは、『君の名は。』などとも同じ感覚であり、これが宮崎アニメの描き方との大きな違い。これは、もはや若者とはいえない、アニメ世代の生活感覚と密接に関係しているのでしょう。世界の問題とは専門家の技術の問題であり、社会でも市民生活でもない、と。 pic.twitter.com/wPHBAXgOv1

2017-10-15 15:32:15
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

これはファンタジーなんですからどう描こうといいんですが、戦争や災害や政治的意思決定を描いたリアルな物語であるとかという見掛けによって、その本質的なオタクファンタジー的性格を見逃がしてはいけないでしょう。この観客の世代が同じ感覚で憲法や北朝鮮のを論じているのだとするとよろしくない。 pic.twitter.com/pX7tnAEOJn

2017-10-15 15:35:34
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

『君の名は。』は誰がどうみてもファンタジーだからいい。同じく社会がなくても、完全に神話に切り替えることで、空間が広がっています。その空間の中で、社会とは無関係のところで進行する主人公たちの「喪失感」のようなものが神話的に描かれており、その喪失感が社会というものを逆に浮かばせている pic.twitter.com/UjlzKMJ7g7

2017-10-15 15:36:57
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

『シンゴジラ』のいいところは、ゴジラの暴走に妙にロマンチックな意味付けがないところ、ゴジラ問題を片付けないということで、単純な戦闘サバイバル物語よりも深みを示している点でしょう。ともあれ、私としては『続・三丁目の夕日』の歌舞伎のように大見得切ってるこのゴジラが好きです。 pic.twitter.com/d4jVltLJCX

2017-10-15 15:37:32
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

『シン・ゴジラ』では、主人公の若手の政治家が、単なる直観で災害ではなく新生物と言い当てる。全体として民主的プロセスないし官僚的プロセスよりも直観やテクノクラートの神ワザがものを言うという典型的な魔法ファンタジーだ。これを現実社会の隠喩と思うのは、政治を呪術化することになるだろう。 pic.twitter.com/p9OUHFgZ4S

2017-10-16 13:20:41
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

プロセスよりも神秘という点では、『君の名は。』も同じであり、糸守町を救うのは、ただ単に神秘的に真実を知っている三葉・瀧と、ワンマンで有能な町長、そしてその血縁関係だけという前提である。やはりプロセスや原則はうざったいガラパゴス扱いだ。 pic.twitter.com/S6fZhnjtCB

2017-10-16 13:21:14
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

ファンタジーとはもともとそういうものだと言えるが、だからこそ実写や政治漫画のような一見現実的な扱いをしている作品よりも、見るからにファンタジーであるような作品のほうを私は高く評価している。一般に私は大人の小説や映画よりも童話のほうを推す。というのは、童話のほうが隠蔽がないからだ。 pic.twitter.com/CH2XQc4RNW

2017-10-16 13:21:43
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

ファンタジーはもともと宗教的神話のパクリでできている。『ナルニア』はキリスト教神学をそのままなぞったものだ。『銀河鉄道』は法華信仰だ。だから、そこに神秘があるとしても、それは「神仏」の領域に属する。現代のファンタジーは神秘が「政治」の領域に入っているところに、落とし穴がある。 pic.twitter.com/gjuVae53np

2017-10-16 13:22:12
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

『君の名は。』は『シン・ゴジラ』については書きましたが、では、『この世界の片隅に』はどうなのかと。これは傑作だと思います。原作は知らないのですが、アニメとして優れている。大げさな作風が多い中で、ソフトな流れが実に自然。戦争ものは批評者も情緒に流れやすいので、こういうのは貴重です。 pic.twitter.com/URp6xedf2Q

2017-11-03 19:46:49
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

こういう作品は安定した説得力があり永く評価されるでしょう。戦争に関しては、我々には「断絶」の意識が強く、戦前・戦中・戦争末期・戦後がひとつながりとしてイメージしにくいんですね。戦前の暮らしぶりや広島の町の感じの延長に、昭和30年代の『三丁目の夕日』までが風俗として繋がってきます。 pic.twitter.com/ckzL6M6p8D

2017-11-03 19:47:39
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

原爆の瞬間についても、山を越えた呉の住人が、あれは何だろうとよく分からないままに進行していく。派手に描かれやすい出来事が、当事者にはよく分からないままに進行していくという手法は、たとえば黒沢映画の戦闘シーンなんかでも斬新なリアリティを出していましたが、それをまた見る思いです。 pic.twitter.com/RTuPLJhYpd

2017-11-03 19:48:23
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中村圭志 神話・宗教学 @seattlelubbock

その時代を生きている当事者の認識としても、やはり、世の中の動きというのは、実はよく見えない。戦争でも異常な社会でも。この映画に対して色々な意見があるようですが、右派的にも左派的にもケツロンが見えている立場からの歴史的視点を超えた所の視点を、この映画は描いているように思えます。 pic.twitter.com/ylXolzD8w1

2017-11-03 19:49:08
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