#創作荘 東京オフ会小説 絡めた指、唐草模様 27 足が浮きそうになるのを抑えながら更に歩き続け、船尾に近いところに、大人が数人は出入りできそうな穴があるのにやっと気づいた。 穴を抜けると船の倉庫に入った。中はもぬけの空だった。みどりんは船首に近い方の戸口を目指した。
2017-09-28 19:21:02ドアは開いたままで、小さな蟹が何匹か這っている。船が倒れているので、戸口もそれに応じて傾いていた。頭をぶつけないように注意してくぐった。次に入った部屋は、海水が余りなく、代わりに二割くらいまで砂が積もっていた。蓋を開けたままの大小様々な箱や樽がそこかしこにあり、いずれも空だった。
2017-09-28 19:22:22そこから先は、だまし絵みたいに分かりにくくて昇りにくい階段を昇り、じめじめした通路を渡ってようやく目的地……船長室についた。かなり磯臭いけど、目的意識が強く働いているので気にはならなかった。室内の調度品は意外に乱れていない。嵐を見越してしっかり固定してあったのだろう。
2017-09-28 19:23:08そして、机に向かって座ったら丁度頭上になる位置に、一枚の肖像画がかけてあった。オフ会会場でも目にした、フェリシアさんの絵だ。今晩は、と心の中で挨拶した。相変わらず厳しい表情だ。窓枠だけになった窓から夜空を見上げると、夜更けにさしかかっていた。 私達は、壁際に転がっていた
2017-09-28 19:24:05ベッドのマットレスを敷き直した。船長が使っていた品だけあってかなり広い。二人で横になれた。すぐに眠気が押し寄せた。翌朝。日の出と共に目を覚まし、私達は持ってきた干し果物を食べて水を飲んだ。大して時間もかからずに足音が床下から聞こえ、オズボーンさん達が近づきつつあるのが分かった。
2017-09-28 19:25:17ドアが開き、昨日と同じ人々が入ってきた。その時には、私が斜めになった船長用の椅子に座りみどりんは脇にいた。 「お嬢さん方、少々悪ふざけが過ぎますな」 開口一番オズボーンさんが言った。 「オズボーンさん、悪ふざけはあなた達の方ではありませんか?」 膝から下はがくがくしながら、
2017-09-28 19:26:47私はできるだけ威圧感を出した。頭上のフェリシアさん、助けて下さい。 「どういう意味です?」 「この船は、難破したのではなく放棄されたのです」 「はあ?」 「こんな遠浅の海岸で、座礁した船が島のすぐ近くまで寄せられて、ここまで原形を保ったままでいられるはずがないです」
2017-09-28 19:27:50早くも口の中がひからびてきた。 「船内の目ぼしい品も最初からほとんど残っていません。嵐にあったのは事実でしょうけれど」 「そんな支離滅裂なことをして何になるんです?」 オズボーンさんは本気で疑問を抱えている。両脇の二人の方が、みるみる不機嫌そうになった。
2017-09-28 19:29:20「保険金詐欺です。船長が乗組員を抱き込んで」 海上保険はバルセロナ法令が一番古くて1435年。クイズ番組で見てたまたま覚えていた。 「多分、掛け金は、船長個人個人が払っていたんじゃないんですか?」 「そんな話をどうやって見抜いたというんだ。きっかけは?」
2017-09-28 19:30:46「あなたが受けた報告には、私はいませんでした。密航者がいたというのは、船を捨ててからあなたに報告するまでの間に知ったんです。陸地で。最初から捨てるつもりの船で、食糧や水が少々早く減っても本気で調べません」 「そして密航者の引き渡しで得られる賞金をも狙っていたというわけか?」 続く
2017-09-28 19:32:13#創作荘 東京オフ会小説 絡めた指、唐草模様 28 オズボーンさんが、少しずつ事態を飲み込み始めた。 「みどりんが保護されたら嵐を証言してくれます。失礼ですけど、みどりんの経験では難波するほどの嵐かどうかなんて分かりません。でも他所から聞く分には、客観的な証拠になります」
2017-09-29 19:25:37「全て状況証拠だろう」 オズボーンさんはそれでも慎重だった。 「でも引受人は疑います。私が今お話したことを打ち明ければ」 「支配人、茶番だろ? つまらねえ詐欺師だよ」 二人の内の一人がたまりかねた様子で言った。 「お前は船が沖合で座礁したと言ったな」 オズボーンさんは
2017-09-29 19:26:50口を出した方に聞いた。 「……」 「あれほど大きな穴ができて、沖合からここまでどうやって船がたどりついた? 航海日誌によれば嵐に遭ってなお素晴らしい奮戦ぶりだったが、積荷は大半が海没したそうだな? なら何故空の箱や樽が山ほどある?」 「こ、こいつらが盗んで埋めたんだ!」
2017-09-29 19:27:40「お前の自宅を調べたら何かいい物が……」 それまで黙っていた男が、いつの間にかナイフをオズボーンさんの脇腹に突きつけていた。最初にオズボーンさんに口を開いた男は、矢をつがえたボーガンの狙いを私達に据えた。 「ちっ、余計なことを喋りやがって。いっそ船で死体にしときゃ良かったぜ」
2017-09-29 19:28:34ナイフの方が言った。 「おい、髪の長い方。短い方をシーツですまきにしとけ」 ボーガンの方が私に命令した。その口調だけでも吐き気がした。 「嫌です」 「矢が当たったらちょっとやそっとの痛みじゃねえぞ」 「一発撃ったらそれでおしまいです」 私は足ばかりか腕まで震えていた。
2017-09-29 19:29:37その時みどりんがそっと寄り添ってくれて、とても落ち着いた。 「今なら保険金も積み荷もこちらで処理してやる。お前達の自由も約束しよう」 オズボーンさんが、ナイフの男に言った。 「いらねえよ。お前を殺して、入江の船をぶんどってやるんでな」 「このクズがーっ!」 みどりんが、
2017-09-29 19:30:23ポケットから火打石を出してナイフの男に投げた。 当たりはしなかったものの、怯んで隙ができた。オズボーンさんは右手で男の手首をねじり上げ、ナイフを落とさせてからみぞおちを蹴り上げた。男がうめいて床に転がると、ボーガンの男はオズボーンさんに狙いを据え直した。
2017-09-29 19:31:06私は咄嗟にバッグを投げつけた。ボーガンの引き金が引かれ、射られた矢はバッグから空中にはみ出たオズボーン商会の箱に当たった。矢は跳ね返って見当違いの方向に飛んで行き、箱は床に転がった。その弾みなのだろうか、箱の蓋が開いた。こちらからでは中身が見えない。
2017-09-29 19:31:47「リテラチャー・ラジオ! 火曜日のDJは浅縹が努めます! ルネッサンスって文芸復興と訳すんですよね。その頃の貴族が出したラブレターで、海より深く山より高くあなたを愛さずにはいられません、なんていう一節があるんですって。ここでお葉書です。ラジオネームリオ@通常の3倍さんから」
2017-09-29 19:32:37ま、まさか……。 「いつもドアからだと飽きちゃうんで、たまには窓から出入りされるとドキドキしちゃうかも、ですって」 「は、箱が喋……」 ボーガンの男が仰天した直後に、オズボーンさんが脛を蹴飛ばし、痛みで丸まったところへ下顎を殴った。 「みどりん!」
2017-09-29 19:33:31私はみどりんの手を引き、窓から船長室を飛び出した。 「あれ? みどりん!」 オフ会会場で、せりやさんが軽く椅子を後ろに引いた。右手にみどりん手製の拳骨飴を摘まんだままだった。 「皆、もう食べてるん?」 「うん。あんまりおいしそうだったから。ごめん」
2017-09-29 19:35:09と、りおんさんがこれもみどりん手製のクッキーを持ったまま答えた。ふと会場の壁を見ると、肖像画がまた一枚増えている。 『ジャック・オズボーン 1471~1541 オズボーン商会の地中海販売網を築き上げた。また、当時横行していた海上保険詐欺の根絶に尽力した』
2017-09-29 19:36:38「ええんや、その為に持ってきたんやし。あたしも頂こう」 みどりんが席について、お菓子に手を伸ばしかけた。動作が不意に止まった。 「数が合わんちゃう? 他の人どこ行ったん?」 「私、探してきます」 私はまた会場のドアを開けた。 続く
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