この圧力に、まっすぐに挑むのだ。すべての隘路を抜けて、すべての分岐点に背を向けて。—2011年3月23日

@btwndayandnight

文字通り氷のような雨が、肌を切りつけるように降り注ぐ。傘を持つ手が濡れ、まるで石の塊のように冷え切っている。コートの襟を合わせるために立ち止まり、雨にかすむ街灯の光の輪の下で、暗い夜空を見上げる。

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不吉なきざしのような雲が、街を明かりを受けて灰色に広がっている。店舗は早々と九時には閉店し、電車を降りると駅前は閑散として、誰も彼もがうつむきながら歩いていく。

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何かを、語らなければならない、何かを、言わなければならない、という圧力について、私たちが一番恐れなければならないものについて考える。

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ほんらい、もっとも親しいもの、もっとも大切なもの以外に、真摯な言葉をもって語る必要があるものはない。少し前の芥川賞選考会で、村上龍はこれを「偏愛」と表現した。

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つまり作家は、語るべきものについてのみ執拗に、徹底的に語るべきだ、と言ったのだ。そしてこれを、ごく一部の閉鎖的なサークルに属する作家のつまらない自戒とだけは読んではならない。

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雨が激しさを増し、私は雨の入らないガード下に避難する。足元に雨が吹きこみ、私は傘を畳んで、あたりを見渡した。同じようにそこに集まった人々の顔は、落とされた照明の暗がりの中で、ほとんど見ることができない。

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テレビで、ラジオで、ネットで、この現状について語りたい人々、いや、語らされている口はきわめてうるさいものだ。

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しかし、その巨大な歯車に否応なしに組み込まされてしまう自分たちのことを、私たちは笑うことなどできないし、どこか上にある存在しない高みから批判することも許されない。

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私たちは、雨に閉じこめられたこの小さな場所で、雨がいつか止むのを待つことしかできないのだ、と思う。

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ふと、脇を見る。そこには子供が一人でいて、私を見上げている。この子の親はどこにいるのだろう。子供の青いレインコートから、水がしたたり落ちて床を濡らしている。

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昔、妻と子供を連れて、都が主催する避難訓練に参加したことがあった。消防署が主催したもので、小学校の体育館に集まって一晩泊まり、そして次の日の午前はトリアージの訓練を行うというものだ。

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なぜ自分たちがそんなものに参加したのか、いまではよく思い出せないのだが、「若い家族連れも参加、震災に対する意識の高さ」という提灯記事を書きたかったらしき朝日新聞記者が妻にインタビューしていたこと、そしてそれをどこか遠い場所から眺めていた自分のことを妙によく覚えている。

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同じ体育館の中で、すぐ隣にいたはずなのに、妻の横顔は遠く、しかもその記憶には子供の姿すらない。

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雨が激しさを増す。もし、倫理、と呼べるものがこの世界にまだ残されているとしたら、と考える。それは、語ることだ。

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あまりにも単純で、あまりにも簡単なこと。しかしそれがどうしてこれほどまでに困難なのだろう。私たちの言葉にはすでに嘘が入りこんでいる。

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社会が強制する言うべきことなどくそくらえだ。そんなものに、何の意味がある。

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伝えなければならなかったこと、それに気がつくことすらできなかったというのに。子供が、私の名前を呼んだ。その子の手を、母が引いている。

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この圧力に、まっすぐに挑むのだ。すべての隘路を抜けて、すべての分岐点に背を向けて。—2011年3月23日