ルック・ユー、キル・ユー

Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「ルック・ユー、キル・ユー」

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環太平洋洋上、喜界島は小野津漁港。雲一つない空から日は降り注ぎ、時折吹く潮風が風化して最早判読不能となったチラシを吹き飛ばしていく。嘗てここで営みを育んでいた人々は、今は居ない。深海棲艦出現に端を発する本土退去令が発令されてから十数年、この島に人は足を踏み入れていない。 1

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白黒の都市迷彩装束に身を包んだ深海棲艦は、漁港内の波止場、その先端で片膝姿勢で構えていた。身動ぎせぬその姿は、まるで縄を留めるビットじみている。読者の皆様もこのように示唆されていなければ、彼の者の存在に気付かなかったはずだ。 2

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日は穏やかに大地を、海を照らし、天の頂からじりじりと降りていく。波止場のコンクリートブロックに砕かれる波濤は小さく、潮風も穏やかに拭いている。深海棲艦は動かない。 3

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彼の者は手にした…否、左腕と一体化した魚雷スナイパーライフルのスコープと接続した自身の単眼で港湾部と外洋を隔てる防波堤を捉えた。防波堤の先端、コンクリートに荒々しく突き立てられた鉄骨には、一人の少女が黒い鎖で拘束されていた。 4

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少女は硬く目を閉ざし、死体めいて身動ぎしない。薬で意識を奪われているのだ。少女は日本政府要人の娘でも、提督候補者でも、ましてや艦娘でもない。近くのより大きな島から攫ってきたどこにでもいる只の少女だ。 5

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そして深海棲艦にとっては、別に誰であろうとも興味は無かった。彼の者の視界には白と黒のグラデーションで少女が、世界が映っている。誰でもよいのだ。彼の者にとって、髪の色も、肌の色も、瞳の色も、所詮は白っぽいか黒っぽいかの違いでしかないのだから。……深海棲艦の名は、モノスコープ。 6

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そもそもあれは餌だ。モノスコープの任務は敵戦力の、即ち艦娘戦力の漸減だ。標的はこの近海を哨戒している艦娘部隊。なればこそ餌は最悪自死する覚悟を持っている可能性のある戦士でなく、このような無辜の民こそがふさわしいだろう。 7

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艦娘は人類守護の戦士だ。彼女達は無辜の民を見捨てる権利も無く、義務も無い。故にこそ、罠と知っても彼女達は飛び込まねばならない。選択の自由が無い故に、モノスコープはここで動かずに待ち続けることができる。 8

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そして少女の首には、チョーカーめいたペーパーバクチクが巻かれている。防波堤の先端を抉る程度には十分な火薬量であるが、これで艦娘を殺せるとは思っていない。これは、取り外させるために用意した、もう一つの罠だ。 9

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モノスコープはニューロン内で少女がバラバラにするヴィジョンを淡々と思い浮かべた。次に、バクチクを慎重に取り外した艦娘を己の魚雷が少女諸共に吹き飛ばすヴィジョンを。可能性は二つ。彼の者に愉悦も感慨もない。単なる可能性イメージを並べ立てただけだ。自我の自由は許されていない。 10

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モノスコープが所属する深界帝国軍において、名前を授かった深海棲艦は例外なく見下されている。深界において、名乗るとは即ち、己を深海の神の使徒であると定義する行いに他ならない。皇帝を唯一絶対の頂点とする帝国においてそれは最大の不敬であり、不遜である。 11

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帝国内に「不当に名を持つ者」を処罰するいくつかの法律ができてから、モノスコープの居場所は戦場の最前線のみとなった。モノスコープは軍の、帝国の手足であることを求められ、その過程で自我を摩耗させていった。 12

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帝国に必要なのは支配を可能にする代替可能な戦力であって、名乗り、特異な形に歪んだ深海棲艦ではない。嘗てのモノスコープはこのような不当な扱いに憤りを覚えていたかもしれない。だが今となっては彼の者にその様な感情の痕跡はない。彼は深界帝国のいち尖兵。ただそれだけである。 13

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やがて彼の者のスコープに、防波堤に跳び上がってきた艦娘の姿が映り込んだ。服の意匠は黒っぽい襟のセーラー服と、黒味の深いハカマだ。モノスコープの脳内に暗記された重点殺害対象リストに該当する艦娘がいた。この一帯に所属基地を持つ艦娘、通称「死神」である。 14

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モノスコープは予想されうる最大の大物を前にしてもなお、心を動かさない。魚雷スナイパーライフルを構え、トリガーに指をかけた。ZZTTTT…ごく微細な電力チャージ音が耳に届いた。艦娘は少女の傍まで歩み寄り、そして屈んで首元のバクチクを見ていた。 15

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電力チャージが終わる。艦娘の指がバクチクチョーカーへと伸びた。起爆はしない。起爆すれば爆風を避ける艦娘の動きを追う必要があるからだ。艦娘の指がバクチクチョーカーの結び目にかかった。距離は200メートル、確殺距離。ZZTTTT！ 16

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艦娘がバクチクチョーカーを引き剥がすと同時に、モノスコープの魚雷スナイパーライフル砲身内に組み込まれた電磁加速機構が魚雷を加速させ、雷鳴めいた音を響かせて飛翔させた。音速を超える魚雷が艦娘へと……「……！？」モノスコープは、スコープに接続した単眼を見開いた。 17

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艦娘が、こちらへ振り向いていた。その視線は、違うことなくモノスコープを見ていた。モノスコープの主観時間が泥めいて凝る。魚雷が艦娘の目前へと迫った。艦娘は鉄の籠手に覆われた右腕で魚雷を掴み、反動を殺さずに一回転…魚雷をモノスコープへと投擲した！投げ返したのだ！ 18

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「馬鹿な…！」モノスコープは驚愕が己のニューロンを支配するのを感じた。摩耗した自我が悲鳴を上げる。撃った時と全く同じ速度で、魚雷はモノスコープへと迫る。モノスコープは咄嗟に右腕を動かした。魚雷はモノスコープに、慈悲無く直撃する！KABOOOM！「グワーッ！？」 19

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モノスコープの体は波止場を転げ落ち、海面に叩き付けられた。「グワーッ！？」白黒の都市迷彩装束は焦げ、右腕は吹き飛んでいる。爆風からの咄嗟の防御で喪失したのだ。「こんな…事が…！」モノスコープは歯を食いしばって立ち上がろうとして、気付く。自分に影が覆いかぶさっている事に。 20

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モノスコープは震えながら顔を上げた。日を背に、死神はすぐ傍でモノスコープを見下ろしていた。その左目は白でも黒でもない色で燃えていた。モノスコープにとって、それは恐ろしかった。彼の者はその色を表現するコトダマを知らない。知らない色が、自分の世界を汚している。 21

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「ふざけた真似をしてくれましたね」死神は淡々と言った。人の右目と燃える左目。アシメントリーの両目は、怒りの果ての凪いだ無を帯びていた。「よほど惨たらしく殺されたいようですね…」そして死神は、艦娘はアイサツする。ギロチンの刃を下ろすかのように。「ドーモ、艦娘・吹雪です」 22

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「……」モノスコープは黙って吹雪を見上げた。吹雪は淡々とモノスコープを見下ろすのみ。アイサツを待っているのだ。モノスコープ自身の。ここはカラテ戦闘距離。アイサツの届かぬ艦隊戦闘距離や狙撃距離ではない。「イヤーッ！」モノスコープは回転ジャンプし、立ち上がった。 23

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そして回転ジャンプの反動を使い、モノスコープは見事なオジギからアイサツを繰り出した。「ドーモ、艦娘・吹雪＝サン。モノスコープです」「イヤーッ！」「イヤーッ！」アイサツ終了からコンマ1秒、双方がカラテを繰り出す！モノスコープは左腕の魚雷スナイパーライフルの銃身で薙ぎ払う！ 24