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森瀬 繚@『未知なるカダスを夢に求めて』9/15予定 @Molice
Wikipedia(日本版)は腹を切って死ぬべきだとつくづく思う。いい加減な事を書きやがって!(と、Wikipediaを擬人化して鬱憤を向ける)
森瀬 繚@『未知なるカダスを夢に求めて』9/15予定 @Molice
後から誰かが修正すればいいのであって、間違っていてもQXだという発想は「集合痴」だと思うのよ。
海法 紀光 @nk12
@Molice 最初から全く間違ってはいけない、と、なると、それはそれで集合知が成り立ちにくくなるけどねー。
森瀬 繚@『未知なるカダスを夢に求めて』9/15予定 @Molice
@nk12 全ページに「ここに書いてある内容は必ずしも事実に合致しません」って掲げられてるならまだしもなー。
海法 紀光 @nk12
@Molice 「ここに書かれてる内容は、全部絶対に事実に合致してます」って本なりなんなりがあったら、真っ先にダウトーって言うくせに!
森瀬 繚@『未知なるカダスを夢に求めて』9/15予定 @Molice
@nk12 というか、Wikipediaのシステムは集合知を目指すというよりも集合痴を拡大する方向にどんどんエスカレートしている感じがするのよ!
海法 紀光 @nk12
@Molice 1.どこを見るか&どう使うかで変わる。2.具体的に、Wikipediaを変えたいなら、積極的に関わらないと変えられない。 の2点やね。
森瀬 繚@『未知なるカダスを夢に求めて』9/15予定 @Molice
まあ、Wikipediaに書かれてる情報がどう考えても間違い臭いので調査してみる--という動機で本の山に吶喊する機会が増えたので、自分的にはいいことなの、かな。とりあえず出版社とマスメディアはWikipediaにリンクを貼ったり参考にしたりするのをやめれ
森瀬 繚@『未知なるカダスを夢に求めて』9/15予定 @Molice
注:僕が嫌いなのはあくまでもWikipedia日本版です。
芝村裕吏 @siva_yuri
森瀬さんがWikipedia(日本版)に怒っておられる。
森瀬 繚@『未知なるカダスを夢に求めて』9/15予定 @Molice
@siva_yuri あれに対して怒ってるのはいつもです。役立つ項目もあるんですけど!(^,,,^(と、とってつけたようにフォローをする)
芝村裕吏 @siva_yuri
まあ、人名録というか、人物については間違いというか、そーすが2chで、出典を一個もあげられないとかよくありますね>wikipedia(日本) あと、粘着がついてて執拗に明らかなあやまりを書いていく場合や、基本的な哲学、数学の説明が間違ってるのはあります。
芝村裕吏 @siva_yuri
特に兵器や動物の説明などは大変に香ばしく、おかげさまでたまに笑いたくなるときにはページ開くようにしてます。
芝村裕吏 @siva_yuri
まあでも、日本に限れば、識者がバカにして最初から全然関わる事のないwikiなので、正直しかたないよね、と思ってます。
偽教授 @Fake_professor
@siva_yuri 中には物凄くマニアックでどこに需要があるのかさっぱり分からない「暇なオーバードクターかなんかが書いたに違いない」というようなレベルの記述もありますよ。一般大衆が興味を持つような項目ほど、記事のクソ度は上がっていくというのが私の認識です。
涼原秋春 @nisedenpa
@siva_yuri モビルスーツ設定とかも個人サイト設定が混入していることが多々ありますねえ(白目)
芝村裕吏 @siva_yuri
たしかにガンダム系もやばいというか、個人サイトの推察が断りなく乗ってるときがありますね。あの辺はオフィシャルじゃないんですが、メーカーにクレームしてくるファンの方もいらっしゃいます。
猫野 和錆@宰相府藩国 @neko_wasa
@siva_yuri 専門知識があるページを見ると「うそーん(´・ω・)」と思うような項目もありますね、確かに・・・
芝村裕吏 @siva_yuri
そう。専門家の皆さんが、怪しいところがあると、たくさんつぶやいておられます。 がまあ、本来は間違いあったらなおしていこうね。 と言うのが本来のwikipediaの趣旨であり、運用前提のはず。 それが出来てない時点で、日本には無理なものだと思います。
芝村裕吏 @siva_yuri
この辺は日本でミドルウェアの導入が遅れてゲーム開発競争に遅れをとっていった経緯にも似て、日本の国民性を強く感じさせますね。
芝村裕吏 @siva_yuri
あるいは何でも自社システムとか言って同じようなソースを無限に書くプログラマやSEを大量にかかえ、結果一つも世界的ITサービスを埋めてない部分にも繋がる気はします。 そう言う意味では日本というか、アジアに向いてないと思いますね。
芝村裕吏 @siva_yuri
アジアでは、ぱくりは出来てもシェアは出来ないと、以前言われた事があります。 時々その言葉は正しいのかなと、思うときはありますね。
森瀬 繚@『未知なるカダスを夢に求めて』9/15予定 @Molice
あとで改悪される可能性があるので、わざわざ労力を割くのがバカらしくなるのですよね。一部の熱心な方のように、貼りついて「保守」をするヒマはありませんし。ならば、自分の本なり日記なりで書く方が良いという。 QT @siva_yuri 識者がバカにして最初から全然関わる事のないwiki
芝村裕吏 @siva_yuri
で。森瀬さんがいいこと言ってるので引用。/あとで改悪される可能性があるので、わざわざ労力を割くのがバカらしくなるのですよね。一部の熱心な方のように、貼りついて「保守」をするヒマはありませんし。ならば、自分の本なり日記なりで書く方が良いという。
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コメント

偽教授 @Fake_professor 2011年3月25日
とぅぎゃり乙。自分でやるのは面倒だと思っていたんだ。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月25日
途中から盛大に脱線していてなんていうかすいません。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月25日
せっかく赤字強調をいただいたことですので、「一般大衆が興味を持つような項目ほど、記事のクソ度は上がっていく」という命題について、私見を連ねてみたいと思います。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月25日
しかしクソとか言うのはどうかとたしなめられたことですので命題を改めましょう。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
「Wikipediaの記事の内容の妥当性は、そのテーマに対する一般消費者の関心の高さに反比例する」。このような仮説を提唱してみます。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
むろん傾向性の問題なので、この条件に外れる記事も当然ありますが、経験則としてはかなり正しいのではないかと考えています。また、おそらくこの法則は日本語Wikipediaでも英語Wikipediaでも同じなのではないかと思われます。その点について検証したことはないですが。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
その前に自己紹介をしましょう。私は過去2~3年ほど、歴史系の商業誌で執筆活動を行っておりました。執筆領域は、織田信長の生涯から超マイナーなアフリカの小王国の王様、ほとんど誰も知らないようなマイナーな宗教団体の歴史など、日本史と世界史の双方にまたがり、多岐に渡ります。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
え?心理学?そんな昔のことは忘れました。捨てた過去です。この際関係ないのでどうでもいいです。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
その間、参照したWikipediaの項目は数百に及びます。もちろん、Wikiだけを元に記事を書くなんてことはまずしませんが、逆に、記事を書くのにそのネタのWikiを読まないということもまずありませんでした。結果、物凄い数の項目について、専門書とWikiの記事を読み比べるという経験をしました。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
「Wikipediaの記事の内容の妥当性は、そのテーマに対する一般消費者の関心の高さに反比例する」と、たった一言で言い切りましたが、この経験則に辿りつくまでに実際には2年くらいかかってます。私が私自身の個人的な長い長いWikipediaとの付き合いの末に得た発想です。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
だいたいにおいて、Wikipediaでは、「お前は頼むから書くな」と言いたくなるような素人に限って、しゃしゃり出て自分の思っていることを書きたがります。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
ですが、素人が興味を持たないような項目ではそういう人が現れないので、暇な専門家が書いたまっとうな記事が生き残ります。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
結果、「誰も知らないし興味も持たないようなマイナー武将についての記事は正確だが、信長や家康の記事は悲惨なことになっている」という現象が起こります。本能寺の変の記事は本当にひどかったです。今どうなってるかは知りませんが。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
私がこのことに気付けたのは、ひとえに非常に幅の広い領域をカバーしてリサーチを行っていた結果です(人物だけでなく文化史の記事も書いておりました)。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
クトゥルー神話はサブカル方面ではマイナーメジャーですので、それ関係の記事は大半がにわか素人に荒らされていることでしょう。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
ゲームデザイナーの方がネタ拾いに使うような項目も、素人が興味を持つような事項が多いかと想像します。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
ちょっとやそっと「自分に関わりのある領域の記事」を漁っただけでは、Wikipediaの真の凄さも、真の酷さも、分かるものではありません。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
私が知っている中で一番ひどい話は、「Wikipediaからの盗作を行ったライターが、証拠隠滅の為に後で記事の方を書き換えた」というやつです。発覚して編集部から追放されましたが。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
また逆に、「そんな記事書いて誰が読むんですか」と言うようなテーマで、暇な専門家が一生懸命頑張って執筆を行っている例もあります。ペルシャ史の研究者がペルシャ語の一次資料を直接参照して記事を書いてるとか。こういうのは、素人が興味を持たないので荒らされません。だから信頼性は高いです。読まれることもほとんどないですが。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
よって「識者がバカにして最初から全然関わる事のないWiki」という認識は、誤りです。まあそういう識者も多いことでしょうが、それがすべてではありません。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
誰が書いても良いということは、商業出版が難しいような一般受けのしないテーマの記事について、書きたがりの専門家が好き放題書くことができる、ということでもあるのです。マイナーなネタについての記事を書く時にはこの種の記事に本当に助けられました。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
本当に詳しいのか?と疑われると困りますので、私の知識の一端をお見せしましょう。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
渡辺勘兵衛という武将をご存じでしょうか?多分、ほとんどの方はご存じないと思います。しかもさらに凶悪なことに、渡辺勘兵衛は同時代に二人います。片方は藤堂家家臣、片方は石田三成の家臣でした。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
石田三成家臣の方の渡辺勘兵衛は、1616年の『佐和山落城記』という一次資料にその名が登場するので、ほぼ実在人物であると確証できます。Wikipediaの彼の項目にもその旨が記載されております。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
なんで知ってるかって?
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
実は俺が書いたからだ。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
疑うなら国会図書館で『佐和山落城記』を閲覧して確認してみるがよい。本当に出てるぞ。ほぼ名前だけだけど。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
というわけで、Wikipediaには暇人がわざわざ国会図書館まで行って調べた一次資料に基づいて書かれている記事もあるというお話でした。いや、仕事で調べたことをついでにWikipediaにも書いたというだけだけど。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
しかし職務上の都合で渡辺勘兵衛について調べなければいけなくなったとき、どこにも資料がなく、やっと『佐和山落城記』で実在を確認したときには本当に感動したんです(一次資料から見つけたのはこの私です)。その感動を少しくらいどこかにとどめておきたかったんです。そういうとき、Wikipediaは重宝な媒体です。誰にも怒られませんから。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
渡辺勘兵衛について語る機会が再びあるかどうかはさておいて。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
「どんなクソな本でも出版された本であれば引用元に使ってよいというアレなルールである以上、確実に限界は出てくる」、という説についても、語りたいことはあるのですが、これはあくまで編集サイドの問題に過ぎませんので、今日はここまでにしておきます。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
長々と書いてしまいました。ご拝読ありがとうございました。
Shun Fukuzawa @yukichi 2011年3月26日
別にどんなくそ本でもいいなんて言ってないよ。信頼できる情報源の権威付けが遅れているのは問題だけど。否定されている情報源はそれなりにある。
Shun Fukuzawa @yukichi 2011年3月26日
どうして日本語版ウィキペディアについて語る時に、きちんとウィキペディアの人を巻き込まないのだろう。それがいつも疑問。
@JGaxy 2011年3月26日
時として「その筋の権威」が同時に「偏執的な誰か」だったりするのが面白い。[[利用者:Noda,Kentaro]]や[[利用者:Akoyano]]みたいに。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
Wikipediaの本能寺の変の項、久々に読んだらだいぶましになってるな。 http://bit.ly/b9zvBt
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
久々にWikipediaの編集ガイドラインを熟読し直している。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
図書館・百科事典・オンラインの情報源で調査してください。百科事典ではない権威ある情報源から引用するのが好ましいです。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
記事には信頼できる情報源によって公表された情報だけが書かれていなければなりません。編集者は、情報源を尋ねられた、あるいは尋ねられるかもしれない情報について、信頼できる情報源を出典として示さなければなりません。出典が示されない場合、そのような記述は誰でも取り除くことができます。信頼できる情報源を示す義務があるのは、その記述を追加しようとする側であって、除去しようとする側でないことに注意してください。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
記事に未発表の主張や概念、データ、理論を書いてはいけません。それらがたとえ既に公表された主張や概念、データ、理論に対して有用な新しい情報の分析や合成であってもです。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
>どうして日本語版ウィキペディアについて語る時に、きちんとウィキペディアの人を巻き込まないのだろう   それは運営サイドという意味ですかね?それならなかなか来てくれるものじゃないと思いますが。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
>別にどんなくそ本でもいいなんて言ってないよ。信頼できる情報源の権威付けが遅れているのは問題だけど。否定されている情報源はそれなりにある。     まず「図書館にある本である」という時点で一つの権威ある公共の資料であるということになるわけですが、実際には図書館にある本でひどい内容のものもいくらでもあるので、それが問題だと申し上げている次第です。史料批判はひとつひとつの史料に対してしなければならないので、ガイドラインとして一般化できる性質のものでもありませんし。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
>時として「その筋の権威」が同時に「偏執的な誰か」だったりするのが面白い。   まあそういう例もありますね。私の提唱する法則は普遍ではありません。
Shun Fukuzawa @yukichi 2011年3月26日
運営サイドという発想は無いのだけど、まあ、常連さんですね。Twitterのbioに管理者であることを明記している人はいます。 https://twitter.com/#!/yukichi/ja-wikimedia/members もっとリアルに議論する場を設けるべきなんだけどね、何度かやったことはあるけど。
Shun Fukuzawa @yukichi 2011年3月26日
> 実際には図書館にある本でひどい内容のものもいくらでもあるので、それが問題だと申し上げている次第です。 だから、それの権威付けを改めてするべきなんです。良いもの、悪いもの、きちんと決めないと。一般化できないものは、プロジェクトや個別のノートでも補完可能です。あくまで「可能」なだけで、労力が大変だけど。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
史学において、文献の権威性の確認というのは、それ自体が最大級の研究領域です。たとえば戦国期の重要資料に『武功夜話』というのがあって、墨俣一夜城説話の初出史料とされていたりするんですが、偽書ではないかという批判も根強くて、この本を採用していいかどうかの論争の系譜をたどるだけでWikipediaに長々と記事が書けるほどです。 http://bit.ly/dFNq1v 作業の困難さのスケールが、もはや百科事典編纂事業の枠組みを超えてしまっています。
高橋雅奇 @TakahashiMasaki 2011年3月26日
なんだこのコメ欄(内容もすごいけど
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
終わったかと思ったらコメント欄でまた何かが始まるというライフハック。
Shun Fukuzawa @yukichi 2011年3月26日
@TanTanKyuKyu さん、誰もそんな話してないです。そもそも、一時資料の引き写しは論外です。既にまとまった研究をまとめるのがウィキペディアの役割です。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
@yukichi 史学の場合、一次資料をまともに参照していない三次資料はゴミなので、どうしても一次資料について考えざるを得ません。「既にまとまった研究をまとめる」ための三次資料の作成そのものがまとまっていないのだからまとめようがない、と言っているのです。
Shun Fukuzawa @yukichi 2011年3月26日
@TanTanKyuKyu そういうことを考えずに済むように、二次、三次資料を参考にするようにしているんですよ。第一、そこにこだわったら、何も記事を書けないじゃないですか。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
@yukichi じっさいに歴史雑誌の執筆に携わっていた身として(また歴史系Wikipediaの執筆にもちょっとだけ関わっていたことのある身として)三次資料同士の食い違いがあまりにひどくて頭を抱える、という事態は日常茶飯事なのです。私の問題意識はそこから芽生えました。
Shun Fukuzawa @yukichi 2011年3月26日
@TanTanKyuKyu だからこそ、「併記する」という戦略が取れるんじゃないですか。その中からトンデモとそうでないものを見分けるのは難しいですが。出来るだけ「頭を使わずに」記事を書く方法を考えてもらえると助かります。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
@yukichi ありとあらゆる項目についてぜんぶ出典明記の上併記していたら百科事典ではなく専門書ができあがります。それこそ三次資料そのものです。商業出版なら、商売ですから相応の落とし所もあるんですけども。
Shun Fukuzawa @yukichi 2011年3月26日
@TanTanKyuKyu それが必要充分なものであれば、それで構いませんよ。英語版の充実した項目はそれこそ一段落につき数個の出典がありますよ。記事の内容ではなくて記事の書き方を参考に他の記事を読んでみてください。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月26日
@yukichi 両論を併記することで記事内容が充実するような事項ならいいんですけどね。あるエピソードの描き方の微妙な差とか全部並べても、マリリンモンローの色違いを並べた現代アートみたいになります。
愛・蔵太(素人) @kuratan 2011年3月26日
国会図書館に『佐和山落城記』ないですね。俺の検索の仕方が悪いんだろうな。「新人物往来社『石田三成のすべて』に全文が収録されている」って、それはネット談義レベルでの使用可能テキストだろうし…。
愛・蔵太(素人) @kuratan 2011年3月26日
『佐和山落城記』がありそうなのは、山田喜庵の末裔宅、および写真複製が長浜・彦根・滋賀県庁・大阪城博物館?→http://bit.ly/gHlTDI
偽教授 @Fake_professor 2011年3月28日
新人物往来社なめたらあきません。あそこの出してる本、というかあの「すべて」シリーズはかなりグレードの高い専門書ですよ。 タイトルからすると大衆向けムックみたいですが、全然違います。専門家が執筆している専門的な本です。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月28日
まあたくさん出てるシリーズだから微妙なのも交じってるけど。
偽教授 @Fake_professor 2011年3月28日
というかですね、オリジナルが閲覧できてもまず読めないと思います。いくら一次資料が重要だと言っても崩し字が解読できるプロでなければ活字化されたものを使うしかないです。一次資料とは必ずしも原本という意味ではありません。
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