青識亜論VSまるぼうろ

青識亜論とまるぼうろの二人による、演説妨害をめぐる会話をまとめました。
青識亜論 まるぼうろ 雑談
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山口貴士 aka無駄に感じが悪いヤマベン @otakulawyer
安倍首相の演説を野次で妨害することを批判する立場と、安倍首相が野次に対して毅然とした、あるいは、ウィットの効いた対応を取れないことを国家の指導者としての資質に問題ありと批判する立場は問題なく両立します。
山口貴士 aka無駄に感じが悪いヤマベン @otakulawyer
最高権力者を公然と野次り、侮辱し、罵倒する権利は、自由な社会の礎であることは間違いありません。が、安倍首相を野次り倒すことの達成感は大きくても、実際に自陣営の票が増える訳ではないし、ほどほどにしないと、敵に塩を送りかねないと思います。
山口貴士 aka無駄に感じが悪いヤマベン @otakulawyer
演説自体の妨害勝負になったら、少数派が不利になることも忘れてはならないでしょう。

山口貴士というアカウントがある。このアカウントは太った眼鏡のシンプルな似顔絵をサムネイルにしており、ツイッター上で表現の自由を唱えるツイートをして、いいねとリツイートを稼いでいるが、青識亜論も彼の発言をたびたびリツイートしている。上のツイートは、一部の反安倍的な人々が安倍晋三の演説を妨害するヤジを行ったことに対して山口貴士が見解を示したものである。これを見た青識亜論は、彼にリツイートして追従した。

青識亜論(せいしきあろん) @dokuninjin_blue
雄弁家であることはもちろん国家指導者たるの重要な資質であると思いますが、絶対的に首相が備えるべき資質であるとも言えないでしょう。まして、野次によって演説を妨げることを正当化するわけでもない。野次をする自由があることと、それが不当であることとは別の問題です。
青識亜論(せいしきあろん) @dokuninjin_blue
山口弁護士が指摘しているように、もし野次のような大きな声と威圧によって意見を封じ込めるのが正しいということになれば、声の大きい多数者が、少数者に対して同様のことをするのが正しいのだということになってしまう。それは最も忌避すべき結論ではないでしょうか。

山口貴士のほうの主張は、「演説の妨害は不当なので行うべきでない」ではなく「演説の妨害は選挙に悪影響なので(党派的理由で)逆に邪魔だからやめろ」というものであり、論理的にはいくらでもかわすことができる。青識亜論のほうは「演説の妨害は不当である」であって、(山口貴士が言葉を選んで避けたと思われる)論争的な主張に入りこんでいる。この青識亜論のツイートに対して、まるぼうというアカウントが反対意見を述べた。

まるぼうろ @marubou6
@dokuninjin_blue ①野次によって意見は封じ込められていない(また野次も意見である) ②街頭は市民の各々の表現の自由が広く認められている ③野次に対する政治家の反応や野次内容自体への評価も市民の判断に委ねられており、それを含め自由市場での競争 twitter.com/dokuninjin_blu…
まるぼうろ @marubou6
@dokuninjin_blue 「不当な言論で批判をしても、それが権力批判であるがゆえに許されるという例外的正当化」をしている人はあまり見ない。「そもそも野次は不当な言論ではない」という構えが一般的でしょう。 twitter.com/dokuninjin_blu…
まるぼうろ @marubou6
政策・意見を一方的に説明するのであれば、政見放送もあればウェブサイトやパンフレットもあるし、会場を管理できる演説会も可能。論点整理された議論ならば国会議論やテレビやネットの討論会もある。
まるぼうろ @marubou6
政党・政治家を評価判断するため、多様なチャンネルが確保されることが望ましい。街頭演説には街頭演説の役割があり、そこでの市民の反応は重要な要素。それを抑圧することが、民主主義に資するとは思えない。
  • このまるぼうろの意見は、(1)演説妨害によって発言が封じこめられることはありえない  (2)論理的な会話は別の場所でできるのであって、街頭で妨害されることによる被妨害者のデメリットは小さく、問題はない (3)妨害は政治家の資質を測る効果がある。街頭演説は、妨害に対する政治家の反応を見る機会であって、それを否定するのは民主主義にとってマイナスである。街頭演説は妨害も含めてのイベントである という3つの主張が混在している。
  • (1)は行為の内容の部分的保持による妨害の正当化を問題にしている。演説をしているところに大音量のヤジをぶつけると、演説者の話している内容が聞き取りにくくなる、調和しない音が同時に空間に存在することで不快感が生まれ、聴衆が(双方または片方に)悪印象を持つといった影響がある。すなわち演説の質が低下する。まるぼうろは、暗黙に演説を「質」と「内容」に二分し、演説の質は低下しても言語的に演説の内容がある程度まで理解できるならそれは問題ないと主張しているのである。
  • (2)は妨害の悪質さを代替手段の存在の程度によって相殺しようとする論法である。「ほかにも政治家が声をとどける方法があるので妨害は許される」が成り立つには、ほかの手段が街頭演説と互換的であるという前提が必要となる。だがその前提は自明ではなく確認が必要であるが、まるぼうろは先立ってそれを挙げていない。
  • (3)は「妨害に対する政治家の反応を見ること=民主主義に有益」という主張である。一般に、「Aは有益であるから認められる」というメリットに訴える主張は、そのAによって生じるデメリットを引き合いに出し、「Aを認めると、そのメリットと同時に~~ということがともないますけど、あなたのおっしゃるメリットとこのデメリットを差し引きするとどうなんですか?」と比較考量の問題に持ちこめば反論することができる。たとえば「Fラン大学はつぶせばいい」に対して、「Fラン大学は高校教育の延長としても機能する面がありますよね。Fラン大学をつぶした場合教育水準の低下が考えられますがそれについてはどう思われますか?」の要領である。演説妨害の件でも、「演説妨害で安倍がアホな反応するのが分かったからってそんなに得なんですか? それよりも安倍支持者が(クリアな音声で)政策を聞ける空間が設けられることのほうが大きいんじゃないですか?」のように持っていくのが応手の一つになる。
青識亜論(せいしきあろん) @dokuninjin_blue
@marubou6 もちろん、野次は表現の自由の枠内だと思います。しかし、③でまるぼうろさんがおっしゃっているように、私は「不当」であると評価します。
  • 青識亜論はまるぼうろに対して「ヤジをする自由はあるがそれは不当である」と述べた。これは青識亜論が「~~は自由であって認められている」ということを言った相手によく出してくる主張で、「不当なことであってもそれを行う自由はあり、不当なことは万人の言論によって(権力による上からの規制でなく自主的に)抑制されるべきである。よって私が規制に反対してもそれを非難することはできるし、不当なことを非難してもそれを直接的に止めさせるようなことは言わない」というものである。青識亜論は、まるぼうろが表現の自由を盾に演説妨害を正当化しようとする点に隙があると見てつつきにいった。
まるぼうろ @marubou6
@dokuninjin_blue あなたが使う「不当」の意味がよく分かりません。例えば、「自由や民主主義の本旨に照らして正当な行為でない」という意味ではなく、単にあなたの価値判断として「妥当ではない」という意味ですか?だとしたら、そうですかとしか言えませんが、それで人を叩くならば、感情に基づくポリコレ棒ですね。
  • まるぼうろは、青識亜論のいう「不当である」という主張にお墨付きを要求した。「演説妨害は不当であるというのがお前の個人的な意見ならそれによって他人を批判するのはポリコレ棒だ。演説が不当だというならその不当という主張が自由と民主主義の本旨にかなっていることを立証しろ」と。これはまったく論理的ではない切り返し方である。個人的な意見によって正否を争うことができないのであれば、大多数の人間は権威者の引用の形でしか口を開けなくなってしまうし、そもそも個人的な意見を述べることに意義があるとされるから表現の自由が存在しているのであろう。表現の自由をもとに演説妨害を擁護する人間が他人の表現を「個人的意見は聞く価値はない」と言うのなら、「反安倍デモをしている人は個人的な価値判断で安倍をたたいてるだけですよね。そんなゴミみたいなポリコレ棒の妨害デモを認めてやる必要ってあるんですか?」が通ってしまう。
青識亜論(せいしきあろん) @dokuninjin_blue
@marubou6 逆に、まるぼうろさんは妥当だと評価しているのですか?
  • 青識亜論はまるぼうろに個人的意見か否かと問われたわけだが、これにすんなり答えるのはもくろみにはまる。自分の意見が自由と民主主義の本旨に照らして正当か否かを判断するのは相手であり、その条件は示されていない。条件が明示されていない以上何を述べても「それは自由と民主主義に反するものですね。ただの聞く価値のない個人的意見でした」とマウンティングすることができる。相手の胸三寸で正否が決まるルールでプレイするのは賢明ではない。あえて上のツイートに応じるなら「自由と民主主義にかなうとはどのようなことを言うのでしょうか?」という問いを一回はさむ必要がある。
  • 青識亜論はそれはせず、話をそらしにいく。「逆に、あなたは件の演説妨害は正しいと思っているのですか?」と。このような「逆にあなたは~ですか?」は会話の作法として好ましくないゆきかたである。なんとなればAがBから言質を引き出そうとする質問を、すべてAの発言のターンに帰してBがいくらでも防御することができるからである。たとえば共産党が「安倍政権は加計学園の件で便宜を図りましたか?」と聞き、安倍が「逆に、共産党さんは加計学園に便宜を図るつもりはありますか?」と聞き返すことができれば、安倍は無敵である。話題を変えたければ「あのすみません、演説妨害反対が個人的意見かどうかなんて正しさとは関係ないじゃないですか。私は演説妨害の是非を論じたいのですがかまいませんかね?」と話題を変える旨を相手にじかに言うのがマナーである。
  • 青識亜論の問いにまるぼうろが二択的に答える場合、答えがyesなら、(a)「演説妨害は妥当です。根拠は先のツイートで言及したように云々」から演説妨害有益論が焦点になるか、あるいは(b)「表現の自由で認められている範囲内のことはすべて正当です。正当であることと自由に行えることは一致しています」と原理的な話にいくか などが考えられる。答えがnoなら、(c)一般論では演説妨害はOKだが、今回の件はまずいという一般/例外の切断ルートに入るなどが考えられる。
まるぼうろ @marubou6
@dokuninjin_blue 街頭において市民が政治家に対し野次を含む厳しい批判的表現をすることは、完全に正当な行為。それを前提に、個々の野次を妥当(賛成)だと思うかは別の問題。ただし、今のところ著しく妥当性を欠くと思う野次は見ていない。 twitter.com/dokuninjin_blu…
  • お茶を濁した答え方をしている。「ヤジを行うことは認めるが、そのヤジの内容に賛成するかどうかは別。そして自分はいかがと思うほどのヤジを見ていない」と。ひどいヤジを見たら反対することもありえますよーという含みを残しつつ今回のヤジを是認していると読める。
青識亜論(せいしきあろん) @dokuninjin_blue
街頭において政治家に批判的な意見をぶつけるのは良いと思いますし、それが妥当な批判たるのであれば、政治家はこれに応答するのが責務である場合さえあるでしょう。しかしながら、こうした野次に妥当性があるとは思われません。 twitter.com/marubou6/statu… pic.twitter.com/o0ZVKaG7DE
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青識亜論(せいしきあろん) @dokuninjin_blue
先の都議選においても申し述べましたが、自由を求め、権力を批判し、共謀罪の成立に反対する人々ですら、対立者を監獄へ送りこもうという政治的情動から自由ではない、ということは示唆的です。私たちが自由を守るというのは、自己に内在するこうした欲望に抵抗することが第一歩ではなかったのか。
まるぼうろ @marubou6
@dokuninjin_blue まず、この行為自体は正当な権利行使(表現の自由)。その上で、個人的にこれに賛同するかといえば、しない。どのような理屈か知らないけど、安部・菅が刑法犯に当たるとするのは妥当でない。ただ、(頓珍漢なものであれ)市民が自身の認識に基づき法解釈をし、それを表明すること自体は正当な権利。
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コメント

mlnkanljnm0 @kis_uzu 2017年10月12日
「そもそも野次は不当な言論ではない」国会でのヤジも正当な言論というわけか。
クロモリフレーム @crmoframe 2017年10月12日
敵対候補の演説会場にヤジしに行くのと同時に、自らの支持する候補の応援に行く事が出来ないワケで、そこをどう合理化するのかな?
逆ガル翼 @reversegwing 2017年10月12日
野次を飛ばすのは法的にはOK,だけどそんなことしたら批判を受けるだろうし批判もまた法的にはOK、っていう話ではないのか。
ネオ@オーベルシュタインの犬 @neokey_ 2017年10月12日
そもそも「アベヤメロ」コールの如きを野次に分類して良いのか?
新聞燃やす人 @mikecatwhitecat 2017年10月12日
内容よりまとめ主の註釈が多いし、どんな観点でまとめてるか滲み出ていてちょっと引くなぁ。
3mのパブリックエネミーちくわ @tikuwa_zero 2017年10月12日
え?誰がそんな事云ってんの? まとめ主の考え=一般的、なの?>「そもそも野次は不当な言論ではない」という構えが一般的でしょう。
希望 @nozomi_crs 2017年10月12日
まとめの大半が青識さんに関するまとめって凄いな・・・
3mのパブリックエネミーちくわ @tikuwa_zero 2017年10月12日
ちなみに、国会内の野次を直接的に防ぐ法律はないので、個々の議員や政党のモラルの問題にしかならないけれど、選挙演説に対する野次(妨害行為)に関しては、公職選挙法第225条選挙の自由妨害罪に規定がありますね。
黒咲千夜 @kurotinya 2017年10月13日
「相手の言論の自由への妨害」を「自分の言論の自由の行使」と言い換える詭弁は流石に勘弁ですわ。 対立者と関係のない場所で自分の主張を広めるなり、事前に文書で討論を申し込んでお互いに準備をした上で意見を戦わせるなりするならともかく、不意打ちのようなやり方でただ邪魔をしに来ただけ。 「正当」とか「不当」とか以前に「ただの騒音」であって、「言論」ですら無い。
ニートその3 @apribi 2017年10月13日
野次OKでリベラル勢が勝ってしまったら、サイレントマジョリティが動き出してリベラルが圧倒的不利になる(からやめたら?)ってだけの話なんじゃねーのw
柵檻 @SAKUOLI 2017年10月13日
時々ヤジを飛ばしたり抗議のプラカードを掲げる位なら良いと思いますが、演説が聴こえなくなるレベルのコールをオーケーとした場合、双方が組織的にそれを行えば選挙演説そのものが成り立たなくなるのでまずいですよねえ…
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