創作荘東京オフ会小説『絡めた指、唐草模様』その41、その42
#創作荘 東京オフ会小説 絡めた指、唐草模様 42 「あなた達がやっているのは、かえって他所の国からの余計な干渉の種を作って日本を混乱させてしまうことです」 「ほう、中々に詳しいではないか。北川、刀を納めろ」 「東田さん、それじゃみすみす……」
2017-10-20 22:54:45四人目に命令された、北川という名の侍はもう少しでヘンリーさんの額を斬り割るところだった。 こうして向き合うと四人ともヘンリーさんと同じくらい若い。二十代の序盤くらいだろう。 「いいから納めろ。あとの二人も引け。そこの娘に聞いておきたいことがある」 東田は蟹糖さんを指さした。
2017-10-20 22:56:56「短筒はどうします?」 東田でも北川でもない侍が聞くと、東田はまだ組み合った状態のままの北川とヘンリーさんの間に行き、刀を一閃させた。瞬きする間に、ヘンリーさんのピストルは真っ二つになった。北川は勿論、ヘンリーさんも傷一つつけずにピストルだけ壊した。
2017-10-20 22:57:23いきなりバランスが崩れてヘンリーさんは床に尻餅をつき、弾みでポケットから小さな箱がこぼれた。鉱石標本とはまた違うが、はっきりとは確かめられない。そして、東田の刀は鞘に戻っていた。 「これで良かろう」 「はい」 北川は大人しく刀を納めた。
2017-10-20 22:58:14「では、改めて聞く。我等は神州を異国から守るつもりでいる。どのみちこの蔵は、こやつらが不当に神州から巻き上げた財貨を蓄えているのであろう。ならばこやつらごと焼き討ちにして初めて世にけじめがつくのではないのか? どうして我等の邪魔をする」 「けじめなら、話し合いでもつくと思います」
2017-10-20 22:58:48蟹糖さんは静かに反論した。 「黒船と大砲で神州を脅したこやつらが、話し合いに応じるとは思えんな」 「少なくとも、今の皆さんが戦っても勝てません」 「なにを言うか、この……」 北川が肩を怒らせるのを、東田は眉一つで黙らせた。 「ならばどうする」 「まず、火を消しませんか?」
2017-10-20 23:00:45蔵には屋根まで火が回りつつあった。 「断る。我等は火消しではない」 「あなた達が放火したのでしょう?」 「さあな。鎮火は却下。他に策はないのか?」 蟹糖さんは自分のバッグからマーカーペンを出して見せた。 「日本製です。世界中で売れて愛用されています」 「左様な品がなんになる!」
2017-10-20 23:01:13「西野、静かにしろ。初めて目にする品だ。日本製と言ったな。つまり、異国にない技術を身につけろと言いたいのか?」 「そうです」 蟹糖さんの背後で、蔵の中に回った火が勢いを増し始めた。 「生憎だが、それほどのんびりした話には付き合えん。面白くはあったがな」
2017-10-20 23:02:33その締めくくりに、私は本能で命の危険を感じた。 「私からも聞いていいですか?」 気丈にも、蟹糖さんは反撃した。 「なんだ」 「他の蔵は大して燃えてないようです。どうしてここだけ火の回りが早いんですか?」 「そこの男に尋ねた方がいいな」 東田はヘンリーさんに目を移して言った。
2017-10-20 23:03:49「ヘンリーさん……?」 蟹糖さんも床に座ったままのヘンリーさんを見た。 「ヘンリー、説明しろ!」 「長屋の人々に、この蔵がオズボーン商会の所有だと教えただけです」
2017-10-20 23:04:45「我等もその繋がりで耳にした。お家騒動で父親を始末するために蔵の話を広め、我等が動いたのを察知してから父親を港に呼び出したのだろう。お前がな」 東田の推察を、ヘンリーさんは黙って受け入れた。 「ヘンリーさん、間違っています! そんなやり方は!」 蟹糖さんでなくても怒る。
2017-10-20 23:05:22口こそ開かないものの、私も同じ気持ちだった。 「死なせるつもりはなかった!」 「ああ。俺が斬りかかる直前、まとまった足音がしたからな。あれはヘンリーとやら、お前の手の者だな。お前の父親は海に飛び込んで逃げた。俺はお前の手下をやり過ごし、お前の父親を探す内にその娘に会った」
2017-10-20 23:06:04「蔵が燃え始めた時にその場にいて、燃やす理由があったのはあなた達だけです」 蟹糖さんの組み立てた論理からは誰も逃げられない。 「ふむ。察しが良いではないか」 意外にも素直な称賛だった。 火は蔵全体を包み、私達全員がいる戸口だけが奇跡的に焼け損なっていた。 続く
2017-10-20 23:06:56#創作荘 東京オフ会小説 絡めた指、唐草模様 42 火の粉が飛び交い、いつ消し炭になるか知れない。陽炎を透かして、東田達の背後に大勢の人々が近づいている。 「火消しか、奉行所か、オズボーン商会か。いずれにせよ潮時だな。南原、船を出せるようにしておけ」
2017-10-21 00:58:52振り向きもせず、東田は感づいた。南原は短く返事をしてどこかに消えた。 「娘、得心がいって満足したろう」 「危ない!」 と、叫んで割って入ったのはヘンリーさんのお父さんだった。怪我人の意外な行動に、さすがの東田さんも不意をつかれ、抜いた刀の動きがほんの少し鈍った。
2017-10-21 00:59:36「父上!」 ヘンリーさんも立ち上がり、二人で東田にしがみついた。 「不覚!」 「東田さん!」 北川と西野が刀を抜いてオズボーン親子を刺そうとした。その時、焼け落ちた瓦が北川達の頭を直撃し、二人とも地面にはいつくばって気を失った。 なんでもいい。東田を牽制して、
2017-10-21 01:00:29オズボーン親子と蟹糖さんが刀から離れるきっかけが。煙がしみた私の目に、ヘンリーさんが落とした箱が写った。それを拾って、初めてオルゴールだと分かった。オルゴールの底には見覚えのある差込口がある。本能の導くままに、私は自分のスマホとオルゴールをケーブルで接続した。
2017-10-21 01:00:47「リテラチャー・ラジオ! 今夜のDJは、私こと浅縹がお伝えします! 最近はとある刀の擬人化ゲームや大河ドラマなんかも手伝って幕末が注目されていますね」 「は、箱が喋った!」 東田が仰天して、刀を落とした。 「オルゴールが喋った!」 オズボーン親子も仰天した。
2017-10-21 01:03:26「今だ!」 それまでモブシーンだった人々が一気に走って近づいてくる。 「近藤勇の虎徹なんかは本物か偽物かでファンの間でも意見が別れるんですって。ここでお葉書を一通。ラジオネームリオ@三十秒さんから。心頭滅却すれば火もまた涼し、ですって」 「蟹糖さん!」
2017-10-21 01:04:10私は蟹糖さんの手を引き、敢えて蔵の中に入った。その直後、天井が火に耐えられなくなって燃えたまま抜け落ちた。 熱くもなんともなく、オフ会そのままの格好で、私と蟹糖さんは会場の出入口を背にしていた。 「あっ、蟹糖さん! ちょうど皆で鎌倉山のラスクを食べていたところですわ」
2017-10-21 01:04:38土星の女王陛下が優雅に声をおかけ遊ばした。 「皆さん、とても楽しんでらっしゃいますね。私も混ぜて下さい」 蟹糖さんがはにかみながら言った。 「勿論ですわ」 輪に加わってラスクを楽しむ蟹糖さん。 私は、会場に新たに加わった肖像画を目で追った。
2017-10-21 01:06:34『ヘンリー・オズボーン 1844~1911 オズボーン一族として初めて後継を拒絶し、同商会は部門ごとに独立した。のちに鉱山技師の資格を取り、明治政府に招かれて活躍した。また、元水戸浪人の東田章良と協力して孤児院を作った。孤児院の子供達はオズボーンにちなんで全員が小津姓を名乗った』
2017-10-21 01:09:03「ねー、お湯はまだかな」 みどりんが口にした途端、会場の外からピーピーと甲高い音が聞こえた。ヤカンの口から湯気が出る音だ。 「私、呼んできます」 皆に言って、私は会場を出た。 続く
2017-10-21 01:09:22