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日本の音楽産業は「優等生J-POP」に支配されている?

2020年の東京五輪開催を控えてか、「清廉な日本代表アスリート」をやたらとプッシュする風潮がある。そういうスポーツの話題には必ず優等生J-POPが付きまとう。こういうものを叩き潰すようなカウンターカルチャーが今の日本には必要なのだ
社会問題
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ボンにい @bonchacchanga
音楽シーンを発展させるのは常に、富裕層でエリートの大人と、逆に貧乏で常識規範に縛られない不良の若者だと思う。ジャンルで言えば前者はクラシック。後者はロックにHIPHOPにEDMと最新の流行曲を切り開いてきた
ボンにい @bonchacchanga
むろん世間の大多数の人は金も学もそんなにないし、不良でもない。大衆は両極端から「いいとこどり」し、バランスをとった音楽文化を築き上げた。それが日本であれば地上波テレビ中心の歌謡界だったのではないかと思う。エスタブリッシュメントの大人から見ればそれも低俗で不良の若者から見ればお堅い
ボンにい @bonchacchanga
私は20代だがもうアラサーだ。つまり90年代の記憶がある。しかも生まれ育ちがサザンの地元でもある茅ヶ崎なので、当時の若者音楽シーンの一番いい部分を知っている。90年代のJ-POPは、1997年くらいまではFMラジオや外資系CD店などの洋楽的空間に主導権があり、不良文化の側面があったと思う
ボンにい @bonchacchanga
つまり昭和で言う日本的な歌謡界を拒否したロックのようなユースカルチャーとしての「J-POPの絶頂期」は97年以前であるが、一方でカラオケボックスなどができて、J-POPが地上波テレビにも露出して、支配的になって、ミリオンヒットが連発された「平成版歌謡曲としてのJ-POP」の全盛は97年以降だと思う
ボンにい @bonchacchanga
1997年という年がその節目であり、平成版歌謡界としてのJ-POPは、2000年前半の宇多田ヒカルとか浜崎あゆみみたいな女性アーティストが活況を呈していた頃を経由していく中、J-POPは大衆社会と一体化し、もはや海外の影響も受けず、物好きな若者中心の社会規範に逸した文化ではなくなっていった
ボンにい @bonchacchanga
私はJ-POPが死んだのは、1997年から10年後の2007年だと思っている。この年の正月に大ニュースになったのが「DJ OZMAの炎上事件」である。もともと彼は不良的なアーティストだったが、前年の大みそかに紅白という国民的番組の舞台で、卑猥な衣装でパフォーマンスしたのが大騒動になったのである
ボンにい @bonchacchanga
非常識な行為ではある。しかし若者不良文化の観点からすれば「日本的な昔ながらの決まりきった規範」はぶち壊してなんぼなのであり、正当なパフォーマンスである。若いころに桑田佳祐が演歌歌手を茶化したり、昭和の時代からロックバンドなどが悪さをすることはいくらでもあった
ボンにい @bonchacchanga
しかしDJ OZMAの炎上を契機に、その後、J-POP系アーティストの 「おイタ」は一度も起きることはなかった。出禁を解かれた桑田佳祐が久々に紅白に出た時、意図して悪ふざけをしたわけではないのにネトウヨに首相を茶化しているだろうなどと因縁つけられ炎上させられて声明発表を強いられたことはあった
ボンにい @bonchacchanga
大衆歌謡色を帯びて以降のJ-POPはなおも不良的で、何かしらは昭和時代の日本の因習に対するアンチテーゼもあった。私の世代、モー娘。に憧れた女子小学生は校則を無視していた。しかし、2007年の紅白(DJ OZMA事件の翌年)に初出場したAKB48は黒髪スッピン管理教育風の堅苦しい学生服だった記憶がある
ボンにい @bonchacchanga
台湾や韓国のアーティストのカバーを日本語で歌っていたわけである。外国語曲を日本語で歌うカバー歌手といえば、大正時代の流行歌の頃よりずっといくらでもあったのだが、大衆万人に知られる歌手としてはたぶん現時点ではこのDJ OZMAが最後で、以来10年間は誰もいない状態が続いている
ボンにい @bonchacchanga
DJ OZMAは本気ではなく昭和のヤンキースタイルをギャグ的に描いたルックスだったとはいえ、世間の大衆万人の常識と外れたような「不良」を肯定的に演じていたことは間違いないだろうし、コミックソングとはいえ海外音楽の影響を受けていた。だが、2007年以降のJ-POPは不良から解放され、鎖国状態にある
ボンにい @bonchacchanga
よく、J-POPがダメになった、つまらなくなったという人がいる。90年代に若かった人たちの懐古主義者だけではなく、当時生まれてさえいない10代でもそういうことを言う人もたまにいる。理由はやはり、1997年からあしかけ10年でDJ OZMA的なキャラが否定されたことが、原因だったのではないか
ボンにい @bonchacchanga
もともと日本的な歌謡界を「昭和的」で嫌悪していた若者が、元号が平成になった新時代に日本的なる日常からの解放区を求めてJ-POPを築いた。そうした先駆的なセンスと勢いのある若者と本来歌謡界の側にいた大衆がともにJ-POPを支持したことも97年あたりの異様なミリオンヒットだらけの高揚感ではないか
「優等生J-POP」に支配される日本の音楽産業
ボンにい @bonchacchanga
私は思う。2017年現在日本の音楽産業を支配しているのは「優等生J-POP」ではないだろうかと。不良でもなければ不良の影響を受けてロックにはまるような主流の層でもない。つまり「不良的な偏差値」でいえばドベに近い(しかしほんとの学力偏差値が特別高いというわけでもない)連中の音楽ができている
ボンにい @bonchacchanga
優等生J-POPは、もし昭和の時代であればロックやニューミュージックの流れを「日本的ではない」と拒絶したような人たちの感性で形作られている。しかし、戦時中の軍歌を引きずったようなコテコテの演歌や歌謡界が21世紀に通用しないということくらいはわかっているので、昭和時代の保守層にはならない
ボンにい @bonchacchanga
優等生J-POPは、戦前のモボモガが楽しんだ流行歌や、昭和のロックや、バブル期のディスコや、平成前半のHIPHOPや、21世紀のEDMのような、都会の街の若者の海外文化の影響を受けて自由に歌って踊ったような感覚とは一切無縁であるし、むしろそういう感覚を嫌悪する側の音楽である
特徴①最大の発信メディアはNHK
ボンにい @bonchacchanga
では優等生J-POPとは具体的にどういうものなのか。まずメディアである。たいていの音楽ジャンルは、不良の若者音楽といえば雑誌が情報源だったとか、ニューミュージックならFMラジオだとか、特定のメディアに依拠するものだが、優等生J-POPは「国営放送NHK」に大きな影響を受けていると思う
ボンにい @bonchacchanga
NHKの好んで放送したがる音楽というと、昔であれば、老人好みの演歌歌手ばかりを推しだし、あるいはN響アワーのようなラジオ第一放送の「音楽の泉」のようなクラシック、または教育テレビの童謡という具合に、若者音楽と最も縁のなさそうなジャンルに偏っていた
ボンにい @bonchacchanga
NHKはJ-POPの全盛期にJ-POPというジャンルをほぼ無視していたし、街の若者に支持される歌手は紅白歌合戦くらいでしかNHKに出ることはなかった。だが、OZMA騒動以降の2007年あたりから「NHK好みのJ-POP歌手」に限って、NHKで演奏したり、NHK番組のテーマ曲に採用される機会が増えていった
ボンにい @bonchacchanga
わかりやすいのが「のど自慢に出てくる中高生が歌うJ-POP」である。どれも歌詞の内容は穏当で、暴力や性などの不良的な要素と無縁だ。そして朝の連ドラのオープニングだった曲とか、五輪みたいなイベントのNHK版キャンペーンソングだった曲の出場率が妙に高い
ボンにい @bonchacchanga
今のNHKを見ていると、とにかくJ-POP推しである。かつて「火曜コンサート」だった枠は、純粋な演歌だけの歌謡番組から一転、演歌の合間にNHK好みのJ-POPを歌うという無節操な番組「うたコン」になっていることに最近気づいた。ドキュメンタリー番組にさえナビゲーターにJ-POP歌手が出てくる
ボンにい @bonchacchanga
「みんなのうた」とかももはやJ-POPで、ラジオ第一放送を久しぶりに聞くと演歌でもクラシックでもないJ-POPをたまに不意打ち的に流して妙に冷や汗をかくことがあうる。NHK的な国営放送バイアスで厳選されたJ-POPや、NHK好みに作られたJ-POPがもはや1音楽ジャンルになっているのである
ボンにい @bonchacchanga
昭和の若者にとってNHKは天敵だったと思う。極端な話、戦前生まれの封建的な親が「NHK以外視聴禁止」という黒髪校則ばりの謎ルールを強いるような、日本的な押しつけに反発するために洋楽ロックに走ったのが彼らだ。桑田佳祐のヤンチャが大勢の若者を虜にするわけである
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