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鶴田祐士🇯🇵Yüji Tsuruta @YujiTsuruta
非常に恥ずかしい質問を一つ、聞いてもいいでしょうか?父、ジャンボ鶴田の「オー!」の起源を知っている方、教えていただけますでしょうか?いつ頃から使い始めたのかも教えていただけると嬉しいです。(//∇//) #プロレス #ジャンボ鶴田 pic.twitter.com/d8X2QEL65x
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カズヒコ◢͟│⁴⁶ @gekikazu321
@YujiTsuruta ジャパン勢が全日来た頃じゃないですかね?間違ってたらすいません😓
ゴルゴス @H7Ihm
@YujiTsuruta 自分の認識では、89年1月の後楽園ホール大会で 鶴田選手が技を出すのに合わせて観客が「ムオオオ〜ッ!」と歓声を上げてました。 それがもっとこなれて「オーッ!」に発展したような気がします。
えいじ @eiji1020carp
@YujiTsuruta 五輪コンビの谷津さんと、タッグを組んだ87年くらいかな
ぬまつだちゃん @tsudanuma18
@YujiTsuruta 若い頃に「これから反撃に出るぞ」というような場面で、髪の毛を掻き毟るようなアクションで「オーっ!」とやっていたのが徐々にファンに浸透して、右手を突き上げての「オーっ!」になったように認識してます。
taku @yeaOh114
@YujiTsuruta 1980年のチャンピオンカーニバル決勝から始めて〜84年位は「オー」ではなく「ウォー」で、85年位から「オー」、お客様の「オー」コールや入場時の「鶴田〜オー」コールは天龍革命後の87年位だったと思います。リングイン後に「オー」で鶴田さんが拳を突き上げる動きは90年以降だったと思います。
Mai Lupon湘南 🏄‍♂️ @4649Kzst
@YujiTsuruta 自分も谷津選手と組んだあたりからだと思います。 オ〜、オリャ〜、オ〜、オリャ〜ってな感じでね…
西沢 パッピ〜 正智/葉火 @kemurikaizyuu
@YujiTsuruta お父さんはまだ若い時から、よく他のレスラーが「よぉし行くぞー!」と言う場面で「オー!」と叫んでいました。やがて善戦マンと呼ばれた頃からアンチファンが「オー」という野次を飛ばすようになったんです。お父さんはそれを逆手にとって意識的に「オー」をし始め、ついにファンも認めたんです。
高田誠 @711makoto1
@YujiTsuruta ジャンボさんは星条旗タイツの頃「Come on Now!(かかって来い!)」と対戦相手をよく挑発していました。それが転じて『オー!』になった可能性があります。 pic.twitter.com/yyCXK60pwl
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KEI @hs1971
@YujiTsuruta 個人的には起源はあまり意味をなさないと思います。猪木さんのダーの起源を追う人はおりません。ダーとオーは同じだと思います。歴史で追う必要はありませんよ。ただ、わざとオーをやりすぎて反撃を食らってしまうのは鶴田さんの遊び心なのかなと。
nisen_en @nisen_en
@YujiTsuruta 私もぬまつだちゃんさんと同じく、若い頃に相手のわざを受けきって髪の毛をかき毟りながら小さなガッツポーズの体で「おぉ!」だったのが、徐々に浸透して行き、五輪コンビでお客の「オー」「オリャー」コールを経て、右手を突き上げる「オー!」へと変遷していった感じだったかな。
まさ @ishi19680804
@YujiTsuruta 前の方も言われてますが、最初は反撃に出る時に髪をかきむしるように「オー❗」って言いながら、両拳を握っていたのが進化したんだと記憶しています。
尾前 慶一朗 @osk_with_band
@YujiTsuruta 僕は必殺技ジャンピングニーパットキックが決まった時に使うのかなあって思っておりました。
Satoshi Ishii @tiga_sky
@YujiTsuruta 天龍とやり始めた頃、こんな事していいのか?とレフェリーに抗議の意味での不服気なオーが、天龍応援団によってジャンボの入場時おちょくりの意味でJに乗せてコールされました。それにめげる事なく我が力として使い続けていくうち鶴田ファンも認知する雄叫びのオー!に変わっていったと思います。
超獣だけの横道(おうどう) @chojyu1972
@YujiTsuruta @makoto_g 起源は分からんけど、84年辺りから、ちょくちょくやり出した印象
T.Ohashi @takkun1975107
@YujiTsuruta 私も髪をかきむしるのが起源だと思います。 やはり、ジャンピングニーの後によくやっていましたから。
T.Ohashi @takkun1975107
@YujiTsuruta お父さんは本当に強く素晴らしかったです。 夢、希望をたくさんいただきました。 今も時々ですが、頭の中でJが鳴り響きます。 そして右手を握りしめ、オーっをする姿は、僕にとって、いつまでも、忘れることはありません。
倉持隆夫bot @takao_kuramochi
ジャンボは、フレアーを攻め込んでますね。ここで、ジャンボが右手を上げて、オーと叫びました!!!「こんな、オーなんてやっている暇があるくらいなら、どんどん責めないとダメですね。」 (馬場)
「#プロレス」

コメント

gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2017-11-18 01:46:56
面白いもので、本当に「オー!」をやり始めたころと、観客が「あの『オー!』が出た!!」と認識する時期がまた違うんですわ。はじめのうちはアメリカンプロレス流のアピールなのでファンは、そして師匠の馬場ですら「そんなことやってる間に攻めろ」と言ってたのだが、一種「揶揄」の意味を込めてファンが「ツ・ル・タ、オー」とやり始め、それがネタ半分で受けるようになり、そしたら本人もその気になって最後は代名詞、やると大受けになって…と。(続く)
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2017-11-18 01:49:37
そしてまとめ内にもあるように、五輪コンビを谷津嘉章と組むようになると、「オー」に合わせて、やや無理やりの感じで「谷津は『オリャー』だよね」とファンが掛け声をかけるようになり、公式も悪乗りして「オー・オリャー」Tシャツを発売。川田は蹴るときの掛け声「シャー」をファンが「シャーコール」でいじるようになったが川田が「マジやめて」と表明し、これは不発になった…てな話もあったよね。
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2017-11-18 01:52:18
gryphonjapan gryphonjapan 今『2011年の棚橋弘至と中邑真輔』(柳澤健)読んでるけど、「最初棚橋の『愛してまーす!』は全会場で滑りまくって、本人もちょっと悩んだが、開き直ってやり続けていたら、ついにある時期から認知され代名詞、待ってました!の名物パフォーマンスになった」のだそうだ。オーもかなり似てるところがあった、とリアルタイムで見てた人間として証言しときます
北大 輝@神姫Project隊長 @honda_sado 2017-11-18 09:36:08
30年ほど前、何度かドサ回りで全日が福井市体育館に来てましたが社長(サイン会始まってすぐ行ったので二人きりになり、私が持ち込んだサイン色紙にサインを貰い、握手もしてもらった)・天龍・輪島はいたけど鶴田はいなかった気がする・・・
HILANDER @VR747TYPEA8 2017-11-18 15:19:32
親父が息子にも教えず、墓場まで持って行った秘密を暴きたてようというのか!(何か違う)
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