英雄の息子で天才の物語論

「なぜ少年マンガの主人公の少年は『英雄の息子』で『天才』なのか?」という意見とマンガ論に対する、個人的な疑問を書いてみました。正しい・正しくないではなく、現状の作品作り(漫画に限らず映画も)への疑問です。
英雄 天才 マンガ
43
田中ユタカ 12/14(土)、15(日)「スパローガール祭」 @tanakayutak
ある編集者「なぜ少年マンガの主人公の少年は『英雄の息子』で『天才』なのか?少年が読むものだから。子どもが読むものだからです。子どもは誰もが『英雄の息子』で『天才』だからです」
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語 @mogura2001
そして甘やかし漫画が氾濫。 RT @izumino: 少女ならジュエルペットでいう「女の子は誰でもステキな魔法使い!」ですね RT @tanakayutak: ある編集者「なぜ少年マンガの主人公の少年は『英雄の息子』で『天才』なのか?少年が読むものだから。子どもが読むものだから…
田中ユタカ 12/14(土)、15(日)「スパローガール祭」 @tanakayutak
作品がその子どもにとって、甘やかした害毒になるか、一生を勇気付ける大切な宝物になるか、その境界は常に危うくデリケートですね。だからこそ、一人ひとりの子どもと作品の出会いがより良いものであって欲しいと願わずにいられません。@mogura2001
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語 @mogura2001
@tanakayutak 現状、あまりに安易な「君にも何か隠された天府の才能があるかも」式の甘やかし漫画が氾濫しすぎです。凡人が必死の工夫や努力や発想の転換、なけなしの勇気を振り絞って立ち向かう作品は、一生を勇気づける大事な宝物になりますが(ちばてつや・あきお両先生の作品とか)。
田中ユタカ 12/14(土)、15(日)「スパローガール祭」 @tanakayutak
昨日の「子どもは誰もが『英雄の息子』」は、少年マンガにおける幼児性の肯定に対する批判への反論、という文脈の中で編集者から伝えれた言葉でした。 「現実」を描くと言いながら、挫折や無力感を描くことは本当に正しいのか、それは子どもの読者にとって‘本当に’「現実」なのか?
田中ユタカ 12/14(土)、15(日)「スパローガール祭」 @tanakayutak
「男の子はみんな『英雄の息子』だし、女の子はみんな『お姫さま』です。クラスの中のどんな冴えない子だってです。一人ぼっちの子だってです。『お前なんかダメだ』って言葉なら世の中からいくらでも浴びせられます。マンガまでそっちの側についてどうするんです」(※セリフメモ、田中ユタカ創作)
田中ユタカ 12/14(土)、15(日)「スパローガール祭」 @tanakayutak
今回の大震災で、世界がもろい壊れ物で、親も自分も為すすべなく痛めつけられてしまうことがあるのだと体験した子どもたちに、私たちはどんな物語やヒーローやヒロインを差し出すことが出来るか?
田中ユタカ 12/14(土)、15(日)「スパローガール祭」 @tanakayutak
「誰も救いに来てくれなかった子どもの頃の僕自身に向けて、僕は今、ヒーローを描いてあげているんです。『生き延びなさい。君自身がヒーローになって救いに来る時まで。君のヒーローは必ずやって来るから!』」(※作品用セリフメモ、田中ユタカ創作)
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語 @mogura2001
人生は挫折の連続であり、思い通りになることは数少ない。マンガ家デビューもできない投稿者から見たら羨ましい限りの人気作家も、内実は未来への不安や、己の才の乏しさに呻吟し、絶えざる競争に苦悩している。そんな時に心の支えになるのは、天才がその力を発揮する作品ではない。
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語 @mogura2001
凡人が凡人として、何も無い自分を変えていく、危機的状況を切り抜けていく物語は力になる。少なくとも今を生きるヒントになる。ダニエル・デフォーの『ロビンソン漂流記』は1719年に発表された古典中の古典だが、未だに子供たちの旨を熱くさせる。彼は英雄の息子でもなければ天才でもない。
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語 @mogura2001
『英雄の息子』で『天才』というのは、『スターウォーズ』の悪しき解釈。以前も書いたように、同作は敗北したベトナム戦争の癒しの物語。悪の帝国に民主主義勢力が勝つ、それも田舎の純朴な青年(ジェダイとしては訓練開始時期も遅い)が銀河を救うというモチーフは、『フォレスト・ガンプ』も同じ。
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語 @mogura2001
『スターウォーズ』では、エピソード5での、実はルークがベイダーの息子という設定のインパクトがあまりに大きく人口に膾炙したため、その部分のみを安易に模倣する作品が、以後量産される。その直系子孫が『ハリー・ポッター』。ただ、スターウォーズの設定自体は、よくある物語のパターン。
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語 @mogura2001
物語のパターンとして、エディプス・コンプレックスの克服はそれこそ何千年も前からある物語。エディプス(オイディプース)とは、自分の父親を殺し母親を妻として娶ってしまった悲劇の王の物語。ギリシャ神話に出てくるこの物語を元に、フロイトはエディプスコンプレックスという心理的抑圧を説く。
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語 @mogura2001
フロイトの学説の是非はともかく、人間は古来から肉振動子で争うこともしばしば、特に男の子にとって父親とは乗り越えるべき最初の壁にして、永遠の壁。梶原一騎の作品には『巨人の星』や『人間凶器』『斬殺者』など、数多くこのモチーフが語られる。それは、梶原と厳格な父親との実際の相克の反映。
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語 @mogura2001
スターウォーズも本来は、父子相克の物語。父親というのは、超えるべき理想であり、同時になってはいけない未来の自分。スターウォーズは本来、なってはいけない父親を克服し、克服された父親と息子の和解の物語である。菊池寛『恩讐の彼方に』も形は変えているが擬似父子による相克と和解の物語。
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語 @mogura2001
にも関わらず、「友達のような親子関係が理想」と言い放つ現代にあって、民主的な父親は克服すべき対象ではなく、結果的に「英雄の息子」で「天才」が、その力を発揮するだけの物語が大量生産されることに。その悪しき解釈の一番の被害者が、平成版巨人の星としてリメイクされたマガジンの作品。
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語 @mogura2001
そこで描かれた星一徹は、ひたすら理不尽な怪物・理解不能な化物として描かれており、そこには梶原一騎が欲してなお得られなかった、父親との和解はない。ただひたすら怪物から退治されるべきドラゴンの如き存在となっている。平成版が花形満の視点から描かれるのは当然。彼は金持ちの御曹司で天才だ。
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語 @mogura2001
その梶原一騎と、ちばてつや先生が描いた矢吹ジョーは、天才ではない。英雄の息子でもない。天才は力石。ジョーは、肉を切らせて骨を断つという、己の中の勇気という武器でクロスカウンターを放つ。ちば作品は基本的に、そういう凡人が頑張る物語。実弟のちばあきお作品は、さらにその傾向が顕著。
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語 @mogura2001
東大合格者は親も裕福な家庭が多いという調査結果が出ているが、結果的にそういう有名大学を卒業した高学歴の子弟が出版社に入り、自分の人生を肯定しようとしたら、「英雄(金持ち)の息子」で「天才(受験戦争の勝ち組)」という物語を好むのも必然か。日雇い労働者の息子より御曹司に共感して当然。
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語 @mogura2001
藤子不二雄作品は、一見するとドラえもんという万能の存在で、楽して成果を得る物語であるが、基本的にそれを暴走させてしまったのび太が、しっぺ返しを食う。『笑うセールスマン』もその応用系。必ずバランスを取るための毒を、幼年向け作品であっても忍ばせている。一方的な甘やかし漫画ではない。
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語 @mogura2001
ジェフのサッカーコーチである池上正氏が、小学生に紅白戦をやらせると、チーム分けで奇妙なことをするという。自分らの感覚ならば、戦力を均等に分けてチームをつくるのに、1番目から11番目に上手い子のチームと、12番目から22番目までの子のチームと。当然、試合内容はワンサイドになる。
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語 @mogura2001
10点も20点も点差がついた試合になるので、池上氏が途中で弱いチームに入って立て続けに得点すると、子供たちは「ずるい」と言い出す。仕方が無いので池上氏がキーパーになって得点しない代わりに、強いチームのゴールをたてつづけに止めると再び「ずるい」と批判するそうだ。ずるいのはどっちだ?
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語 @mogura2001
自分たちだけ有利な条件を一方的に決め、弱い者いじめ同然の試合をすることを恥ずかしいと思わない子供たち相手なば、なるほど「英雄の息子」で「天才」が一方的に勝つ物語を、嬉々として受け入れるのかもしれない。ゲームばかりやってる小学生よりも健全と大人が考えているサッカー少年の不健全性。
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語 @mogura2001
しかし、これは子供たちの責任だろうか? 子どもたちの姿は、今の大人達を写す鏡である。放射能怖い怖いと煽るマスコミが、必死に「買い占めは辞めましょう」と一日に何回何十回と呼びかけても、安全な東京でガソリンやコンビニの食料を買い占めて恥じない大人達の、影響を受けていないと言えるか?
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語 @mogura2001
「漫画なんてしょせん娯楽、小難しいこと言っても誰も読んでくれません。かつての名選手の息子が小学生でプロになって大活躍するようなストーリ、書きましょうよ」と編集者に言われたとき、マンガ家はどうするべきか? 自分なら「それで行きましょう! ところで原稿料はずんでくださいね」(終)。
残りを読む(4)

コメント

もるのがわ ちょうすけ @1983216 2011年3月30日
実力主義じゃない政治家やら歌舞伎役者やらは二世ばっかだし、大人も子供も鷹が鷹を産む事を求めてるんだろう。その重圧に耐えかねて一茂はステロイド使い、公営ギャンブルでは競馬が一番人気になった。単に需要と供給の問題じゃないかな。
長島芳明 固定ツイRTしてマン @nagasimayosiaki 2011年3月30日
キン肉マンとドラゴンボールを連想しました。二つとも血統らしきものがバックボーン(だから強い)。日本は皇室があり、ドラクエは勇者の血筋が多いので日本の土壌がそうだと思います。主人公が凡人スタートはBECKのように、天才と出会い、伝説(大いなる力)を受け継ぐパターンかと。 今回の天災で、凡人な主人公がトリックスターから夢のような力を頂くが、実は体を蝕み、牙を向く。それを克服して強くなるの。アムロも碇シンジ君も親の職業が遠因してますから、血筋となると、「親のお陰で成長できたが、その親を越えなければいけない。
長島芳明 固定ツイRTしてマン @nagasimayosiaki 2011年3月30日
【続き】気付けば親が悪者」ん? ヤマトタケルとスターウォーズ? 表面が変わっても、本質は変わらない……? 自身の読書体験は「英雄になりたい」よりも「英雄の友達になりたい」が近かったですね。構想(妄想)中の作品も、英雄に影響されるパターンが多いです。 突き詰めると「個人に帰す」になってしまいますが。(商売となると、それではイカンのか?)
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語発売中 @mogura2001 2011年5月4日
気がつけば500ビュー達成ですか。 コメントありがとうございます。 個人的には、資産家の息子や伝統芸能の家の息子とか、かなりの葛藤とかありますから、そこを描けない天才で英雄の息子の物語は、やっぱり深みはないと思います。
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語発売中 @mogura2001 2011年5月4日
例えば天才の息子・長嶋一茂氏はパニック障害に陥ったわけですが、鷹揚に育てられ細かいことにこだわらない、未来に不安がないように見える彼ですら、そうやって未来に対する不安を抱えて生きているわけで。現実の辛さから目を覆い隠す作品ではなく、現実の辛さを教えた上で、どう戦うかの物語が自分は好きです。
喜多野土竜 ⋈ 通潤橋物語発売中 @mogura2001 2011年5月4日
天才の物語であっても惣領冬実先生とかは昔から、天才ゆえの欠損をちゃんと描きますね。初期の代表作の『ボーイフレンド』や『3-THREE- 』は、欠けた何かを抱えた同士が出会う物語ですし、チェーザレ・ボルジアに関心が向くのも必然であったように思います。あ、『ピンクなきみにブルーなぼく』も欠損した同士の物語か……。機会があれば、続編もつぶやいてみたいですね。
Aa @Aa_stealth 2012年2月24日
少女漫画の王道にしてスポ根物、「ガラスの仮面」がマヤではなく亜弓さんに、だんだん感情移入する方向に行ったのは面白いと思う次第。
Haru(* ´ ∀`*)精神科→脳内科 @HARE_3_ 2012年6月17日
これは怖いRT @mogura2001 ジェフのサッカーコーチである池上正氏が、小学生に紅白戦をやらせると、チーム分けで奇妙なことをするという。自分らの感覚ならば、戦力を均等に分けてチームをつくるのに、1番目から11番目に上手い子のチームと、12番目から22番目までの子のチームと。当然、試合内容はワンサイドになる。
釣本直紀 @turimotonaoki 2014年9月11日
この人はただの説教好きの年寄りだな。漫画を読むには歳を取り過ぎている。今の漫画は自分より若い人向けに味付けされているという認識が無い。投稿は長ったらしい上こじつけが強いし話の脱線も多い。
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする