即興小説・怪談頭陀袋

即興で書いた怪談です。
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佐々木匙@やったー @sasasa3396

「南階段の下、上からではちょうど陰になって見えにくいあたりだ。あすこに、いつからか放置されているずだ袋があるだろう」僕は入寮してから一週間ほど経つが、部屋から遠い南階段を利用したことはなかった。だから、袋のこともよく知らぬままにはい、と頷いた。錦織先輩は重々しく頷く。

2017-11-22 16:55:54
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「俺がこの話を聞いたのは、やっぱり寮の歓迎会の時で、その時にはもう置いてあったわけだから、三年近く前には確実にあったことになるな」缶ビールを手酌で注ぎながら、先輩はゆらゆらと続ける。僕は急にぴんと張った周囲の空気にどぎまぎしながら話を聞いていた。

2017-11-22 16:59:15
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「いろいろな噂があったよ。ただのガラクタだとか、業者が何か置き忘れていったとか、寮母さんの隠し物だとか……誰かがバラバラの死体を入れたのだとか」「死体はさすがに、その、臭ったりして騒ぎになりませんか?」僕はつい口を挟むが、周りがじろりとこちらを見るので気まずくなった。

2017-11-22 17:02:15
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「まあ、そうだな。そんな騒ぎにはならなかった。でも、俺が話を聞いた先輩は妙に中身が気になったらしい。ある日、人目がない時を見計らって、そっと近づいて覗こうとした。その時だ」突然、錦織先輩は声を大きくし、きっとこちらを見据えた。僕は心臓が跳ね、ごくりと唾を飲む。「動いたんだよ」

2017-11-22 17:05:01
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「動いた……」「袋が。ざわ、と波打つように動いた。中に何かいる、それも生きたものが。先輩は恐る恐る紐で縛られた口を開こうとし……わっと声を上げて手を振り払った」少しの間と、そして低い声。「蛇だ」先輩はビールを一口飲んだ。「蛇が、それも細くて小さな奴が、後から後から出てきた」

2017-11-22 17:07:33
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「先輩は、手足にまとわりついた蛇を振り払う。にょろにょろにょろにょろ、蛇は袋からどんどん出てきて……やがてそれも止んだ。先輩はほっとして袋を見ると……袋はまだこんもりと膨らんで、呼吸するように小さく上下していたんだ。まだ、中に何かいる。先輩はそのまま階段を駆け上がった」

2017-11-22 17:10:57
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「後ろから、何だか荒い唸り声が聞こえてきた気がしたが、振り払い、そのまま部屋に逃げた。後から人と一緒に袋の様子を見に戻ったが、袋の中身はただの砂に変わっていたのだそうだよ……」そこで先輩は俯き、場はしんと静まり返った。僕は歓迎会というのにひとり震えていた。

2017-11-22 17:14:13
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「……高田、ちょっとこっちに来い」しばらくして皆が酔いに酔い、流れで会がお開きになった時。まだ酒の飲めない僕が場を辞そうとした時、少し離れたところに座っていた榊先輩が僕を手招いた。豪放磊落な錦織先輩に対して、神経質で真面目な雰囲気の榊先輩を、正直なところ僕は少し苦手としていた。

2017-11-22 17:16:59
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「なんですか?」「いいから、こっちに来るといい」先輩は廊下を歩き出す。僕の部屋とは反対方向の……南階段の方だ。「も、もしかしてあの階段に行くんじゃないでしょうね」「行くよ。ついて来い」僕は蛇の大群のことを思い、気が進まなかったがそのまま後をついて行くことにした。

2017-11-22 17:20:14
佐々木匙@やったー @sasasa3396

やがて階段を降り、一階の地面に着く。先輩は階段の傍をぐるりと回って陰のところに行き、携帯電話の灯りで照らすと僕を手招きした。「ここが、あの話の場所だ」僕は恐る恐るそこを見る。ただの、砂利だけが広がる狭いスペースだった。「袋は?」「無いんだよ、そんなもの」榊先輩は呆れた声で言った。

2017-11-22 17:22:41
佐々木匙@やったー @sasasa3396

「袋なんて無い。俺がここに入ってから一度もそんなものを見たことは無い。大体、俺はあいつと同期だけど、歓迎会であんな話を聞いた記憶も無い。怪談がお決まりになったのは、あいつが二年になってからだ」僕はあんぐりと口を開けた。「全部、作り話」「たちが悪いだろう。あいつらの悪い癖だ」

2017-11-22 17:25:08
佐々木匙@やったー @sasasa3396

先輩は眼鏡を押し上げた。「錦織はまだ良いよ。嘘と本当の境が時々わからなくなってるみたいだけどな。ただ、周りが面白がって雰囲気を作るものだから、知らない奴は怖がりすぎる。それが嫌で連れてきた」ははあ、と僕は頷いた。この人も、案外良い人なのかもしれない。「それだけだよ。まあ、戻るか」

2017-11-22 17:28:40
佐々木匙@やったー @sasasa3396

その時だった。ばさ、とどこか上から何かが先輩の横に降ってきた。よく見るとそれは、古い、あちこちが綻びかけたずだ袋だった。中身は入っていない。僕らは頭上を見上げる。小さな、細い、無数の蛇が視界に広がった。そうして……どこかから聞こえる唸り声を掻き消すように、僕は大きく悲鳴を上げた。

2017-11-22 17:31:52