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  • ジロウ @jiro6663 2017-11-27 19:11:02
    あ、『はいからさんが通る』面白かったです。あれ大正時代の平塚らいてふに傾倒するフェミニスト女学生と華族将校のロマンスを描いているんですが、面白いのは結婚してから(正確には許嫁と同居してから)「恋愛」が始まるんですよね。
  • はいからさんが通る 新装版(1) (デザートコミックス)

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  • ジロウ @jiro6663 2017-11-27 19:14:04
    女性学の友人が言ってたのを思い出した。男女平等な感情による求め合いであるロマンス、つまり「恋愛」が日本に移入され始めた当初は、いまのような婚前の恋愛というより親の決めた相手と結婚をしてのち、その相手と恋愛を始める、、、という形であった時期があると。>はいからさんが通る
  • ジロウ @jiro6663 2017-11-27 19:32:51
    当時の女学校は在学中に縁談が決まったら順番に退学していくんですよね。寿退社ならぬ寿退学。卒業が近づくにつれてひとりまたひとりと友達の姿が消え、次第に空席がちになる教室。当時の少女たちの青春というのはそのような光景であり、だからこそ「いのち短し恋せよ乙女」というあの詩が流行るんです
  • ジロウ @jiro6663 2017-11-27 19:38:47
    だから女学生を描くというのはその限られた時間のじりじりすような儚さを描くということになるわけですが。でも当時の資料にあたるとそこから読み取れる気配は儚さというほど淡くてのんきなものではなくて、もっと濃密でもっと切羽詰まってて、やっぱりそれは「短さ」という言葉になるんですよね。
  • ジロウ @jiro6663 2017-11-27 19:45:18
    女学生というと淡く儚いロマンチシズムというイメージになりがちなんですが、実際の女学生たちには儚さに陶酔している暇なんてないわけです。「いのち短し恋せよ乙女」というフレーズの威勢の良さというか疾走感はまさに、その短すぎる青春への叱咤ですよね。短距離走のピストルみたい。
  • ジロウ @jiro6663 2017-11-27 19:48:00
    女学生というと今でも大学の卒業式などに名残のある、振袖に袴、ブーツがトレードマークですが。あれは「おしとやかさ」の象徴ではありません。袴もブーツも、もともとは男装。より疾く走るために彼女たちが選んだ服装なんですよね。
  • ジロウ @jiro6663 2017-11-27 20:00:44
    だから「走れ走れ」という気持ちになる女学生ものはよいですね。誰もが知る名作にこんなこと言うのもおこがましいですが『はいからさんが通る』面白かったですよ。
  • ジロウ @jiro6663 2017-11-27 20:02:40
    そんなこんなで僕は一時期女学生文化に傾倒していろいろ読んだり調べたりしてたんですが、入り口を間違ったからなのか、大本命である『はいからさんが通る』だけは読んでなかったんですという話でした。
  • にももん! @hmnm_ 2017-11-28 10:34:20
    _人人人人_   >>寿退学<<    ̄Y^Y^Y^Y ̄ twitter.com/jiro6663/statu…
  • 連続テレビ小説 花子とアン Part1 (NHKドラマ・ガイド)

    NHK出版

  • 卒業まで嫁ぎ先が決まらない人のことを「卒業面」と言ったそうな(怖)
  • はぴねす☆くるっぽー @kurukku_popopo 2017-11-28 00:08:14
    どっかのサイトでみた話。 実際に酷い話だけど華族女学校・学習院女学部・女子学習院(今の学習院女子中等科・高等科)には「卒業面(そつぎょうづら)」という言葉があって「ブス過ぎて在学中に縁談が来なそうだから間違いなく卒業できる生徒」の事をこう言ったそう。
  • たみ✡(生しぼり) @toitom_313 2017-11-27 22:21:30
    そんなわけで、容姿がユニークな子はなかなか縁談がまとまらないから卒業できる、顔を見て「あの子は卒業できそうよね」ということから「卒業面」という悪口がありました twitter.com/jiro6663/statu…
  • konkazue @konkazue 2017-11-28 06:17:29
    なので「卒業面(そつぎょうづら)」(卒業まで嫁ぎ先が決まらない器量)が陰口として成立した。 まぁ中には作家吉行淳之介のお母様の吉行あぐり女史の様に、結婚出産しても通い続けた方もおられるらしいが twitter.com/jiro6663/statu…
  • お祖母様が女学校に通っていたという方のお話
  • NORIKO@焦らない @NORIKO00533767 2017-11-27 23:13:13
    @jiro6663 はじめまして。 先日亡くなった祖母は、昭和初期の今でもかなり田舎の地域の生まれなのに「女学校を出ている」と言う人でした。その地域の地主の長女と言う立場なのに勘当同然に家を出て貧乏大工と結婚して母と叔父を産んだそうです。あなたのツイートを読んで祖母の若い頃を思いました。
  • Cun(ツン)@こみトレおつかれ・台湾2月まで我慢 @cunqi 2017-11-28 07:19:42
    女学校で空席がちになるなんて、そんな話はおばあちゃんから聞いていない。少しは空席があったかもしれないが。 いつの時代、場所なんだろうか?ちなうちの祖母は「大正中期、大阪市内」の女学校の卒業。 twitter.com/jiro6663/statu…
  • 三津 @Saisyuu_Ressya 2017-11-21 20:24:58
    おばあちゃん来年が米寿のお祝い㊗️だから、何かしてあげたいな‥。 ひとつ思いつくのは、女学校時代の友達と会わせてあげたい👵🏻👵🏻 うちの祖母、戦争で疎開する前は東京の女学校に通ってたから。 お盆の時も、東京の渋谷に住んでる旧友から葉書来てたの見せてくれたし。文通してる88歳💌
  • 三津 @Saisyuu_Ressya 2017-11-21 20:34:41
    これは祖母の女学生時代のアルバムで、私が一番好きな「学院の先生、お姉様方」のページだよ‥。 右の1人で写ってる女性は、祖母が女学校で「姉妹関係」を結んでいた「お姉様」だよ‥。 70年以上前の日本で、リアルにマリみての世界が存在していたんだよ‥ pic.twitter.com/WRo0ZAw36s
     拡大
  • Backy ちとメンタル回復 @AK19772ch 2017-11-22 19:58:21
    #この世界の片隅に 昨年亡くなった祖母はすずさんと同い年、大正14年うまれ 高等女学校でセーラー服のスカートを履けた最後の学年だったそうです 次年度からは当局の指導により、上着はそのまま、下はモンペに(華美なもの排除) 当時は少女雑誌の美少女画まで規制されました 今だと萌え絵規制ですね

コメント

  • アル @htGOIW 2017-11-28 12:36:31
    よしながふみの「愛すべき娘たち」で描かれてたな
  • 華猫 @FaoMao 2017-11-28 13:04:05
    そもそも当時の女学校て、エリートの嫁の養成所だから…
  • 緑川だむ @Dam_midorikawa 2017-11-28 13:16:46
    今後インテリフェミ系のヒトのことは「卒業面」と呼べばいいのか
  • 神 長門 @kannnagato 2017-11-28 13:20:44
    Dam_midorikawa そういえば男で妻がいる自称フェミニストはいるけど、女で夫がいる自称フェミニストは自分の観測範囲ではまだ見たことないわ。
  • Spoofing @xspoofingx 2017-11-28 13:58:26
    今も昔も女の価値は年齢と容姿。 人間として評価される事はあっても女としてはその2点が最強にして唯一の価値。 年増の女でも母(人妻)は独特な魅力があるが独身ババアには何もない。 実際近年人気の熟女系のAVは大抵人妻設定が大前提、独身ってだけで精神的に激萎え必至。
  • fumi @karakararen 2017-11-28 14:13:39
    当時の看護学校は勉強のできるブスが集まるところと有名だったと聞いたな。
  • ろんどん @lawtomol 2017-11-28 14:36:51
    戦後になると、女学校の寿卒業から、銀行や商社の寿退社になったのかなぁ
  • op chin @opopchin 2017-11-28 14:54:01
    死んだばあさん(大正生まれ)から「18で嫁に行ってないと "行き遅れ" って言われた」って話は聞いたことある。
  • sukebenayaroudana @Sukebenayarouda 2017-11-28 14:57:53
    そもそも結婚=子づくりにつながらない「恋愛」に大きな影響を与えたのが「学校」なんですよ。特に生殖可能な10代前半に責任ある仕事に就かずプラプラしている(まあ勉強はしているんですが)ことが一般的になったのは、ある程度の学歴が必要になってからのこと。
  • 胡蝶 @uturobuneco 2017-11-28 15:07:38
    当時は関係者以外も出入りOKだったので、適齢期の息子がいる近隣の奥様が授業参観に来たり、制服が登場する以前は生徒の親側も娘が目立つように高価な着物を着せたり、学校側も生徒に良縁が来るとこういった嫁探し目的の授業参観を歓迎してたそうです。なので余計美人ほど寿退学してた訳で…
  • sukebenayaroudana @Sukebenayarouda 2017-11-28 15:38:26
    2005年に95歳で死んだ祖母によれば、卒業と同時に結婚というパターンが非常に多かったそうだが、寿退学というのはないわけではないが、そんなにはない。卒業式には未来の夫とその母、自分の母が参観というパターンはかなり多かった。(「今からみたら完全なマザコンよね」と笑っていた)寿退学というのは地方の大地主やら金持ちに目をつけられ、さらに実家が没落気味のときに嫁にやられるということがほとんどで、「都落ちよね(嗤)」だそうな。なかなか口が悪い祖母だった。
  • やまぬこ @manul_0 2017-11-28 16:46:21
    …フェミニストがこれ肯定するのまずくないですか?
  • みみみ @sayonarain 2017-11-28 18:16:10
    大正11年生まれの祖母からはそういう話聞かなかったなー 寮生活つらたん(意訳)みたいなことはよく言ってた
  • からあげキッズ @karaage_kids 2017-11-28 18:23:29
    定年退職面(ていねんたいしょくづら)
  • たるたる @heporap 2017-11-28 18:25:57
    10人兄弟が普通の時代なら、10代後半には結婚して一人目を産まないと、30歳くらいまでに10人産めませんよね。
  • 緑川だむ @Dam_midorikawa 2017-11-28 22:15:36
    そういやうちのばあさん、女学校に行ってたら関東大震災で学校が燃えたんで京都の実家に帰ったら縁談が来たが相手が気にくわないからと言って満州に逃亡したという話だった。大正時代の満州が独身女性が闊歩するのが当たり前だった場所なのかは謎だが
  • しののめ_13 @13shinonome 2017-11-29 08:14:08
    戦前の「女の普通」って、どうだったのだろう?生まれ育った場所によっては、小学校出たら労働力、そもそも小学校すら行けないって事もあったろうし。 父方も母方も婆ちゃん師範学校まで出てるから、結構珍しいのか?
  • Ishida Brain Dam'd @tbs_i 2017-11-29 11:41:31
    今の学校が妊娠した生徒を追い出したがるのはこの名残ですかね(皮肉)。
  • 石井 顕勇 @IshiiAkio 2017-11-30 23:41:43
    lawtomol 戦後になっても女子大在学中にお見合い→中退して結婚という例はありますね。有名なところでは三島由紀夫の妻・瑤子夫人でしょうか。中退はそう多くないにしても、在学中にお見合い、卒業後すぐ結婚というのは昭和30年代だと珍しくなかったようです。
  • 創作文芸サークル時の輪@通販受付中 @Kamimura_Maki 2017-12-03 16:11:05
    前にwikipediaで調べたんだけど、日本は1930年代には「中等教育を受けてる人口」は女の方が男より多かったらしい。男は小学校卒でも働き口が見つかるけど女はそうではない、というのと、良妻賢母需要の高まりで。 その代わり、女にはそこから先の高等教育の窓口がかなり制限されてたとか。
  • フルバ @furubakou1 2017-12-14 09:43:44
    あ、劇場版の後編が楽しみです。
  • 言葉使い @tennteke 2017-12-14 09:56:34
    日本にホワイトカラーが増えて主流になるまでは、嫁ぎ先は農家とか自営業が圧倒的で、結婚=仕事に就くでありました。寿入社と言っていいのかどうかは解らないけど。

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