Fate/lily 0話

あまとう作。残酷・流血表現あり。
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あまとう @amatoon_k2

第0話 「はぁ…」幾度目かに吐いたため息は再び凍るような空気に溶けて消えた。大都会の雑踏はすっかりクリスマス気分で浮かれていて、彩度の高い飾り付けが電灯の明かりを反射する。折しも、今夜は満月で夜空も薄明るい。

2017-12-03 23:29:36
あまとう @amatoon_k2

「なんでこうなったんだろうね。」 わずかに膨らんだ胸に視線を落として自問自答。私はこの体を客観的に見れる程度には残酷な現実を受け入れることに慣れてしまっていた。私「くろぐだ」の性別が変わってからそろそろ半年のはずだ。「はぁぁ…」すっかりため息が癖になったようだ。

2017-12-03 23:30:48
あまとう @amatoon_k2

すれ違いざまカップルを一瞥した。 私も何事もなかったのなら今頃パートナーに恵まれただろうか。 いや、でも今の姿なら相手は彼氏か…と考えたところで頭を振る。いけない、ネガティブになりすぎた。完全にこの状況に呑まれる訳にはいかない。それがアイデンティティの失った私の数少ない心の依代だ。

2017-12-03 23:31:47
あまとう @amatoon_k2

私はマフラーに深く顔をうずめて遠回りする裏道に入った。表通りは眩しすぎることもあったが、それ以上に重大な意味があるからだ。

2017-12-03 23:32:52
あまとう @amatoon_k2

私のチーム内での役回りは新たな「被災者」の早期発見と保護だ。実際にこのあたりで何人か被災者を発見している。自身が女体化した時もそうだったが、当人が叩き落とされた境遇への狼狽さは見るに耐えない。

2017-12-03 23:33:36
あまとう @amatoon_k2

「今晩はいないでくれよ…」 ただでさえ最悪な気分だ。これ以上負担になるものを見たくない。祈るように路地を進んだ。だが。 「ぅぁぁぁぁっ!!」 不意に悲壮な声が聞こえた。 あまりに幼い女性の声だ。だが声音に女性らしさがない矛盾を含んでいた。

2017-12-03 23:35:24
あまとう @amatoon_k2

最悪だ。私は芯から体が冷えて身震いした。暴行事件ならすぐに助ければいい。どうか勘違いであってほしい。そう思いながら悲鳴が聞こえたほうへ駆け出した。なんとしてでも奴らより先に保護しなければならない。私が助けなければ、まだ見ぬ彼女はより残酷な運命へと至ってしまうから。

2017-12-03 23:36:31
あまとう @amatoon_k2

十字路に差し掛かると左から小柄な人物が勢いよくぶつかって来た。 「おっ…と!」多少体勢を崩されたが、倒れるほどの衝撃でもなかった。だけどぶつかって来た子は見事に尻餅をついた。 「大丈夫か、君?」 手を差し出してすぐ気づいた。この子の服は全くサイズが合ってない。それに男性向けの服装だ

2017-12-04 00:21:17
あまとう @amatoon_k2

間違いない。しかし、こんなにも幼い被災者が生まれるなんて…。 私は唇を噛んでこれからこの子が歩まなければならない人生を運命を呪い、しっかりとその姿を観察した。 小柄な体躯で、肩にかからない癖がかかった金髪。メガネは不釣り合いに大きい。見開かれた綺麗な赤眼が薄暗がりの中で映える。

2017-12-03 23:39:24
あまとう @amatoon_k2

私はなんて綺麗な子だろうと反射的に感じた。 しかし、少女が声にならないうめき声を出して怯え始めたので、はっと我に帰り「大丈夫…私は貴方の味方よ」と手を差し出した。 心中は察するに余りある。被災者は性転換する前の記憶が一切なくなるからだ。少女は首を振り、なおもあとずさる。

2017-12-03 23:40:34
あまとう @amatoon_k2

「大丈夫。大丈夫だから。」多少強引だけれども膝立ちになって彼女を抱きしめた。小刻みに震えている。 「怖かったよね?寂しかったよね?もう大丈夫。私がいるもの」私は今持てる精一杯慈愛を込めて囁いた。少女は絞りだしたかのように声を出した。「でも。わ、私…誰かわからないの..!」

2017-12-03 23:42:21
あまとう @amatoon_k2

だから私には構うな。と彼女の発言には絶望からくる諦観を含んでいた。 「大丈夫。わかっているわ。あなたは誰なのか、これから知っていけばいい。私がずっとそばにいてあげる」 はっきり断言した。これ以上になく。もう後には引けない。

2017-12-03 23:43:05
あまとう @amatoon_k2

私は自ら発した言葉の責任の重さをずっしりと感じた。勿論、パニックに陥った少女を宥めるためだけに約束したものではない。被災者を真に理解できるのは被災者だけだ。私が人生を捧げてもこの子の面倒を見てあげなければならない。途方もない苦労があるのだろうが…。

2017-12-03 23:43:33
あまとう @amatoon_k2

金髪の少女は安心して緊張の糸が解れたのか、ボロボロと泣き始めた。 私はつられて溢れてくるものをぐっと堪えながら、しばらくはこの子の背中を摩ってあげることにした。

2017-12-03 23:45:12
あまとう @amatoon_k2

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2017-12-03 23:45:27
あまとう @amatoon_k2

「くしゅん」 私は随分と可愛らしいくしゃみだなぁと思いながら、私はマフラーを泣き止んだ彼女と半分こにして巻き、垂れた鼻水拭き取ってあげた。 「ありがとう。」と彼女は泣きはらした顔で見つめる。 うう、あまりに痛いけで純真な顔だ…。私は照れくさくなって満月を見上げた。

2017-12-03 23:46:27
あまとう @amatoon_k2

そういえばあの晩も同じ満月だった。あまり思い出したくない。私が持っている最初の記憶。 「私もね、あなたと同じなのよ。最初は自分が誰かわからなかったの。」 「えっ…そうなの」 少女は驚いたように聞き返した。 「そうよ。私も男の服着ててね。最初はもう何がなんやら。」と肩をすくめてみせる。

2017-12-03 23:47:52
あまとう @amatoon_k2

そう。私たちと同じ境遇に陥った人たちはたくさんいる。 彼女たちは巧妙に社会に溶け込むことでなんとか生活をしているのだ。 失うことで得た絶大な能力を隠して。これが人によっては実にタチの悪いものだったりする。

2017-12-03 23:49:09
あまとう @amatoon_k2

とにかく、この子には前向きになってくれないといけない。せめて自分一人だけがこうなっているわけじゃないことを知ることで大分安心できるのではないだろうか・私は冷え切った小さな手をつないで歩き始めた。行き先はいつもの隠れ家。

2017-12-03 23:50:11
あまとう @amatoon_k2

「元の体や記憶を取り戻せるかはわからないわ。でも何が起こってこうなっちゃったのか、私は知りたい。あなたもそう思うでしょ?」 少女の表情はより柔らかくなり、「うん」と小さく頷いた。 そういえばこの子には名前がまだなかったな。いつまでも名無しじゃあまりに可哀想だ。

2017-12-03 23:51:07
あまとう @amatoon_k2

ここはひとつネーミングセンスの見せ所だろうか。 「ねえ..あなたの名前は…」 そう言いだしたところで背後に不穏な気配を感じた。それも複数だ。 不自然に会話が止まったことで、少女は不思議そうにこちらを覗き込んだ。

2017-12-03 23:51:39
あまとう @amatoon_k2

やはり奴らに見つかっていた。得物を構えてこちらに襲いかかろうとしている。殺気も消せない素人たちだ。造作もない。 「いい?私が合図したら伏せて」 「えっ…?」 「伏せるだけでいいの。すぐに終わるわ」バッチリウインクを決める。これが大人の余裕ってやつだ。いいところを見せなければ。

2017-12-03 23:53:17
あまとう @amatoon_k2

それから十数歩歩いたところで建物の上からも殺気を感じた。ここがキルゾーンなのだろう。ならば返り討ちにするまでだ。 ついに後ろの連中が動く、その瞬間。 「伏せて!!」私は叫びつつ振り向きざま腰のリボルバーを引き抜き、立て続けに放った。狙いは正確だ。私の能力はそれに特化しているから。

2017-12-03 23:54:54
あまとう @amatoon_k2

後ろの4人全員を鎮圧した直後、両側の建物の屋上からさらに二人が襲いかかってきたが、地面に足が着くまでに一発ずつお見舞いした。 「ふふ、こんなものよ。」全弾命中。これが私が失ったモノの代償に得た「戦女神の加護」だ。戦いに関する勘が効くうえに、扱う武器の狙いを外すことはない。

2017-12-03 23:56:38