小阪淳 KOSAKA_jun #世界一のクリスマスツリー

まとめました。
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小阪淳 @KOSAKA_Jun
「世界一のクリスマスツリー」騒動は、来年の教材にいいかもしれません。
小阪淳 @KOSAKA_Jun
「世界一のクリスマスツリー」騒動、東京デザインウイークの時もそうだけれど、こういう事は非難される側に立つシミュレーションを行わないとだめです。#世界一のクリスマスツリー
小阪淳 @KOSAKA_Jun
批判というのは、批判される側と批判する側を二分化して、批判する側だけに自分自身を置くというだけではだめなんだと思う。 #世界一のクリスマスツリー
小阪淳 @KOSAKA_Jun
@s_Valjeta 私が行ってきた、あるいはこれから行う表現に関して、炎上する可能性を排除しきれないと感じました。そしてそれをできる限り想定しつつ、かつ弱めない表現を目指します。今回の件で企画者が非難されるのは、当然だろうと思います。
小阪淳 @KOSAKA_Jun
@s_Valjeta そしてその「当然の非難」が自分に向くはずがないとは言えないということです。言えないからこそ、他山の石とし、自戒の念を持つということです。
S @s_Valjeta
@KOSAKA_Jun なる程。表現者として、いついかなる時に同じような事が起きるか、常に想定すべき。又、炎上した場合もその事について責任を持つ覚悟が必要だ。と言う事ですか。単純に避難されてる側の安易な擁護かと思ってました。率直なご意見ありがとうございました。失礼しました。
小阪淳 @KOSAKA_Jun
人は普段、自分の生を維持するために行なわれる「死」を、「人の死」とは本質的に異なった事象として認識しているのだと思います。しかし木を「いのち」のシンボルとする事によって、木の生死は私たちの生死と地続きなものになります。 (続く)#世界一のクリスマスツリー
小阪淳 @KOSAKA_Jun
なので、ここで木の命を終えるということに強い意味が出てしまうのです。「普段から人は様々なものを生きるために殺しているじゃないか」ということは、ここで提示された「人の生死と地続きな木の死」と同列に語るべき話ではありません。 (続く)#世界一のクリスマスツリー
小阪淳 @KOSAKA_Jun
本来、私たちの死とは別の事象だった「人間以外の死」を、「いのち」という言葉で同一の地平に持ち上げたからです。持ち上げたのだから持ち上げたなりの、「死」に対する姿勢を提示すべきだったのに、そこは眼中になかったというのが現状だと思います。 (続く)#世界一のクリスマスツリー
小阪淳 @KOSAKA_Jun
もしあれば「いのち」という言葉と同列に「死」という言葉を提示していたでしょう。伐採して作るクリスマスツリーは「人の死」とは異なった事象としての「死」の一例だろうと思います。だからこそ、そこに私たちと同じ命が宿るような演出はあり得ないわけです。(終わり)#世界一のクリスマスツリー
小阪淳 @KOSAKA_Jun
伐採していれば、その木はもう私たちの生死とは同じレイヤーで語られるべきものでないことが明示されたこととなり、暗黙の了解が生まれるのでしょう。生きているからこそ(さらにその「いのち」を謳うから)、その死が「私たちの死」と地続きの問題になります。#世界一のクリスマスツリー
shimu🐈 @shimu48
@KOSAKA_Jun こんにちは。 まさに核心を突いてると思いました。そこなんですよね、この問題の本質は。震災、鎮魂と絡める以前に、そもそも自ら作り出した(人間と同じレイヤーに乗せた)命の扱い方としておかしい。 鎮魂ビジネスという批判に隠れてしまいがちですが、その部分はもっと追求されるべきだと思います。
風猫 @wildlinx_
@KOSAKA_Jun 伐採したから終わり、とは単純に植物には当てはまらないのでは? 良い例が『挿し木』です。 種が違えば同じレイヤーで語られるべきものではない、とする理由が今一つ解りません。 暗黙の了解としていないから多くの反発が生まれていると思うのですが どうでしょう? #世界一のクリスマスツリー
小阪淳 @KOSAKA_Jun
@wildlinx_ 神戸のツリーは伐採していません。
風猫 @wildlinx_
@KOSAKA_Jun はい、しておりません。 それがどうかされましたか?
小阪淳 @KOSAKA_Jun
@wildlinx_ だから人々に了解されないのです。
風猫 @wildlinx_
@KOSAKA_Jun 貴方が何故批判が起きたのか理解されていない事がよく解りました。 有難うございました #世界一のクリスマスツリー
小阪淳 @KOSAKA_Jun
@shimu48 この問題は結果的に「死」に対する認識に関して問題提議がなされているように感じています。ちょっとだけ複雑だけれどよく考えてみる価値のある出来事だと思いました。多くが宗教的世界観を持たない私たちの、「死」との付き合い方にとって教訓がひそんでいると思います。
小阪淳 @KOSAKA_Jun
@wildlinx_ このツリーが伐採されたものならば「いのち」をコピーとして挙られないでしょうし、鎮魂とも絡められなかったと思います。つまりロックフェラーセンターのツリーと大差ないものになっていたでしょう。
小阪淳 @KOSAKA_Jun
@Ivarn 木の死を人の死と同じレイヤーに持ち上げたのに、企画者はその死そのものに対してあまりにも無頓着だったということです。
shimu🐈 @shimu48
@KOSAKA_Jun そうですね。主催者は本気で問題提議しているのだと思います。「これ位しないと世界は変えられない」と言ってるのもそこかと。 しかし日本人は無宗教と言っても無意識に宗教的な感覚は根強くあり、それに真っ向から逆らうこのやり方は、はっきり言って失敗してると思います。#世界一のクリスマスツリー
小阪淳 @KOSAKA_Jun
@shimu48 そうですね。本気かもしれませんが、ちゃんと考えを詰められてなったというところでしょうね。考えてないから答えられない。失敗が目に見えているプロジェクトだと思いますが、それにたくさんの大人が乗っかって気づかなかったというところも着目したいです。自分だったらちゃんと気付けただろうかと。
shimu🐈 @shimu48
@KOSAKA_Jun そう思います。一度始まったら止められない、空気に逆らえない、日本人の特性もよく現れていると思います。と言う自分も、主催者側にいたら口をつぐんでいたかもしれません。 いろんな意味で考えさせられる今回の問題ですね。 #世界一のクリスマスツリー
風猫 @wildlinx_
@KOSAKA_Jun. 『伐採されたものならば「いのち」をコピーとして挙られない』『鎮魂に絡められない』とするのは、貴方の価値観です。 伐採された樹等、私達の日常生活において『生』や『死』として身近にあります。 それをどちらと捉えるかは、その人が置かれている状況や環境によるかと
小阪淳 @KOSAKA_Jun
@shimu48 今回のことは批判される事案ではありますが、批判する側とされる側の二項対立にとどまっていてはダメなんだと思っています。他山の石。様々な事案で同じことが言えると思っています。
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