けして届くことのないあなたへの祈りを抱いて眠れ、グッド・バイ。—2011年3月某日。
平日の新宿御苑、まばらな人々。誰もかれもが桜が咲くということを忘れはてたように見える三月末の平日、その庭園を訪れる人の数は少なかった。
2011-04-01 05:06:23雲のない、透明な空が頭上には広がり、そこを名もない鳥が横切っていく。周囲を高層ビルに囲まれた広大な庭園である新宿御苑は、たまに訪れるにはよい場所だった。
2011-04-01 05:06:32女とは、三丁目で待ち合わせをしていた。庭園の巨大なゲートをくぐって中へと入り、そろそろ咲き始めているソメイヨシノの木の下に、やがて私たちは腰を落ち着ける。
2011-04-01 05:06:43鞄のランチボックスには、今朝私が早起きして作った料理が少し。それから、先日買ったワインボトルと、コンビニで購入した紙コップ一式。
2011-04-01 05:07:03女は私が持ってきた食事を見てふふん、と鼻を鳴らし、自主休業って、あなた、要するにサボりってことでしょ、と、私を責め始めた。なんだか殺伐としたピクニックになりそうな気がした。
2011-04-01 05:07:14逃げる場所があってよかったな、と私は率直に答える。誰でも逃げられるわけではないが、逃げられる人はどんどん離れるべき、と付け加える。
2011-04-01 05:07:41私はランチボックスをがさごそを開きながら、しかし、いったいどういう流れで、私は女とこんなところで昼飯を食べる流れになったのかと、思い出そうとした。
2011-04-01 05:07:52取引先が次々に一時休業し、知己が東京から逃亡していく混乱の中、いつもと同じように机に向かい続けることを、ふと諦める気になった、というのが正直なところだった。
2011-04-01 05:08:03そう考えてみると、これは私のわがままで、女に付き合ってもらっている、ということなのかもしれない。そう自分を納得させ、サンドイッチを取り出す。
2011-04-01 05:08:13朝作ったそれは、重力に従って、片側に寄ってしまっている。女をちらりと横顔で見る。気がつかないふりをしてくれている、ようにも見えたが、単に地面の草をむしるのに忙しいだけかもしれなかった。
2011-04-01 05:08:28黒いジーンズが日光を吸収し、柔らかい熱を発しているようだ。遠くには池があり、そこで子供が水面に餌を撒いているのが見える。コイが集まっているのかもしれない。
2011-04-01 05:08:57女は私をさりげなく無視して、サンドイッチを勝手につまんで食べ始める。そしてしばらくの沈黙。やさしい風が、私たちの間を吹き抜けていく。
2011-04-01 05:09:54私の二杯目のワインは、女が入れてくれた。安い食材に、安い酒。それでも天気と場所が良かったからか、それなりに美味しくは感じられた。
2011-04-01 05:10:29女がどう思っているかは、その仏頂面からはわからない。私はコップを空にして、ジャケットを脱ぎ、草の上に上半身を倒して横になった。
2011-04-01 05:10:39隣で膝を抱えて座っている女は、相変わらず草を小さくむしっている。私は女に話しかけるのを諦め、視界いっぱいに広がる空を見上げた。
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