異世界小話~異世界召喚されたらチート能力なかったけど息してるだけで偉いとか褒められまくる話~

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帽子男 @alkali_acid

異世界召喚されたらチート能力なかったけど息してるだけで偉いとか褒められまくる話

2018-01-09 22:02:16
帽子男 @alkali_acid

山田花子は女子大生。異世界に召喚された。そしてチート能力とかは特になかった。 ちなみに大学では神話・伝承系サークルに所属していたド文系であり、軍事とか化学とか物理とかの知識もないので何の役にも立たなかった。 よくある無能系。

2018-01-09 22:03:36
帽子男 @alkali_acid

だがみんな褒めてくれる。会う人会う人褒めてくれる。正直つらい。コミュニケーション障害が若干あるし、理由もなく爆ageされ続けるのはうれしいを通りこして恐い。

2018-01-09 22:04:31
帽子男 @alkali_acid

一番ほめてくれるのが一緒に召喚された佐藤ひろみさん。運動神経抜群、才色兼備。 計算もはやいし、コミュ力も高い。そのうえ異世界が二周目という無敵キャラ。 その人がなぜか 「山田さんはすごい」 の連発である。魔物を退治したときも、迷宮の謎を解いた時も、新たな仲間を得た時も。

2018-01-09 22:06:37
帽子男 @alkali_acid

「やったのは全部佐藤さんで、私なにもしてないと思うのですが?」 とか反論するようなコミュ力もないのでひたすら恐縮するしかない。 何ひとつすごくない。すごくなさすぎて褒めを否定することもできない。つらい。

2018-01-09 22:07:30
帽子男 @alkali_acid

凄腕の佐藤さんが山田さんを勝手に褒めまくるので、異世界で出会った現地の人も 「すごいんやなあ」 とかんちがいしてくる。これまたつらい。でも誤解を解くだけの語学力もなく、アウアウ言ってるしかない。 いつのまにか祭り上げられた実力者ポジション。冒険の作戦会議とかで期待の視線が痛い。

2018-01-09 22:10:12
帽子男 @alkali_acid

はじめてもぐった迷宮で、気付くと出入口がくずれてて街へ戻れなくなった、とかいう緊急事態が起きたときも。 初心者にどうしていいかなんか分かるはずない。ノープラン。アイデアゼロ。 でも何故か、ベテランの佐藤さんとか、その昔からの仲間がちらっちらっと見てくる。

2018-01-09 22:13:58
帽子男 @alkali_acid

「じゃあ話を整理するね」 佐藤さんが皆の前で話す。二種類の言葉で同じ内容を繰り返してくれる。言葉が通じない山田さんのためだけに。足手まといをひしひしと感じる。 でも聞いているしかない。

2018-01-09 22:17:18
帽子男 @alkali_acid

「あたし達、“地獄の猟犬団”はしばらくバラバラになってたけど、迷宮内で合流して再結成した。全員じゃないけどね。それでとりあえず町へ戻ろうってことになったんだけど、来てみたらいつも使ってる出入口が崩れてた」 分かり切った内容だけど、仲間は全員真剣に耳を傾ける。

2018-01-09 22:20:48
帽子男 @alkali_acid

「なにがあったのか、あたしには分からない。でもここにいる新しい仲間の草採(くさとり)君は、出入口が崩れる瞬間を目撃していたって話。正確にどれくらい前にあったできごとかは分からないけど、草採君が街に戻ろうとしてここまで来たとき、出入口のそばにほかの冒険者が沢山いた」

2018-01-09 22:26:35
帽子男 @alkali_acid

「みんななぜか出入口を通れなくて困っていた。ところがしばらくすると、出入口のむこうから、“龍”と呼ばれる大きな魔物があらわれた。そいつは冒険者の攻撃をぜんぶはねかえしたあげく、みんなを塩の柱に変えてしまった。あそこに見えるよね。そのあと、出入口を崩した。ここまで合ってるかな?」

2018-01-09 22:28:35
帽子男 @alkali_acid

草採君、と呼ばれた少年がうなずく。女の子みたいな顔をした、華奢な子供で、冒険者だなんてにわかに信じられない。とてもおとなしい。でも、さっきから落ち着いて喋っている佐藤さんだって見た目は凄腕の冒険者という感じではない。スポーツの得意な女子大生という雰囲気なのだから。

2018-01-09 22:30:32
帽子男 @alkali_acid

「なぜ龍がそんなことをしたのか。これまた、あたしには分からない。でも、とにかく迷宮は今、いつもよりもっと危険な状態で、できるだけ早く街へ戻らないといけないと思う。いいかな?」 全員がうなずく。 「で、その方法なんだけど、あたしは下層にある“帰還の魔法陣”という場所を通ろうと思う」

2018-01-09 22:33:41
帽子男 @alkali_acid

「帰還の魔法陣は、迷宮の下層。かなり深いところにある。近くに強くて荒っぽい魔物がうようよしてる。ほかの危険もあって、作動させたときうまく街に戻れず、命を失ってひとつかみの灰になる恐れがある。ほかに手段があれば避けたい…でも地獄の猟犬団は何回か使ったことがある。みんな無事だった」

2018-01-09 22:38:47
帽子男 @alkali_acid

「何か意見や付け足すことがあったら聞かせて」 佐藤さんが皆を見渡す。まず草採君があごに軽く指をあててから、うつむいた。何もないという仕草らしい。その両脇には二頭のグレートデーンぐらいある黒い犬がうずくまって、ほそっこい草採君をはさみつぶすみたいな勢いでくっついてる。

2018-01-09 22:43:31
帽子男 @alkali_acid

この二頭の犬は実は魔物で、その名もずばり“地獄の猟犬”。本来は迷宮の下層にいる種族で、黒い靄になって消えたり現れたりする便利な力を持っている。 怒らせると凶暴だが、今は落ち着きはらって、すごくおとなしい。頼りになる群の長として佐藤さんにまかせきってます、という態度だ。

2018-01-09 22:46:26
帽子男 @alkali_acid

「草採も俺も意見はねえよ…帰還の魔法陣はあんまりありがたくねえが、ほかに方法も思いつかねえ」 口を開いたのは小柄な男の人。嗅鼻氏といって、年齢は佐藤さんと同じくらい。ひょうきんな雰囲気だけど地獄の猟犬を飼いならしたのは彼。 佐藤さんの古い仲間。多分凄腕の冒険者。

2018-01-09 22:48:53
帽子男 @alkali_acid

若者っぽく早口に現地の言葉で喋るのを、佐藤さんがいちいち翻訳して教えてくれる。恐縮する。 「だけど、ヤマダサンなら…何かあるんじゃねえか?」 その凄腕冒険者の謎の敬意に満ちた視線が突き刺さって来る。

2018-01-09 22:50:35
帽子男 @alkali_acid

「え?いや…え?」 草採君も、かわいい顔をあげてじっと見つめてくる。なぜか二頭の犬まで。 山田さんは頬がひくつく。つられたのか胸にしがみついている仔犬たちも、妙な上目遣いをしてくる。ちなみに三匹いて、小さいがみんな地獄の猟犬だ。

2018-01-09 22:52:17
帽子男 @alkali_acid

「うん。山田さんの考えを聞かせて」 佐藤さんがまっすぐ正面から求めてくる。これが。これが非常につらい。 異世界に召喚されて、何の特別な能力も知識もなく、ちょっとおしっこにいきたい気持ちになってるだけの文系女子大生に謎の期待。

2018-01-09 22:54:07
帽子男 @alkali_acid

「えっと…えっと…あの…えーと…」 「気になったことを言ってくれるだけでいいんだ。山田さんが」 「き、気になったこと?え…えと…あの出入口」 「うん?」 「龍は出入口を崩したんですよね?知ってて?」 「たぶんそうだと思う」 「あの…龍は…帰還の魔法陣?のことは知らないんでしょうか」

2018-01-09 22:56:15
帽子男 @alkali_acid

山田さんがしゃべると、嗅鼻氏がすぐに何を言ったのか聞きたがるので佐藤さんが教える。嗅鼻氏はそれを草採君に伝える。犬はみんな耳をぴんと立てて聞いてる。 謎の情報伝達が進む。 佐藤さんはゆっくりうなずいた。 「知ってるかもしれない。ひょっとすると龍は帰還の魔法陣も崩してしまってるかも」

2018-01-09 22:57:52
帽子男 @alkali_acid

「あ、でも私たちが先にそこまでいけば」 「ううん。龍よりすばやくは動けない。それに龍は迷宮の最深部にいるから、上層までのぼってくる途中で魔法陣を崩せる…そうだね…そのこと考えてなかった…あたし、うっかりしてた」 「あ、でもまだ決まった訳じゃ…」

2018-01-09 22:59:18