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弁護士 上瀧浩子 @sanngatuusagino
もう一度読み返しましたが、やはり、私にはよく分からないことが多い。「正義論」って難しい。 twitter.com/kambara7/statu…
上原潔 @UeharaKiyoshi
絶対的正義というのは存在しているだろうし、していなきゃそもそも倫理学が成り立たないと思うのだけど、それを有限な人間が認識できるかというとそうでもない。だけど、そうした正義の不可知論に終始して、なにもしなかったり、他人に冷笑を浴びせかけるのは誤りであるという話に思える。
上原潔 @UeharaKiyoshi
ではどうするのか、という話になると、これは「現実にやってみる」ということではないか。そのためには「だいたいの正義」を基準として定め、実践のなかで調整を繰り返し、完全にではないにせよ絶対的正義に徐々に近づいていくというあり方が求められると思われるのだが。
上原潔 @UeharaKiyoshi
件のまとめは「市民にとっての」と形容しているが、これは正鵠を射た表現であり、その市民は「実践」という言葉に置き換えられるだろう。ここでは市民運動が主題になっているが、さしあたってはだいたいの基準を立て、実践のなかで徐々に精度を上げていくというのは、多くの場面で見られることである。
上原潔 @UeharaKiyoshi
理論と実践というこうした話は、実は2500年前にすでに大真面目に考えられていることだ。例えば、アリストテレスが言う「中庸」(μεσοτης)がそうだろう。一目でダメとわかる(両)極端を排してμεσοτηςに至る道を歩むわけだが、それは理論的な知と区別され、実践の中で培われる知φρόνησιςと呼ばれる。
上原潔 @UeharaKiyoshi
ということは、まとめのなかで神原さんも指摘している。 twitter.com/kambara7/statu…
上原潔 @UeharaKiyoshi
《藤原は、アリストテレスの「プロネーシス(実践知)」やヘーゲルの「人倫」の概念などに着目しながら、実践哲学を復権することの必要性に注意を喚起した》 当然そうだとは思ったけど、やはりφρόνησιςに言及してますよね。 f.waseda.jp/ssato/politica…
野間易通 @nomacrac
やっぱり哲学の人は「絶対正義がある」という前提なんですね。私はないと思います。というか、あるのかもしれないけど目で見て確認できないものはないとみなす。正義は人間の明示的な合意に基づく、というのが現時点での私の結論。 twitter.com/ueharakiyoshi/…
上原潔 @UeharaKiyoshi
正義がないと倫理学が成り立たないし、正義があるならばその絶対的な基準はあると考えないと問題があるという感じでしょうか。もちろん、正義など存在しないという立場の哲学者もいますが、そうすると正義があると主張するより面倒くさいことにもなりかねませんので、話が複雑に…。 twitter.com/nomacrac/statu…
上原潔 @UeharaKiyoshi
人間が明示的に合意できるということは(現在では目で見て確認できない、あってないようなものでも)そこにはなんらしかの普遍性がある、と哲学では考えそうですね。そこから合意できないものを除去して絶対性に至ろうとしたり、合意できる内容に正義概念を変えてみたり、などするでしょう。 twitter.com/nomacrac/statu…
上原潔 @UeharaKiyoshi
神学はそれこそ正義がなければ成り立ちませんね。 twitter.com/ExileinBeanTow…
野間易通 @nomacrac
いや「正義は存在しない」ではなく、絶対正義じゃない普通の正義がある(それは合意に基づく)という考えなんですけど。「絶対」って、やっぱり神の概念ですよね。 twitter.com/ueharakiyoshi/…
野間易通 @nomacrac
やはり「絶対性に至ろうとする」んだ笑 たとえば法律に対する憲法のような、なにかの上位概念にすぎないと考えれば、「絶対性に近づくには」って悩まなくていいような気もするんですけど。 twitter.com/ueharakiyoshi/…
上原潔 @UeharaKiyoshi
相対的であろうが普通であろうが正義というものがある以上、正義か否かをはかる絶対的な基準はあるだろう、という話かもしれません。どうしても普遍を追い求めるのは、哲学の性質上、避けられないでしょうね。合意が正義の基礎だとしても、では普遍的合意はあるのか、などと問うてしまうと思います。 twitter.com/nomacrac/statu…
上原潔 @UeharaKiyoshi
伝統的には絶対性に至ろうとする傾向が強かったのですが、最近は個別を絶対性に基礎付ける思考形式は避けられますね。そうすると、様々に語られる正義になるべく普遍的に妥当する枠組みをこしらえようとしたりします。神に至る垂直方向ではなく、地上の諸現象に対し水平線方向に腕を伸ばす感じで。 twitter.com/nomacrac/statu…
上原潔 @UeharaKiyoshi
いえいえ、やはり悩むでしょう(笑)憲法を根拠付けるより上位の「法」があるんじゃないか?とか。まあ、基礎づけ思考はきりがないですし、そうした思考法は、おっしゃる通り限りなく神学や宗教に近づいていくと思います。 twitter.com/nomacrac/statu…
えるねこ @die_sel_cat
絶対正義が存在せず、合意に基づく普通の正義があるだけだとして、じゃあ一体どうして会ったこともない赤の他人同士で正義についての合意なんてもんが成り立つのか?って考えるのが哲学だと思います。 twitter.com/nomacrac/statu…
上原潔 @UeharaKiyoshi
基礎づけ思考は無限後退に陥りがちです。この絵も「カメどこ乗ってんねん!?」となります。伝統的にそこで持ち出されてきたのが神だったわけですが、神は根拠付けられないのかとか、無限後退のなにが悪いとか、色々反論はありますね。もう神を持ち出しても信じない人が圧倒的に多くなりましたし(笑) pic.twitter.com/jQdfxur7an
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野間易通 @nomacrac
そのことに関していつも思うのは「実はネトウヨとアンチレイシストは正義の基準について合意してる」ってことです。どちらも「真実」が大事で「公正」でなければいけないと言っている。問題は、振る舞いがその基準に合致してるかどうか、だけなんですよね。 twitter.com/die_sel_cat/st…
野間易通 @nomacrac
アブラハムの宗教における god は根拠付けられないものですよね。だから The Creator であり、The Absolute であるという。名前も呼べないぐらい超越的。「絶対」という言葉は、そうしたものを含意してるんじゃないかと思います。 twitter.com/UeharaKiyoshi/…
野間易通 @nomacrac
だから「歴史戦」においても「それぞれの正義」があるのではなくて、「歴史の真実」を語るほうが正義というのがちゃんとルールになっている。彼らは「差別反対」というルールにすでに合意しているから「日本人差別反対」という屁理屈を言うわけです。twitter.com/nomacrac/statu…
野間易通 @nomacrac
あるいは、「人は平等でなければならない」「公正でなければならない」というルールに合意しているから「在日特権」なんていうデマをヒネりだして、「自分たちは公正に扱われていない」と主張する。twitter.com/nomacrac/statu…
野間易通 @nomacrac
つまり、「歴史戦」においても「在日特権」においてもウソを言っているということは、彼らは彼らのルールに照らして不正義な振る舞いをしているのであって、なおかつそのルールはこちらも共有しているのである。ここにひとつの小さな範囲での「普遍」がありますよね。twitter.com/nomacrac/statu…
上原潔 @UeharaKiyoshi
そう思います。哲学はそれを「端的に必然的な者」とか「不動の動者」(もとはアリストテレスですが)とか言い換えてきました。それを突き抜けようとすると、「底に底はあるのか、いや無底だ」とか「無は根拠なしに存在する」とか怪しい命題が出てきます(笑) twitter.com/nomacrac/statu…
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