【翻訳者の呟き怪談】

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東和瞬 @honyakushiya

『交差点』 算数の授業はいつだって嫌いだった。 だって、白い紙にバッテンを引いてやると悲鳴が聞こえてうるさくて仕方がないんだから。 きっと掛け算の度に紙の上で誰かが死んでいくんだろう。 鉛筆を放り出して窓から空を見上げると黒い飛行機雲が交差していた。

2018-01-09 20:48:08
東和瞬 @honyakushiya

『シリアルキラー』 この平和な町に殺人鬼だって? バカ言っちゃいけない。 いいかい坊や、わざわざ殺す必要なんてないんだよ。 おなかが空いただろう、ママに会いたいだろう。 ほら、そこにロープがある。親子三人並んで一緒にぶらぶら揺れるのは楽しいとは思わないかい? まるでブランコみたいだ。

2018-01-09 21:02:15
東和瞬 @honyakushiya

『あかぎれ』 冬になると膝がひび割れて仕方がない。 ゴシゴシこすると皮膚のかけらがこぼれ落ちる。 赤い線が何本も引かれて痛くて仕方がないんだから。 こするこするこする。 その線はいらない、気づくと痛みが消えていた。 足もポロリと落ちていた。やれやれ、お手上げする手も僕にはもうなかった。

2018-01-09 21:13:26
東和瞬 @honyakushiya

『おひるね』 12時から30分だけ。そう誓ったあとにおやすみなさい。 うん、めざまし時計のタイマーはきっちり働いてくれた。 朽ち果てたベルの音と掠れた人工音声は確かにぼくを起こしてくれたさ。 代わりにパパもママもともだちも、みーんないない12時30分に連れて行ってくれたけどね。

2018-01-09 21:21:40
東和瞬 @honyakushiya

『だんごむしがびっしり』 「なんでそんなに殺せるの?」 日陰の石を転がしてだんごむしを殺しているとそんなことを聞いてくる大人がいたので「気持ち悪いから」と答えた。 「そっか、僕は君らが気持ち悪い」 瞬間、僕は猛烈な勢いで何かに擦り潰れた。固いだんごむしじゃないからきっと跡形さえない。

2018-01-09 21:56:37
東和瞬 @honyakushiya

『見てはいけない』 そう言われると見たくなるのは人情だねと隣の谷口に言ったらひどく怪訝そうな顔をされた。 それが僕の見た最後の光景になる。 焼けた火箸で掻き回されるっていうのはきっとあの痛みのことを言うのだろう。 見てはいけないという内容の看板は警告ではなく、きっと……。

2018-01-09 22:01:03
東和瞬 @honyakushiya

『クチナシ女』 友達の友達から聞いたんだけどー、夜一人で歩いてると口の所からクチナシの花を生やした女がやってきて、あっとでも驚いて声を出すと声を奪われるんだって。 えー、そんなのウソ話じゃん、なんでわかるのさ? だってうちら、目の所からヒマワリ咲かせたヒマワリ女じゃん。

2018-01-09 22:06:48
東和瞬 @honyakushiya

『家宝』 一族皆殺し、ですか。 凶器になったのがこの日本刀と。一族の宝だったそうですが、家がなくなってしまえば関係ないですね。 それも三百年前の出来事ならば、国宝に指定されてもーー、宇宙人が攻めてきた? なんの冗談……、まさか本当に? 足早に立ち去る元首の背、妖刀は鈍色に輝いていた。

2018-01-09 22:14:44
東和瞬 @honyakushiya

『夜空を見上げる少女』 都会の照明に星を掻き消される夜空を見上げて何が楽しいかを少女に尋ねた。 帰りたいから、と答えを貰ったのがつい昨日。 真昼に空を見上げても仕方ない、と思っていると見る間に月が太陽が霞むほど大きくなっていく。 かぐや姫か、お星様か知らないが彼女を迎えにきたのだ。

2018-01-09 22:28:53
東和瞬 @honyakushiya

『本棚』 場末の古本屋にいてさえ、私を苛むのはこの世にどうしてこんなに本が多いのかという疑問だ。一人がこの世に溢れる千分の一、万分の一でも目を通せれば御の字という現実を考える度、圧倒的な孤独感が訪れる。 だが、漸く終わりが見えた。かつて百円硬貨一枚で売り渡された私は、店と共に燃え。

2018-01-10 18:44:22
東和瞬 @honyakushiya

『香水』 「キナ臭さ」という冗談のようなラベルからきっと私は目を離すべきではなかったのだ。「危険な香り」を漂わせた女からポリタンク一杯分の香水をぶっかけられた今、やっと思い出そうとする。 それを後悔するのが、鼻腔の奥を焼かれて香りがわからなくなった今際なら、なお。

2018-01-10 18:54:56
東和瞬 @honyakushiya

『嫁』 婚礼の角隠しを皮切りに、帽子やら頭巾やらでずっと頭を隠したまま縮こまっている女房に嫌気がさしたのは二度や三度ではない。 なぜ私が見やる度にいつも頭を押さえているのか、角でも隠してやがるのか、馬鹿者に腹が立つ。 鬼が私一人であったのに気づいたのは、刀を用いた後ようやくだった。

2018-01-10 19:04:02
東和瞬 @honyakushiya

『沈む』 子どもの頃だったのだろう。海水浴で溺れかけたところを父親に抱きかかえられ、救われた記憶を今の今になって思い出す。 なぜ忘れていたのか、目の前で頭から血を流し倒れ臥す父を前にして思わず顔を覆った。 すると、記憶の中の父が私の手を離し、目を開ける。 そこは暗く、冷たい海の底。

2018-01-10 22:07:50
東和瞬 @honyakushiya

『商店街』 錆びたアーケードと、閉じたシャッターの群れを横目に力なく歩く。財を積んできて最後に持ち出せたのがコイン六枚きりとくれば猶更ためらう。 結局、楽な旅に代わって母に手を引かれたもう一つの右手を買い求めたが、やってきたのは後悔だ。私が何より重ねてきたのは歳と言うより業らしい。

2018-01-11 18:05:13
東和瞬 @honyakushiya

『瞳』 城の奥の悪趣味は、童の目玉を抉ること。引き立てられたみなしごが身を伏す顎をくいと上げ、まなこを見るたび酒肴とばかりによろこんだ。 時は流れて屋形様、おさなき目に焼き付いた若く麗し艶姿、見ては微笑むばかりなり。傍ら、妬く目に気を留めず、老いた婆と蔑んだ。

2018-01-11 18:41:05
東和瞬 @honyakushiya

『叙述トリック』 「百物語ってこれで何話目だっけ?」 「十六話目じゃない?」 「いや、今話してるのが十六話目だよ」 「あれ、肝心の内容を話した覚えがないんだけど」 「じゃ、話したはずなのに覚えがないのが十六話目ってことで」 「おいおい、それは最後まで取っとけよ」 「え……誰の番なの?」

2018-01-11 18:48:17
東和瞬 @honyakushiya

『しあわせ』 久しぶりに友達と会った。 開口一番、いいことがあったから手を叩こうぜ、というご機嫌な提案だ。 手を持ち上げ、高い位置で待ち受ける。ハイタッチの用意だ。 直後に空振る手もろとも俺の半身を道連れに鉄骨が突き刺さる。奴は一足先に寝転がって笑っていやがった。まぁ、これはこれで。

2018-01-11 19:21:58
東和瞬 @honyakushiya

『転生』 恋人の手を握って見送った。 生まれ変わっても一緒にね、とその時は共に願ってた。 今朝は朝食のプチトマトが僕の口の中で泣き叫ぶ。 一体いつになったら彼女は人間になるんだろう、そして僕は生まれ変わる以前に死にたくもなくなった。

2018-01-11 19:26:26
東和瞬 @honyakushiya

『索引』 人は最後の瞬間におのれの人生のすべてを振り返るという。 走馬灯とも言うが、それを助けてくれる仕組みはきっとあるはずだ。 同じく、人は最初の瞬間におのれをのこれからをすべて知るという。 だからこそ、はじめに赤子は泣くのだろう。 思い出してみるといい。 きっと死にたくなるから。

2018-01-11 19:37:48
東和瞬 @honyakushiya

『かにかま』 「お、お前……、俺に、何を食わせやがった!?」 「御察しの通り……、人肉、」 「て、てめえ」 「の、イミテーション。代用品だよ、よくできてただろ?」 舌を出しておどける男を前に、男は調子を合わせて笑うしかなかった。 最近の食文化の発展はすごいだろ? 同意するしかなかった。

2018-01-11 19:44:35
東和瞬 @honyakushiya

『バカップル』 仲がいいのはわかるけど、どこに行くのも一緒なんだよ、あの二人。 え、トイレに行くのも更衣室も? そりゃそうさ、だからね、あと三ヶ月、離れ離れになる前に死んじゃおうって、二人して相談してる。 傍から見るとお母さんひとりっきりなんだけどね。二人に年の差なんて関係ないのさ。

2018-01-11 19:58:20
東和瞬 @honyakushiya

『足跡』 ここのところ、朝目が覚めるとなにか小さなものが顔の上から離れて行く気配がする。 今日の場合、鏡を見ると小さな足跡がたくさん付いていた。 昨日までそんなことはなかったのに。 これ以上図々しくなってくれるな。そう嘆きながら歯を磨いていると、痛みもなしにコロリと一本歯が落ちた。

2018-01-12 20:07:42
東和瞬 @honyakushiya

『死の商人』 人間必ずいつか死ぬ。殺して回る死神は必要ない、と言うが。 誰にだって死にたいと思うことはある。覚えがないとは言わせない。君の頭上でなく頭の中に住んでるはずさ。 人生という高い代金を支払って、いい買い物をしたと悦に浸りたい気持ち、これが死の商人の正体さ。おや、では僕は?

2018-01-13 15:55:38
東和瞬 @honyakushiya

『塗壁』 夜道を歩くと、道を遮られて先に行けない感覚に二度三度襲われ、それに数倍する遠回りをした。 度々同じ感覚に襲われとうとう振り返れもしない。ははあ、これは妖怪の塗壁に違いないと思わず叫んだ。 やってしまった。立錐の余地なく塗壁に包囲されている。 他のせいにすることはもう。

2018-01-13 16:10:02
東和瞬 @honyakushiya

『腹痛』 どうです、こちらの腹の虫の音色は? 頭の虫も足の虫も鳴きませんが、腹の虫は鈴虫松虫もかくやな歌声を鳴り響かせるのですよ。 おや、外側がうるさくて聞こえないと? 申し訳ありません。 猿轡を嵌め、きつく戒めているのですが、お客様のご要望を受け、雑音は消してしまうと致しましょう。

2018-01-13 16:19:18